助けた男はお騒がせ
巨大な牡蠣のオブジェに挟まれていた無精髭の男。その軽い口調からおわかりであろう。いつぞや食堂でナンパしていたヴィゼ、もといブ・ゼット・シ・シャルマントである。
「えっと、久しぶり?」
「会いたかったよ、天使ちゃん!」
「ってこら、テンネに触るんじゃねえ!」
ケンタは近寄ろうとしたヴィゼの前に進み出て立ちふさがる。
「だいたい、なんでてめえがここにいるんだよ!」
「俺は旅行雑誌を作る記者だから、取材に来たのさ」
ヴィゼはそう言うと、大げさに腕を広げた。
「直感を信じて海底都市を選んだんだけど、まさか天使ちゃんに会えるなんて! これも運命、神様の思し召しだ! さあ、海よりも深い愛を――」
「そうはさせるかっ」
すかさずケンタの肘打ちが炸裂する。ヴィゼはぽへっと情けない声を上げて倒れた。そんな彼を放置して、女性陣はテンネを連れて行く。
「ヴィゼさん置いてっちゃっていいの?」
「ええ、問題ありません。いなくとも旅に支障は出ませんから」
「そうですわ。むしろ一緒にいる方が危なくて仕方ありません」
散々な言われようである。しかし彼には(未遂だが)前科があるのだ。信用されないのも無理はない。そうやって皆が立ち去ろうとしたとき、ヴィゼはがばっと起き上がった。
「待ってくれマイエンジェル! せめて一緒にお茶でもぉ!」
未練がましく這い寄ろうとする。すかさずケンタがかかと落としを入れようとしたところで――――きゅうう、という可愛らしい音が聞こえてきた。
「おやつ食べたい…………」
ぽつりとテンネが呟いた。まぶたを伏せ、うつむくその様はまるで小動物のよう。誰もがつい食べ物をあげたくなってしまう破壊力を持っている。ケンタはぴたりと動きを止め、アリスは両手を胸の前で合わせ、ルナールは微笑んでいる。そしてヴィゼはぱっと顔を輝かせて急に元気になった。
「なら俺がオススメのカフェを紹介するよ! とっても美味しいケーキがあるんだ!」
「その手は食「ケーキ!」ってこらテンネ!」
スイーツの名前が出て、テンネは食らいつく。当然ケンタは止めたが、「ケーキ、ケーキ」と嬉しそうにせがまれてしまえばどうしようもなかった。
そういうわけで、一行はヴィゼの紹介するカフェへとやってきた。そこは珊瑚や貝殻で装飾され、豪華な様は竜宮城のようだ。警戒の意味を込めてルナールを先にいれ、大丈夫そうだということを確認してから入る。注文すると、程なくして品物が運ばれてきた。贅沢にクリームを塗ったケーキを口に入れる。
「美味しい!」
「それは良かったですね」
嬉しそうに食べるテンネを見て、ルナールが笑う。しかしそこはテンネだ。口元にはしっかりクリームがついている。
「ああ、天使ちゃん。口元に――がっ!」
近寄ったヴィゼにアリスの裏拳が炸裂する。攻撃した側と言えば涼しい顔で「ごめんなさいね」と笑った。
「お嬢様、そう急がないでくださいな」
「ふぁっへ……」
「ほら、食べ物を入れたまま喋ってはいけませんわ」
ヴェラが布巾を取り出し、ルナールがそれでテンネの口元をぬぐう。ケンタは悪鬼の形相で今まさにテンネに迫ろうとした男を睨んでいた。テンネはごくんと口の中の物を飲み下した。
「だって、スピリタギっていう村に行って、ヤ――魔王のことそ調べるんでしょ?」
彼女の言葉に、ケンタがああ、と答える。スピリタギというのはヤンの残したメモに書かれていた、例の村の名前だ。その名前を聞いて、ヴィゼはきょとんとする。
「へ? そんな田舎の農村に行くのかい?」
「そうだよ?」「悪いか?」
テンネとケンタがほぼ同時に答えた。ヴィゼはまだ釈然としない顔をしている。
「いやいや、田舎過ぎて道もないし大変そうだなと」
「そんなに大変なんですか?」
「あれ、知らなかったのかい?」
ヴェラが尋ねると、ヴィゼはまたも目を丸くする。それから胸を張った。
「なら、旅行に詳しい俺が道案内しましょう!」