絡み合った思惑
「――つまり、魔王が強行派の部隊を壊滅させて、まるで聖女様を守ったようだった、ってこと?」
僕が聞いた話を簡潔に反復すると、姉さんは頷いた。
「しかも『テンネ様を死なせたらただじゃおかない』と言った……か」
走りながら独りごちる。姉さんが自分で言っていたとおり、謎の事柄であった。それが本当なら、魔王は聖女様に固執していることになる。姉さんはいい加減なところもあって使えないと思うときもあるが、それでもつまらないことで嘘をつく人ではない。
人ならざる魔の者達を束ねる魔王――人間に仇なす彼らが、今回のように強行派の人々を倒すというのはまだ理解できる。だが人間である聖女様を守ろうとした、というのはどういうことだろう。自分たちが聞いたのは、聖女様の存在が国の明暗を分ける、ということだけだ。重要らしいがその実体はわからない。判断を下すにはあまりにも情報が少なすぎる。
だが一方で、ある種の収穫もあった。姉さんの言うとおり魔王が聖女様を守ろうと動いたのならば。
「死にたくなかったら、聖女様に危害を加えるそぶりは見せない方がいいね」
もしも聖女様を殺せという命令が下っていたら、今回の強行派のように倒れるのは自分たちなのだろう。いくら腕を磨いたとは言え、あの魔王を敵に回したくなどない。同じ意見だったのか、姉さんもそうね、と返事をくれる。
「……さっさと行きましょ。見失っても厄介だし」
姉さんの言葉に頷き、僕らは走る速度を上げた。
*****
日はすっかり地平線に沈んで、辺りは闇が支配していた。砲撃の騒ぎとその後の脱出のためプランが崩れ、残念ながら今夜は野営である。貴族の女性達は不満げだったが、次の街にたどり着けなかったのだから仕方がない。
ちなみに、ヴィゼことブ・ゼット・シ・シャルマントと名乗る男とは街の外れで別れた。その際「置いていかないでくれ、俺の天使ちゃ~ん……」などと言っていたが、ふざけるなとばかりにケンタに蹴りを入れられたのは想像できるかと思う。
現在は保存食の缶詰を温めたものを食べ終わったところで、テンネら女性陣は簡単なテントのなかでくつろいでいる。ケンタは外で火の番をしながら物思いにふけっていた。
何故、自分たちは――テンネは、殺されそうになったのだろう。さっきからその疑問がケンタの胸の内にわだかまっていた。相手が魔の軍勢なら、まだわかる。だが向こうは大砲を使ってきた。ヴィゼの言っていたとおり、人間なのだ。
そもそも俺たちは国家に仇なす魔王を退治するように言われていて(もちろん個人的な事情もあるが)、魔王の居城を目指している。命を狙われるなんて聞いてない。第一、自分が勇者として崇められるように、魔王退治は栄誉あることのはずだ。ならば何故、テンネは狙われているのだろうか。
それに、何者かにあとをつけられている。怪しいのは飲食店で口説かれていた女性と彼女と共にいた青年だ。一体、彼らの目的は何なのだろうか。わからないことが多すぎる。
「ったく、何なんだよ、いったい……」
ケンタは乱暴に頭を掻き、星空を仰いだ。月は出ておらず、辺りに明かりもないので星々の瞬きがはっきり見える。
不意に、ケンタは表情を険しくして座り直した。――嫌な風だ。何者かの気配と殺気を感じ、剣に手を掛けて闇を睨む。と、ぎらりと真っ赤に輝く瞳と目が合った。
「何者だ!」
剣を構え絵を握る手に力を込めて、ケンタは闇に問いかける。ゆらりと瞳が揺れて、足音が近づいた。
「ふふ、さすがは勇者ね。魔王様が手こずるだけのことはあるわ」
そう言いながら星明かりの下に現れたのは、異形の女性だった。
はてさて、こいつを覚えている人はどのくらいいるのか……