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その頃のテンネ

「待ってよ、美味しいパンをあげるだけだってば~」

 可愛らしい小鳥を追いかけて、テンネがパタパタと走っていく。彼女の手にはパンの入った包みが握られていた。しかし小鳥は逃げるだけで、テンネは追いつくことができない。


――と。

「きゃあっ!?」

 小鳥に気を取られていたがために、木の根に足を取られてテンネは転んでしまった。運が悪いことに辺りの地面はぬかるんでおり、彼女の洋服に泥がついてしまう。

「うう……」

 何とか体を起こすテンネ。小鳥はどこかへ飛んで行ってしまったらしく、もう姿は見えない。テンネは手で泥を払ってみるが、染み込んでいて取れなかった。しゅんとうなだれて、ふらふらと立ち上がる。ふと、水の流れる音が聞こえた。もしかしたら、洗い流せるかもしれない。そう思ったテンネは、迷わず音のする方に向かった。




 草をかき分けると、小川が見えた。テンネは喜んで、早速水に触れてみる。流れの冷たさが気持ちよかった。そして服についた泥を落とそうと、一歩前に進み出て――――


「あっ……」

 足を踏み外し、ドボーンという音と共に小川に落ちる。幸い浅く、流れも穏やかであったがために、おぼれることなく立ち上がることができた。が、服も髪の毛もすっかりびしょ濡れになっていた。くしゅんと一つ、可愛らしいくしゃみが響く。

「……はあ、みんなのところに戻らないと」

 川辺に上がり、少し震えながらテンネはそう呟いた。辺りを見回して、テンネは首を傾げた。今までどこをどう来たのか、わからなくなっていたのである。

「たぶん、こっちかな?」

 当てずっぽうでテンネは歩き始める。まさか迷っているとは微塵も思っていない。至極楽観的に、どうにかなると思っているのだ。だがあいにく、そんなことをしていたら余計迷うぞ、とツッコミを入れてくれる人物はいない。




 ガサリと草を踏みしめる音がして、テンネは立ち止まった。現れたのは、テンネのよく知る人物。

「おや、お嬢様。こんなところに――ってびしょ濡れではないか!!」

「ヤン!」

 驚く彼女に、ヤンは慌てて近づいた。あちこち触って状態を確認する。

「服がかなり濡れている……はっ、まさかぱんつまで!?」

「え? う、うん、水の中に尻餅をついちゃったから――」

 テンネがうろたえつつも答えると、ヤンはかっと目を見開いた。

「それはいけません! さあ、早く服を――なんなら、まずぱんつから乾かしましょうか」

 一瞬だけ、ヤンの瞳の奥が輝いた。テンネは慌ててスカートの裾を押さえる。

「だ、大丈夫だよ!」

「いいえ、濡れたままでは風邪を引きます。乾かしましょう」

 言葉は丁寧だったが、ヤンの声には有無を言わさぬという迫力があった。しかし、それにひるむテンネではない。

「大丈夫だもん! みんなのところに戻れば、着替えもあるし――」

 頑として言うことを聞こうとしないテンネに、ヤンは軽くため息を吐いた。小さな子どもにするように、目の高さを合わせて優しくささやく。

「服は私がテンネ様によく合うものをお選びいたします。服だけではありません。あなたの好きなお菓子も料理も、あなたに似合うぱんつも、映えるぱんつも、すべて――」

 ヤンはそっとテンネの手を取った。テンネは目を丸くする。

「そうなの?」

「もちろんです。それでは――」

 と、ヤンが言いかけたときだった。

「ふざけんなこの変態魔王!」

 叫び声と共に、勇者が駆け込んできた。殴りかかったその一撃を、ヤンはこともなげに(かわ)す。

「いいところで邪魔をして……!」

 苦虫をかみつぶしたような顔で、ヤンはケンタを睨む。ケンタはずかずかと歩み出て魔王に掴みかかった。

「テンネに触るなこのぱんつ魔王」

 今にも殴りかからんばかりのケンタは腕に力を込める。ヤンは乱暴にそれを振り払った。

「ふん、テンネ様の危機に駆けつけられぬ貴様が悪い」

「危機だと――?」

 その言葉に驚いてテンネの方を向けば、ずぶ濡れになった彼女の姿が目に入る。ケンタは思わず目を見開いた。ヤンはそんな彼を鼻で笑う。

「貴様、何故テンネ様をこんな森の中で一人にしていた? この愛らしいテンネ様を何がいるかわからぬところに放置するなど、言語道断だ!」

「それは――」

 言い返そうとして、ケンタは言葉に詰まった。すっかり眠り込んでしまい、目を離していたのは事実なのだから。返してこないケンタに、ヤンはたたみかけるように言葉を続ける。

「見損なったぞ、クソ勇者。やはりテンネ様は私がお守りする! 彼女を害するすべてのもの(・・・・・・)から、命に代えてでもお嬢様とぱんつを――!」

「って、やっぱりぱんつ(それ)が目的かよ!」

 鋭い突っ込みと共に、ケンタは剣を抜いて振り下ろす。魔王も剣を抜いてそれを受け止める。ガシンと金属音が響いた。

「ええっと、どうしてこうなるの……?」

 残されたテンネは困り顔で首を傾げていた。

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