譲らない
第三走者、風白狼さん
テンネは目の前に居る二人の男を見やった。互いに剣を構え、一触即発の剣呑な雰囲気を発している。
「勇者め……ここで決着をつけてやる」
「それはこっちの台詞だ変態魔王」
魔王も勇者も一歩も引かず、瞳にぎらぎらと殺気を灯している。
「お願いだから二人とも、もうやめてよ…」
テンネはしゃがみ込んだままか細い声で懇願した。だが、彼らはその言葉に耳を貸そうとしない。ふ、と優しい笑みをたたえて魔王が振り向いた。
「ご心配には及びません、お嬢様。このクソ生意気なガキをさっさと始末して差し上げますので」
そう視線が外れたのが、戦いの合図となった。
「よそ見してんじゃねえっ!」
ケンタが切っ先を魔王ののど元に向けて突き出す。魔王は身を翻し、横薙ぎに勇者の剣を打ち払った。同時に素早く魔法の詠唱を始める。
「テンネお嬢様のそばに居ていいのは私だけだ……邪魔者は灰になれ!」
言うやいなや、魔王の手から漆黒の火炎が現れた。黒い炎はよろけて隙のできたケンタに襲いかかる。
「ぐあっ?!」
「ククク……もがけ、苦しめ、跡形もなく燃え尽きろ…!」
魔王の言葉に呼応するように、炎はケンタの体を激しく包む。勇者と呼ばれる彼だが、その炎の中で苦悶の声を上げることしかできなかった。そんな彼を余所に、ヤンはうっとりとした目つきでテンネを見つめる。
「もうすぐ私だけの物になる――貴女の麗しい顔も、柔らかい手足も、身に纏う衣服の一つ一つでさえ…。そして――」
カッ、と光がきらめいた。魔王は素早くそちらを振り向く。
「あいつをいやらしい目つきで見んな! この変態が!!」
水を纏ったケンタは魔王に突撃した。魔王はそれを剣で受け止めたが、水流はとどまるところを知らず彼を押し流す。
「勇者風情が……生意気なッ!」
キンッ、と刃が交える。つばぜり合いのまま、二人はぎりぎりと押し合った。ケンタは勢いをつけて押し払った。距離が開いたところで、ケンタはテンネを隠すように彼女の前に立った。
「そこをどけ、このクソガキ! お嬢様が見えないだろうが!」
「やかましい! テンネをこれ以上変態の視線にさらせるかっ!」
「そもそもテンネお嬢様を呼び捨てなど……なによりこの私が許さん!」
魔王は剣を振り下ろした。甲高い金属音が響き、ケンタと衝突する。
「残念だったな、執事のお前と違って幼なじみの俺は好きに呼び捨てにできるんだよっ!」
ケンタも負けじと反撃する。もはや、売り言葉に買い言葉だ。彼らの言葉のキャッチボール――もとい暴言のドッジボールは、とどまる気配のない剛速球の投げ合いとなっていた。それにつれて、鳴り響く剣戟も激しさを増す。一方が振れば他方は弾き受け流し、一方が打てば他方は受け止めて押し合う。
テンネは座り込んだまま、呆然とそれを眺めていた。声すら聞き入れてもらえない今、彼女にできることなど何もない。どうしたら止められるんだろう。考えている間にも、二人の戦いは続いている。
「お嬢様のそばに居るな虫唾が走るぞクソ勇者。死ね。私はテンネお嬢様を手に入れるのだ……そして、お嬢様のパンツもな…!」
「黙れ、変態ロリコン。テンネが道を外さないよう俺がきっちり引導渡してやる、魔王!」
ギィン、と鈍い金属音が響いた。二人の剣が組み合い、押し合いとなる。魔王はにやり、と口の端を上げた。力任せに剣を振るうと、ケンタの腹に肘打ちをくらわす。
「ぐはっ…」
痛みに耐えかね、ケンタは膝をついた。剣を持ち直し、魔王を睨み付ける。
「終わりだ」
魔王は剣を高く振りかざした。
「お願い、もうやめてーーーっ!!」
カッ、とテンネの周りが光った。同時に勇者と魔王の足下に巨大な魔方陣が広がる。
「なに!?」
驚いて距離を取った二人の間で、空間がねじれていく。それはどんどんと大きくなり、大人10人ほどが入ってしまうほどとなった。そして。
――ズドォォォン
重低音を響かせ、それは現れた。小山ほどもあるそれに、勇者も、魔王も、召喚したテンネ自身ですら、いろんな意味で絶句していた。
現れたのは人の丈の三倍以上はあろうかという、巨大な鶏の丸焼きだった。きつね色の焼き目は香ばしさを醸しだし、油の香りが食欲をそそる。大きさという点を除けば、とても美味しそうな丸焼きだ。
ケンタは驚きつつも愕然とし、魔王は表情を引きつらせ、テンネはきょとんと見つめていた。
「ちっ、今日はここまでにしてやる。命拾いしたな、このクソ勇者」
最初に我に返ったのは魔王だった。剣をしまい、素早く踵を返す。
「待て! 逃げる気か!」
「お嬢様の身に何かあったら承知しないぞ」
ケンタは突っかかったが、魔王は彼を一瞥してそう言い放ち、姿を眩ませた。