中編
突然言葉を発したオーランドの腕にアリスが腕を絡む。周りにいる男達は不満そうに顔を歪めるも、さすがに王子相手には文句を言えないようだ。
対するシャルロッテは、その光景に目を背けたくなるのを必死に堪え二人を見つめる。側から見れば恋人同士のように近い距離感は、婚約者のいる者としての振る舞いとは言えなかった。
「オーランド様。これはどういうことでしょうか?」
「どうもこうもないよ。アリスの言うことが本当ならば、シャルロッテ嬢は謝らないといけないということさ」
困った人だなぁ、と言いたげに眉を下げて笑うオーランドを見てはいられなかった。学校に入学したばかりの頃、二人は今までしていた愛称で呼び合うことを止めた。それは王子であるオーランドの威厳や貴族間での生活を考えた上での決断だったのだが、こんなにも愛称ではない事が悲しく感じられたことはなかった。
「私は嘘をついてません!オーランド様なら私を信じてくれますよね?」
その熱のこもった輝く瞳で一心にオーランドを見つめるアリスを見て、シャルロッテは悟る。もう己の場所はオーランドの横にはないのだろうと。
それでも過去を振り返って後悔するのは後回しだ。このままでは身の潔白を証明するどころか謝罪までさせられてしまう。それは公爵家の娘としても許せることではなかった。
「では、わたくしが嘘をついてると言うんですか?」
「え、あ……そういうことになりますね」
「では先程も申しましたが、証拠を見せていただきたいのです」
「そ、それは……」
「気にすることはないよ、アリス」
「オ、オーランド様!」
助け舟を出すかのようにアリスに笑いかけたオーランドは、嬉しそうに笑うアリスを守るために声をかけた……のではなかった。
「ちゃんと証拠を見せればシャルロッテ嬢も言い返してくることはないんだ。だから、彼女に遠慮せず証拠を出すといいよ」
「え?」
「オーランド殿下、なにをおっしゃるのですか!?アリスがそう言っ……」
「君は黙ってなさい。さぁ、アリス証拠を」
「え、いや、証拠は……」
突然のオーランドの発言に真っ青になったアリス。そして、そんな彼女を心配する取り巻き達。シャルロッテは、これは何の茶番かと小さく息を吐いた。
「アリス、まさか証拠がないのにシャルロッテ嬢を犯人にしたのかい?」
「いえ、そんな事は!確かに階段から落とされる際にシャルロッテ様を見ました!」
「そうか。しかし、アリスが階段から落ちた日はたしか……ガイレル」
「はい。その日シャルロッテ様は王妃様たちとのお茶会に出ています」
オーランドの言葉を引き継いだガイレルの発言に皆が驚いた。取り巻きの男達はアリスが嘘をついていた証拠が出てきた事、アリスは調べられていた事、そして、シャルロッテはそこまで調べていたのに茶番に付き合わされていた事に対してだ。
「で、でも、ドレスをやぶられたり悪口だって!」
「それも自作自演だろう?この国の者は優秀だからな、調べればすぐにわかるのだよ?」
「な、なんで?どうしてそんなことを?だってオーランド様は私と一緒にいると楽だって笑ってくれたじゃないですか!」
「あぁ、言ったな。それは嘘じゃない」
そのオーランドの言葉にビクッと身体を揺らしたのはシャルロッテだった。そんなシャルロッテの反応を見ていたオーランドは苦笑いで頬をかく。
「アリスといたら楽っていうのはドキドキしたり緊張しないで済むって事だよ」
「そ、それはどういう意味ですか?」
真っ青な顔をしたアリスは震える声で問いかける。そんな彼女にふっと笑ったオーランドは、シャルロッテへと向きを変えるとアリスに向ける眼差しとは全く違う、甘く情熱的な視線を送った。
「私がドキドキするのも、言葉選びに緊張するのも、側にいて欲しいのも、甘えて欲しいのも一人しかいないからね」
「そ、そんな……」
ついにその場に崩れ落ちたアリスに一瞥を送ると、オーランドはシャルロッテのもとまでやって来る。半分ふて腐れた様子のシャルロッテはオーランドに鋭い視線を送った。
「ちゃんと説明してくださいますよね、オーランド様?」
「あれ。さっきのは結構甘い言葉として君に送ったつもりだったのに、そこには触れてくれないのかい?」
「そ、それは……」
「うん、その反応だけで十分だよ」
顔を赤く染めたシャルロッテにとても嬉しそうな笑みを向けたオーランドをガイレルは呆れた顔で見つめると、小さく咳払いをして話を促す。
「わかってるよ、ガイレル。という訳で、シャルロッテ嬢の無実は証明された。不満のある者は言うがいい。全ての証拠はそろっているからな」
「しかしオーランド殿下、これはあまりにも……」
「酷いかい?無実の者に謝らせようとしたことよりも?」
「それは」
「言っとくが、シャルロッテ嬢は私の婚約者、仮にも将来王妃となるであろう者に何の証拠もなく罪をなすりつけようとした事の重大さを理解していないようだな」
そのオーランドの一言で思い出したかのようにアリス同様、顔を真っ青にした取り巻きの男達は怯えたような目をオーランドとシャルロッテに向ける。
今更かと思うシャルロッテは将来国を支えると期待されていた彼らに、恋によって起こした過ちだと同情する事はできなかった。
「今回は裏庭でのことで誰にも見られていないから対応できるが、君達の最初の計画は食堂だったな。もし、私が止めていなければ、お前達はどうなっていたかな?」
「そこまででよろしいと思いますよ、オーランド様。わたくしも今回の件は不問といたしましょう」
もはや正気を失くしかけている彼らを流石に見ていられなくなったシャルロッテはオーランドを止めた。それに不満そうなオーランドだったが、困ったように笑うシャルロッテを見て諦めた。
「本当に君は優しすぎるな。まぁいい。お前達に選択をやろう。今回の事は不問とし秘密にする代わり、私に忠誠を誓うか、公けにされて家族の判断を仰ぐか」
「「「申し訳ありませんでした!」」」
なんとも潔い者達である。そして、その提案をするオーランドもあざとい。確かに彼らは成績優秀で剣術や魔法、処理能力など国の中でもトップクラスの将来有望株であった。恋にうつつを抜かさなければ、将来は安泰であっただろう。そんな彼らをオーランドは手に入れることに成功したのだ。なんとも恐ろしい男である。
「ただし、アリス。君には聞きたいことがあるからな」
「……へ?」
「王宮でゆっくりじっくり話そうではないか」
そう言うや否や、茂みから騎士達が出でくるとアリスを拘束し連れて行く。
「ま、待ってくださいオーランド様!いや!離して!やめてー!」
叫び続けるアリスを悲しげに見つめていた男達も参考人として騎士達に連れて行かれた。
そして残されたのはシャルロッテとオーランド、そして後ろで控えるガイレルであった。
「さぁ!しっかり説明して頂きますわ、オーランド様」
「そんなに怒らないでくれよ」
明らかに怒っているだろうシャルロッテに困りながらオーランドが話した内容は、呆れてしまうような話であった。




