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悩める勇者

「誰にでも言いたくないことの百や二百はあって当然だと思う」

 のんびりした声がするりと思考に忍び込んできた。

「いや、それは流石に多いだろっ」

 反射的にツッコミを入れてから、ケンタはパッと勢い良く顔を上げる。

 マグカップを両手で包むように持ったテンネが、神妙な面持ちでカップの中身に視線を向けていた。

「って、いつの間に!?」

「んーとね、ケンタが道端で犬の糞を踏んじゃって、どうしようかと途方に暮れたような顔で考え事をしている時にだよ」

「………どんな顔だ」

 ジト目で睨むケンタに、テンネはカップから視線を上げずに続ける。

「声を掛けるのを躊躇うほど、悲愴な顔をしているもんだから、私は黙ってホットミルクを飲むことにしたんだ」

「………」

「飲み干しちゃっても、ケンタってばまだ現実に戻って来ないから、マグカップを投げつけた方がいいかなって悩んでたんだけど」

「おい!」

「まぁ、その必要もなくなっちゃったね」

「なんで残念そうにしてんだよ」

 顔を引きつらせるケンタ。

 テンネはそれを気に留める様子もなく、小さく「はぁ」と息を吐いた。

「誰にでも悩みはある。ケンタが今回何に悩んで一人塞ぎ込んでいるのかは知らないけど、それを心配してる人がいることも忘れないでね?」

 ここでテンネは漸く顔を上げた。まっすぐな眼差しが、ケンタを射抜く。

「アリスちゃん、だいぶ前から部屋の前をうろうろしてたよ。ルナールは何も言わないけど、偶に物憂げにこの部屋の方に視線を投げかけていたし、ヴェラは目に見えて狼狽えてた」

 言われたことに、ケンタは驚いて目を見開き、すぐに気まずそうに視線を逸らす。

 自分の不用意な行動が皆を不安にさせたことを理解し、後悔した。魔王討伐メンバーのリーダーとして、勇者として、失格だ。配慮が足りていなかった。

「悪い」

 無用な言い訳をせず、ケンタは素直に頭を下げる。

「悪くはないよ。ケンタだって勇者である前に、感情を持つ一人の人間だもん。悩むのは当たり前だよ」

「けどーーー」

「でも勇者としては失格かもね」

「ーーーっ」

 思わず息を飲むケンタ。

 自分でもそう思っていた。けど、改めて口に出されるとダメージが大きい。

「そもそも、なんで勇者を引き受けたの?」

 コトリと、テンネは不思議そうに首を傾げた。

「ケンタ、昔から面倒臭がり屋だから、てっきり断るって思ってたのに」

「そう簡単に断れるわけないだろ。王命だぞ」

 眉間にしわを寄せ、ケンタは何処か投げやりに呟く。

「それでも方法がなかったわけじゃないでしょ?ケンタならうまく立ち回れたと思うんだけど」

「……………」

 そう信じて疑わないテンネの言葉に、ケンタは視線を泳がせる。実際に、容易くはないけれど方法はあった。しかし、勇者になることをケンタは自ら受け入れた。

「やっぱ魔王が昔からの知り合いで、ヤンだから?放って置けなかった?」

「…………まぁ、そうだな」

 テンネの推測に、やや間を置いたのち、頷く。

 あながち間違っているわけではない。

 ケンタが勇者になったのは、極個人的な理由からだ。

 変態魔王の魔の手から、大事な幼なじみを守る。

 民の安寧を願ってではなく、自身の身勝手なわがままを優先した。

 それゆえ、ケンタは自分が勇者に相応しいとは露のほども思っちゃいない。

 だが勇者になった以上、役割はしっかり果たすつもりだ。勇者として、魔王を倒す。

 そう決意したはずだった。なのに、前世の夢を見て動揺している。

 テンネ第一主義を掲げる彼が、テンネの不利になることをするはずはない。では、一体どうして魔王に………?

「それにしても、ヤンって何歳くらいになるのかな?」

「………唐突だな」

 また沈みそうになったケンタの思考は、テンネの素朴な疑問によって引き戻された。

「だって、少なくとも私が物心ついた時から外見変わっていないんだよ?気にならない?」

「ーーー!!」

 ケンタはハッとテンネに視線を向ける。

 確かにテンネの言う通りだ。あの男は昔から外見が変わっていない。

 昔は「変態だから」と無意識のうちに思っていたし、魔王として現れてからは「魔王だから」と納得したが、よく考えればそれは確実な理由にはならない。

「それに、ヤンっていつから魔王だったのかな?理由があって、いなくなってから魔王になったのかと思ってたけど、もしかしたら逆だったのかも」

「つまり?」

 再びカップに視線を落とすテンネに、ケンタは早急に続きを促す。

「もしかしたら、元々魔王で、何か理由があって私の執事になったのかもしれないじゃない?」

「……………」

 目を見張るケンタに、テンネは「まぁ、結局のところ想像でしかないけどね」と笑う。

 だがその言葉に、ケンタは悪寒を覚えた。あり得ないと思いながらも、否定できない一つの仮説が浮かぶ。

 自然とヤンも自分と同じように前世の記憶が戻ったのかと思っていた。しかし、もし違ったら?ヤンは生まれ変わって記憶が蘇ったのではなく、当時からずっとーーー

 ケンタは夢に見た姿と何一つ変わらないヤンの容姿を思い出し、嫌な予感を募らせる。

 もしそうだとしたら、あいつは最愛の妹を失い、気が狂いそうな悲しみの中数百年も過ごしていたことになる。

 考えただけでゾッとして、ケンタは身震いした。

「海底都市に急ごう!」

 突如立ち上がって宣言するケンタに、テンネはきょとんと目を瞬かせる。

「………お魚?」

 一拍おいて、思い出してパアッと顔を輝かせるテンネ。

 それに曖昧に頷き、ケンタは「皆に知らせて来る」と慌ただしく部屋を後にする。

 貿易盛んな海底都市には、世界各地から集まった情報がある。そこに、前世に起きたことについて何か資料が残っているかもしれない。それにーーー

「今は失われし禁術………か」

 魔王の長身が脳裏をよぎった。


 








 ケンタが去った後、「召喚」というテンネの呟きに、部屋の中に一瞬光が溢れた。

 空になっていたはずのマグカップに、湯気漂うチキンスープが揺れている。

「わぁい♪」

 ふぅふぅ息を吹きかけ、一口スープの味を確かめたテンネは満足気な笑みを浮かべる。

「………皆こういう魔術だけ使えれば平和なのになぁ」

 呑気な願いは、憂いが混じって空気に溶けた。誰の耳にも届かず。




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