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一章 ヴァルハラへ(4)

「おい、起きろ悪竜。いつまで寝てやがる」

 ゲシッ。白真は倒れたままのニーズヘッグの顔面に蹴りを入れた。その衝撃でニーズヘッグは跳ね起き、眼下の自分よりも遥かに小さい人間である白真を見るや怯えたようにビクゥ! と体を震わした。

 しかしすぐに表情を取り繕い――

『……俺様が人間ごときに負けるなど、認めたくない事実だ』

 少し余裕を含ませながらも、悔しそうに唸った。

『だが、認めざるを得ぬ……人間、貴様の名を聞こう』

「へえ、負け犬が偉そうに言うじゃないか」

『あなた様のお名前を教えていただけないでしょうか!?』

 白真が凶悪な笑みを浮かべて指をポキポキ鳴らすと、ニーズヘッグはなんとか繕えたハリボテの余裕が一瞬で瓦解してほとんど反射的に低頭した。どうやら白真はこの悪竜にかなりのトラウマを植えつけてしまったらしい。だがまあ、よくある・・・・ことだ。

「鳴神白真だ。たった今よりお前の主になった名だからな、忘れたらコロス」

「と、当然、たとえ世界が終焉を迎えようとも忘れませんとも!? 鳴神迫真殿!?」

「どっちが悪役かわかりませんね……」

 自分の胸を隠すように抱き締めているレギーナが僅かに朱の残る顔でなんか言っている。迫真は生前に〝悪党狩り〟なんてものをやっていたが、自分が正義だなどと思ったことは一度もない。迫真が悪役だというのなら、それも一つの見方だと納得する。

「よし、ニーズヘッグよ。早速ヴァルハラまで俺たちを運んでもらおうか」

『それなのだが、迫真殿。流石の俺様も〈神々の世界アースガルズ〉の内部までは侵入はできん。ヴァルハラに到達する前に神々によって迎撃されるからな』

「敬語」

『流石のわたくしめも〈神々の世界アースガルズ〉の内部まで飛ぶことは叶いません。ヴァルハラに到達する前に神々によって迎撃されるからであります!』

「なるほど、じゃあ行けるとこまでで構わん」

 いちいち怯えて言い直すニーズヘッグが堪らなく面白く見えてきた迫真だった。

「その前に迫真様、一つ訊いてもよろしいでしょうか?」

「ん?」

 神妙な顔で訊ねてきたレギーナに迫真は首を傾げる。

「迫真様は、その、一体何者なのですか? ニーズヘッグのブレスを投げ返したり、水面を走ったり、巨竜を素手で殴り飛ばしたり……神格保有者だとしても、覚醒もしていないのにあのような力が備わっているとは思えません」

「ああ、それな。知らねえ」

「なるほ……え? 知らない?」

「俺は昔から自分が『できる』と思ったことは大抵できちまうんだよ。たとえそれが物理現象に反していようともな。やろうと思えば空だってはしれる。……あん? よく考えたらニーズヘッグいらねえな。殺すか?」

『ちょーっ!? 待ってください迫真殿ぉおッ!?』

「冗談だ。自分で疾るより楽だしな。なにより一度ドラゴンに乗って飛んでみたかったんだ」

 無邪気な子供のようにニヒヒと笑う迫真。自分の能力がなんなのか、正確なところは言った通り迫真にもわからない。だがそれで困った経験はないので、特に定義しようとは考えなかった。

 周りにとっては、その定義が重要らしいが。

「迫真様の存在が反則チートだということはよくわかりました」

「だったらどうする? ババを引いたから神々のゲームってやつを降りるか?」

「とんでもありません! 寧ろそうではないと主神になど成り得ません! 他の次期主神候補エインヘリアルの中には今の迫真様と同等か、それ以上の力を持った英傑もいるでしょう。是非、ゲームに参加して最後まで勝ち上がってください!」

「ハハッ、だろうな。そうじゃねえと面白くねえ」

 迫真は満足げにそう言うと、一跳びでニーズヘッグの背中に飛び乗った。それを見たレギーナも慌てて悪竜の背に搭乗する。

「待たせたな、ニーズヘッグ」

『うむ。では飛ぶぞ』

 畳まれていた翼を広げ、羽ばたき一つで暴風が巻き起こる。

 悪竜の巨体がゆっくりと地面を離れ、そこからは一気に天井の穴から灰色の大空へと舞い上がった。


        †


 人間とヴァルキリーを乗せた悪竜が空の彼方へと消え去った後――

 フヴェルゲルミルの泉に下りた世界樹ユグドラシルの根の陰から、ひょこりと一匹のリスが顔を出した。

 泉で起きた一部始終を愛嬌のあるクリクリとした目で見ていたリスは、キュキュっと一鳴きしてから世界樹の根を、幹を駆け登り始めた。

 天を衝くほど高く聳える世界樹を、小さなリスがロケットのごとき超高速で走破する。

 そしてもうすぐ頂に到達しそうになった時――バサリ、と。

 大きな羽ばたき音が響き、リスの周囲を巨大な鳥型の影が覆った。

「そんなに急いでどうした、ラタトスク? またあのバカ竜が俺の悪口でも吠えてたか?」

 そこには彼の悪竜と同等と思えるほどの巨体を持つ精悍な顔つきの大鷲が優雅に飛翔していた。ラタトスクと呼ばれたリスは急ブレーキで立ち止まると、キュッキュッキュと身振り手振りで大鷲に泉で起こった出来事を説明する。

 大鷲――フレースヴェルグは全てを聞き終えると、

「ぶっはっ!」

 盛大に吹き出した。

「ぎゃはははははあの糞竜マジか!? くひひ、人間に一方的にボコられたってぶふっ! ど、どんなギャグだよおい!? アレか? 俺を笑い死にさせようって作戦か? ひぃーっ!」

 空中で転げ回るように爆笑する大鷲を、ラタトスクはキュキュキュッと焦りながら落ち着かせる。

「わーってるよ。あいつはゴミ竜だが普通の人間が圧勝できるような雑魚じゃねえ。アースガルズから流れてくる噂も合わせて、今回の次期主神候補エインヘリアルはなかなか面白い英傑が集まっているようだな」

 フレースヴェルグは愉快そうに言うと、翼を羽ばたかせて世界樹の頂上へと向かう。


「まあ、なにが起ころうと、俺は全てを見届けるだけだがな」


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