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昔は

第二走者、百佳さん。

 昔は良かった。


 項垂れたテンネは記憶の糸を手繰り寄せる。

 まだ幼かった頃の思い出を見据えるように、目を細めた。

 あからさまな現実逃避だが、生憎とそれを咎める人はいない。

 面倒臭がりだけれど面倒見の良い兄的存在なケンタと、優しく穏やかに微笑みテンネの世話を焼くヤン。二人に囲まれて笑い合っていたあの頃が一番幸せだった。

 悲しいことがあっても、二人がそばに居てくれて慰めてくれた。

 確かあの時も・・・・・・



 十年前、テンネの六歳の誕生日の日。

 トラブルがあって、両親が急遽帰って来れないという知らせが入った。

 約束してあったプレゼントも届かず、テンネは一人部屋でいつも添い寝してくれるウサギのぬいぐるみを抱きしめ、しょんぼりしていた。


 バーンッ


 突然部屋のドアが乱暴に開け放たれ、テンネはビクッとする。

 恐る恐るベットの上からドアの方を振り返る。

 他人の家であるにも関わらず、何の躊躇いもなくズカズカ入って来た少年はテンネの良く知る人物だった。ていうか二つ上の幼馴染だった。

「・・・ケンちゃん」

「ほい」

 驚きに目を見張るテンネの前に、ケンタはぶっきらぼうに白いレースのハンカチに包まれた何かを差し出す。受け取って中を覗き込めば、明らかにちぎり取ったと思われる色とりどりの花が入っていた。

「きれいだねぇ。これどうしたの?」

「うちの庭から取ってきた。やるよ」

「え、いいの?」

「おう、大したもんじゃないけど、誕生日プレゼントだ。女ってのは花が好きなんだろ」

「ありがとう!多分すぐに枯れて茶色いゴミになると思うけど、嬉しいよ」

「・・・・・・・お前なぁ」

 へラリと笑うテンネを、ケンタはジト目で睨む。

「ふふ、冗談だよ。ちゃんと押し花にして大事にするから」

 悪戯っぽく笑って首を傾げるテンネ。柔らかい若葉色の髪がさらりと肩から流れ落ちる。

「ったく」

 眉間にしわを寄せて悪態をつくケンタだが、その口元は満更でもなさそうな笑みに緩んでいた。

 二人の間で子供らしいほのぼのとした空気が流れる。

 窓から射し込む光が幼い二人を照らし、見る人が思わず笑みを浮かべてしまいそうなほどの微笑ましい光景を強調している。

 だが何事にも例外があるように、この光景を良く思わない人物が忌々しげにケンタを睨みながら部屋に入って来た。

「テンネお嬢様」

 愛し気に柔らかく呼びかけたのはテンネ専属の執事。押してきたワゴンの横に立ち、流れるような仕草で一礼する。

「ヤンっ」

 テンネの呼びかけにベットの傍まで歩み寄るヤン。

 極自然にテンネの小さな手を取り、親愛のキスを落とす。

「さあ、こちらへ。お嬢様のために食事を作りましたので、好きなものを好きなだけ召し上がってください」

 すぐ側にいたケンタをまるっきり無視するような形で、ヤンはテンネをテーブルまでエスコートする。

 テンネを座らせてから、ワゴンに被せた蓋を取り、料理をテーブルいっぱいに並べていく。チキンの香草焼き、チキンの肉と卵を使った親子スープ、イチゴウリと五色パプリカのサラダ、リクウオのあんかけ、紅白ブタのステーキなどを周りに、お花畑をモチーフにした大きなケーキが真ん中に鎮座した。

 テンネの好物であるチキン料理から滅多にお目にかかれないような珍味まで、様々な料理が並んだ。

 中には城が一つ建つぐらい高価なものもある。

「わあ、すごく美味しそう!」

 だがそれを知らないテンネは、純粋に色鮮やかな飾り付けに目を惹かれて歓声を上げる。

 逆に王家に生まれ、そういうのに少し知識のあるケンタは半端なく高価な料理等に気付き、顔を引き攣らせた。何か言いたげに口を開きかけたが、テンネの料理を見つめるキラキラした眼差しに口を閉じた。

 知らない方が幸せなこともある。

「どうやって手にいれたんだよっ。王宮でさえ手にいれるのが難しい食材なのに」

 目を逸らしつつも堪えきれなかったのか、結局小さくボソッと突っ込みを入れる。

「ねぇねぇ、一緒に食べようよ」

 ようやく料理から視線を上げたテンネがヤンに笑いかける。

「お気持ちは嬉しいですがーーー・・・・・・承知いたしました」

 使用人の身でありながら主と同席するのは一般的にタブーなため、ヤンは断ろうとする。だが、テンネの期待に満ちた眼差しに撃沈し、了承した。

「今年の誕生日はケンタとヤンがお祝いしてくれて、すっごく嬉しい!」

「今年と言わず、これから毎年お祝いしてやる」

 ニッと笑い、ケンタはテンネの頭をポンポンと撫でた。

「一生お祝いさせていただきますよ、お嬢様」

 その手をさり気なく叩き落とし、ヤンは跪いてテンネと視線を合わせ、優しく微笑んだ。

「一生って、嫁ぎ先までついて行く気かよ」

 ムッとして毒づくケンタ。

「ご心配には及びません、テンネお嬢様が私の元に嫁いで下されば問題ないです」

 ヤンは大人気なく冷ややかな眼差しをケンタに向ける。

「年齢差を考えろ、このロリコン!」

「聞き捨てなりませんね、私に幼女趣味はない。言い掛かりはやめてもらえます?」

「テンネも幼女に入るんだけどな」

「お嬢様は別です」

「結局ロリコンじゃねぇかよ」

「一緒にするな。私のお嬢様への情愛はそんな期間限定されたものではない。例えお嬢様が皺くちゃの老婦人になろうと、この心が変わることはない」

 ヤンはきっぱり言い切った。そして、二人のやり取りについて行けずにキョトンとするテンネをうっとり見つめる。

「お嬢様、この世で誰よりもお慕い申し上げております。ああ、お嬢様が身につけたものなら、その一本一本の糸さえ愛おしい。ふふふ・・・・・・」

「えっと?」

 ケンタは不思議そうな顔をするテンネの前に立ち、だんだん妖しくなってゆくヤンの視線を遮った。

「そこをどけ、クソガキ。お嬢様が見えないだろう」

「見んな、この変態!」

「黙れ、このむっつり」

「誰がむっつりだっ、それはてめぇの方だろうが、ロリコン変態」

「お嬢様への思いを隠したことはない、いつでもオープンだ」

「隠せよ!」

「ふ、二人とも落ち着いてっ」

「心配するな、テンネ。俺がいる限りテンネには手を出させない」

「テンネお嬢様下がっていてください、すぐにこの良く吠える駄犬を外に放り出しますから。それから二人っきりで食事しましょう」

「てめえこそ出て行け、テンネに近づくな、変態が移る」

「いや、三人で仲良く食べよ?」

「ほぉ、いい度胸だ。燃えかすにしてくれる」

「やれるもんならやってみろ、返り討ちにしてやる」

 バチバチと険悪な花火を散らす二人の間で、テンネはオロオロすることしかできなかった。



 ・・・・・・あれ?

 テンネは思い出に浸ってるうちに涙の渇いた瞳を瞬きさせた。

 未だ戦闘中のヤンとケンタに視線を向ける。

 もしかして・・・・・・・・・変わってない?

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