訳ありなのです
げっそりしたケンタを脇目に、テンネとアリスは女の子同士で久々の再会を喜び、お茶会をしていた。
「アリスちゃん変わらないね〜」
「テンネこそ相変わらずですわね」
紅茶の入った繊細なデザインのカップを優雅に傾けながら、アリスはちらりとテンネの口元に視線をやり、すぐに逸らした。
砂糖たっぷりのミルクをがばがば飲みながら、テンネはアリスから貰ったお土産のアップルパイを輝くような笑顔で頬張っている。
一般的に可愛い部類に入るテンネの笑顔は眼福ものだ。ただ残念なのは口を一周するホットミルクの泡と、アップルパイの食べカスがついていることだろう。それによく見れば、先ほど拭いきれなかった照り焼きソースの油がテカっている。
わざとではないのかと疑いたくなるほどの見事なマッチングだが、これが驚くことに素でそうなるらしい。
最早一種の特技なのでは、とアリスは密かに思っている。
手に持ったレースのハンカチでテンネの口周りを拭いてやりながら、テンネがこうなった原因の人物を思い浮かべた。
主とその他への態度を大きく変える、いけ好かない仮面のような笑みを貼り付けたテンネの元執事。
かの執事は、テンネに対して砂糖に蜂蜜をかけたよりも甘かった。テンネの世話を生き甲斐にしているらしく、幼い頃から何かしらと世話を焼きまくった。そのせいでテンネの生活力は一般的な貴族の箱入り娘を著しく下回り、一人じゃ何も出来ないようになってしまった。
執事が突然姿を消したことにより、ようやく周りはそのことに気づいたらしい。
ケンタが忌々しそうに話していたのを思い出し、アリスは目を伏せる。
幼馴染として頻繁にあっていたにも関わらず、気づかなかったことに相当悔しい思いをしていたようだ。
でも、一人で食事も取れなかったテンネが、綺麗とは言えないけれどこうして自分で飲み食い出来るようになったのには、やはりケンタの努力によるところが大きいのだろう。
アップルパイの次にクッキーに手を延ばすテンネ。
「そんなに食べているのに、何で太らないのかしら?」
心底から不思議そうに呟くアリスに、テンネはあっさり答えを与える。
「その分動いてるからだよ」
なるほど。
アリスはちょこちょこ忙しなく動き回るリスを思い浮かべ、納得した。
テンネって小動物っぽいし。
「今失礼なこと考えなかった?」
鋭く飛んできた疑問にアリスは内心ギクッとしたが、表情には出さずに見本のような美しい笑みを作った。
「まさか、そんなことありませんわ」
本心を出さず常に笑顔を浮かべる、ドロドロした実情を綺麗に取り繕った社交界。そこでで鍛え上げられたスキルを使用したアリスに、テンネは顔を顰めた。
「腹の探り合いをするつもりはないからね」
アリスが突如言われた言葉の意味吟味する前に、テンネは続ける。
「わたしはアリスちゃんを騙す気も陥れる気もない。ただずっと、一緒にお茶を飲んで笑い合えるような友達でいて欲しいだけ」
そう言ってテンネは黙り、アリスの反応を待った。
今度こそ言葉を噛み砕き、意味を理解したアリスは一瞬ポカンと惚けたのち、目を潤ませた。
「テンネ・・・・・・っ」
泣きそうな表情のまま、テンネに抱き着く。
「うきゃうっ」
突然襲った衝撃に、危うく椅子からずり落ちそうになったテンネは奇声を上げてしまう。寸でのところで口から出かかった文句は、直に伝わるアリスの震えによって押し留められた。
両手を回して、テンネはぽんぽんと優しくその背を撫でる。
なまじ実家の位が高いため、寄ってくるのは引き摺り下ろそうと企む者や、利用しようと媚びる者が殆どだったアリス。それに比べてテンネには、守ってくれるヤンと隣に共に立ってくれるケンタがいた。
アリスは身を守るために、今まで誰にも弱みを見せられなかったのだろう。
初めて会った時、アリスは傲慢で高飛車な態度を鎧に纏っていた。
でも少しずつでもいいから、心を許して弱音を吐いて欲しい。一人で溜め込んで壊れてしまう前に。
テンネはそんな想いを込めてアリスをぎゅっと抱きしめ返した。
抱き合う二人の少女を、いつの間にか復活していたケンタが小さな笑みを浮かべて見守っていた。
「あら、なかなかにいい子じゃない?
我らが魔王様の想い人は」
闇に紛れて何処かで、艶を含んだ女性の声がした。
「ふふっ、早く娘になってくれないかしら」
声の主は楽しそうに笑う。
「やはりここは義母として一肌脱ごうかな?」