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ヤンの涙

 兄は畑を耕し、妹は家事をする。そうして毎日生きていた。勿論近所の人も気の毒がってよく彼らの手助けをしてやっていたが、彼ら、特に兄のヤンは極力周囲の人を頼ろうとしなかった。彼らの両親が亡くなった日、テンネは泣きじゃくっていたのに、ヤンはーー


「くしゅんっ!」

 そこまで思い起こした所で、思考がテンネのくしゃみに妨げられた。

「帰ろうか」

 有無を言わせずテンネの手を引いて宿を目指した。


 ずぶ濡れになってしまったテンネを宿に連れて帰ると、ルナールが驚いたように駆け寄ってきた。

「まあまあ、これはまた……ヴェラー、お嬢様にタオルをお持ちして」

 ルナールの呼び声に、ヴェラが慌ててタオルを持ってくる。

「は、はい! お待たせしました!」

「ありがとう〜」

「あらかた拭いたら、お風呂を借りて温まりましょうね。私は着替えを用意して参ります。ヴェラ、ちゃんと拭いて差し上げてね」

 ルナールの言葉に、ヴェラは力一杯頷くと、再び熱心にテンネを拭いていく。

「あれ、ケンタどこ行くの?」

 自室に戻ろうと歩き出したケンタを、テンネは不安そうに見つめる。

「ちょっと疲れたから部屋で休むだけだって。何でそんな不安そうな顔するんだよ」

 ぽんぽん、と軽く頭を撫でてやればいつもならば笑顔を見せるはずのテンネが、心配そうにケンタを見つめた。

「何か悩みでもあるの?」

 率直な質問。こういう時にテンネの鋭さを思い知らされる。普段ぼんやりしているようで、意外に人を見ているものだな、とケンタは感心した。

「大丈夫、何もないから」

 出来る限りにこやかに笑って、逃げるように部屋に戻った。

 ベットに腰掛け、続きを思い起こすように目を閉じる。


 自分もあの兄妹の近所に住んでいて、よく両親がご飯を一緒にと誘っていた。物心ついた頃にはすでに仲良くしていて、後から親同士が仲良くしていたと聞いた。

「ヤンもテンネも、うちの子になればいいのに。困った事があったら何でも頼ってね」

 一緒に食卓を囲むと、いつもうちの母親はそう言って笑っていた。すると、あの兄妹はいつも同じ言葉を返す。

「ありがとうございます」

「でも大丈夫です」

 そう言って、ヤンはお辞儀をし、テンネは健気に笑う。しかし食事が終わり、2人を家まで送り届けると、テンネはいつも涙を浮かべる。

「大丈夫、お兄ちゃんが守ってあげるからね。ずっとそばにいるから」

 そう言って優しくテンネを抱きしめ、慰める。この頃からヤンはテンネを心から大事にしていたのだと思う。彼らの両親が亡くなった日でさえも、ヤンは涙を見せず、テンネを抱きしめていた。

 そんなヤンが泣いた姿を、一度だけ見たことがある。

「あのね、お兄ちゃん。私、ケンタと付き合うことになったの」

 そう告げたテンネに、ヤンは優しげに微笑んだ。

「おめでとう」

 俺のことは一切見ずに、祝いの言葉を告げた。

「そうだ、悪いんだけど果物が食べたいんだ。採ってきてくれるか?」

「うん、分かった!」

 テンネが出て行った後、ヤンははっきりとこう言った。

「テンネを守るとか、そういう正義感で付き合っているのだろう?」

「っ……違う! 俺たちは互いにーー」

「想い合っているとでも? 笑わせるな。少なくともテンネはお前に恋心を抱いていない」

 否定出来なかった。

「テンネはお前が好きと言ったから、好きって気持ちを返そうとしているのだけだ、そしてお前もテンネを守ってやらねば、その気持ちを恋と錯覚しているだけに過ぎない」

 酷く冷淡に、そう告げるヤンは、まるで自分を戒めるようであった。

「どうせすぐに別れる。それぐらいの期間は黙っておいてやる。何も進展しないだろうしな。テンネが幸せそうにしているなら、何も言わない。俺は母親や父親の代わりは出来ても、恋人にはなれないからな」

 そう言ってヤンは、一雫だけ涙を流した。両親にすら向けなかった涙を、テンネに向けて。

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