すいーつたいむ
アリスが追いかけてきてテンネと談話に花を咲かせてから数日後。彼女を加え、一行はショコという街に立ち寄っていた。
「お前らなあ…」
頬杖をついて、ケンタはため息をついた。それもそのはず、魔王討伐の旅だというのに、彼の目には甘味屋ではしゃぐ女性陣の姿が映っていたからだ。
「ここのマロンケーキは逸品だと評判なのですよ」
「ホントだ! 美味しい!」
「ええ、美味しいですわ」
テンネとアリスは歓声を上げてケーキをほおばっている。そしてその傍らには、穏やかに微笑む女性の姿があった。彼女は二人にケーキを勧めながら、自分はただそばに控えている。
「ルナールは食べないの?」
小首をかしげ、テンネは女性に問う。ルナールと呼ばれた女性はやんわりと微笑んだ。
「ええ、私はいいのです。ほら、前を向いて召し上がらないと、せっかくのケーキがこぼれますよ」
言いながら、テンネの頬についたクリームをぬぐう。テンネはされるがまま、くすぐったそうにしていた。
このルナールという女性はヤンの失踪後、入れ替わるように配属されたテンネの侍女である。さすがのケンタも着替えなども手伝う訳にはいかないため、そういった仕事を任されているのがこのルナールであった。……彼女が来る前テンネの着替えがどうだったかという問いに答えるのは野暮なので、あえてここには記述しないでおこう。
「ケンタも食べようよー」
ルナールは頑として聞き入れてくれないと悟ったのか、テンネは頬杖をついているケンタに声を掛ける。そんな彼女を勇者と呼ばれる少年は見据えた。
「あのな、これは魔王討伐の旅! 旅行やピクニックとは違うんだぞ」
語気を強くしてケンタは言う。それに答えたのはテンネでは無くルナールだった。
「体力馬鹿のケンタ様はそれでよろしいかもしれませんが、テンネ様やアリス様はか弱い女の子なのですよ? それくらい気を遣ってくださいな」
「ええ。気を張りすぎて魔王の元にたどり着く前に倒れたら元も子もありませんわ」
アリスもまた、ルナールの論に乗っかる。ケンタは緩すぎるだろうが、と頭を抱えた。
「ね、ケンタも一緒に食べよう?」
テンネに上目遣いにそう言われてしまえば、ケンタも逆らうことができない。わずかに苦笑しながら、ケーキを口に入れるのだった。
「ヤン様、伝令が届きました」
ディアブロストにある魔王の居城に、張りのある声が響く。入ってきた小柄な男、セレヴィトは椅子に座って職務をこなす魔王を見やった。顔を上げた彼に向かって淡々と報告していく。そして、思い出したように言葉を続けた。
「そういえば、お前の未来のお嫁様は、ショコの街にある甘味屋の、マロンケーキが大変お気に召したようだ」
その言葉に、ヤンの表情がぎらりと変容した。ガタン、と椅子が倒れる。
「なんだと!? その店はどこだ? 早速レシピを手に入れねば!」
ヤンは急に立ち上がり、素早く準備をする。
「セレヴィト、身代わりは任せたぞ」
言うやいなや、部屋から出て行く。
「お待ちください、まだ用件が………………って、行ってしまったか」
セレヴィトの返事も聞かず、ヤンは行ってしまった。残された男は静かにため息をつく。
「ふむ、やはり面白いことになってくれそうじゃないか」