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夢に見る過去と過去

「お兄ちゃん、いい加減起きてよ〜」

 どこか拗ねたような声と共に揺すぶられ、青年は渋々ながらもベッドから身を起こした。

「もう、さっき呼んだ時起きるって言ったのにまた寝じゃうんだもん!」

「あー、悪い」

 まだぼんやりする思考のままに謝れば、少女はしょうがないなぁ、と笑う。

 テキパキと手慣れた様子で青年の寝間着を脱がし、側に置いてあった服に着替えさせる。

 青年が寝る前に次の日に着る服を確認し、畳んで置いておくのが少女の日課。

 仕上げにしわを伸ばして、襟元を整える。

「ほらほら、早く顔を洗って来てね?朝ごはんもう出来てるんだから」

 可愛らしい仕草でちょこんと首を傾げる少女に、青年はでれでれと端整な顔立ちを崩す。

「おう」

 我が妹ながら最高に可愛い!

 台所に向かう少女の小さな後ろ姿を見送り、青年は独りごちる。

 青年のシスコンっぷりは近所で知らない者はいないほど有名で、幼馴染の少年と少女を巡って言い争うのはもはや名物となっている。


 妹がいなければ俺は生きていけない。


 常々青年はそう思っているし、何の恥じらいもなく口にも出している。

 それは何もシスコンをこじらせているだけではない。

 朝の着替えに始まり、毎食のご飯はもちろんのこと、掃除洗濯全ての家事及び青年の世話は妹である少女が行っている。

 青年の生活の全ては少女のおかげで成り立っているのだ。少女がいなければ、物理的にも生きていけない。

 幼くして両親を亡くしてから、兄妹二人は近所の人々に助けてもらいながら生きてきた。青年が働いて家に生活費を入れ、少女が家中の管理をするという、夫婦のような役割分担を担っている。

 もうこのまま二人だけで生きていけばいい。

 結婚する気のない青年は本気でそう思う。妹以上に大事に想える人なんていないし、あり得ない。

 洗面台で顔を洗った青年は、締まりのない顔で笑う。

 己の考えににまにましながら食卓に向かい、そこで宿敵の姿を認めて上機嫌だった気分が急降下した。

「なんでてめぇがいんだよ」

 我が物顔でテーブルの一角を占領する少年に、自然と声が低くなる。

「いっそ永眠して起きなければいいものを」

 逆に少年も、青年を見た瞬間忌々しげに毒付いた。

 たちまち朝の爽やかな空気が険悪化してゆく。

「喧嘩してる暇があるならご飯食べてね。冷めちゃうよ?」

 おかずをテーブルに運びながら少女が注意すれば、二人は睨み合いながらも同じテーブルについた。

 折角少女が作ってくれた美味しいご飯を、一番美味しい状態で食べたい。

 共通した思いが、いがみ合う二人を大人しくさせた。

 いつか絶対消し去ってやる!

 今まで幾度となく決意した考えを新たに、青年は愛しい妹が作った朝食に手を伸ばした。向かい側に座る少年が、同じようなことを考えていることに気付くことなく。







「お嬢様、今日はこのオレンジ色のパンツにします?それともピンク色のパンツがいいですか?」

 真剣な声音で聞いてくる執事に、何処か思い悩んでいた様子の少女が決心したように表情を引き締めた。

「あのね、ヤン」

「はい、お嬢様。いかがなされました?」

「着替えについてなんだけど」

「あ、やはり先ほどの淡いブルーのパンツがいいですか?あれは柄は可愛らしいですけど、やはり今日はこのフリルの付いたオレンジかリボンの付いたピンクのパンツがよろしいかと」

「ううん、そうじゃなくて」

「お嬢様はどちらがいいですか?」

「どっちも可愛くていいと思う――――って、それはどうでもいいの!」

「どうでも良くはないですよ、お嬢様!」

 話を聞いてくれない事にしびれを切らし、とうとう叫んだ少女に、執事は両手にパンツを握り締めて力説する。

「いいですかお嬢様、今までお嬢様が着用なさったパンツと並べた時、どっちが見映えするかはとても重要なことなのです。昨日はシンプルな白いパンツでしたので、今日は色の濃いパンツの方がいいと思うのですが.........」

「並べる?見映え?」

 自分の思考に沈みかけた執事は、少女のきょとんとした声にはっと我に返った。

「......いえ。そういえばお嬢様何かおっしゃいたいことがあったのでは?」

 軽く言葉を濁し、今更ながら執事は少女に発言を促す。

「ああ、うん。あのね?私もう6歳になったんだし、そろそろ自分でお着替えしたいなぁって思って!」

 はにかみながら言う少女の可愛らしさに、うっとり見惚れかけた執事。だが少女の言葉が脳内にするりと浸透してしまい、あまりの衝撃に固まってしまう。

「ケ、ケンタも5歳から自分で着替えられるようになったって言ってたし、私まだしたことないから自分で出来るようになりたくって!」

 芳しくない執事の表情に気付いた少女が、慌てて言い募る。

「どこまで邪魔なんだ、あのクソガキは」

「えっ?」

 執事の口から漏れた小さな呟き。聞き取れなかった少女が聞き返すと、執事は悲しげに眉を引き下げた。

「お嬢様は私の仕事を奪うのですか?」

「え、えっ?」

「お嬢様の着替えを含めたお世話をするのが私の仕事です。お嬢様は私からそれを取り上げようというのですか?」

「それは......」

「仕事がなくなれば、私はここにはいられません。お嬢様はそれでも構わないとお思いなのですか?」

「それはないよっ。私ヤンのこと大好きだから、ずっと一緒にいて欲しいって思ってるもん」

 少女からの嬉しい言葉に、執事は緩みそうになる表情に力を込める。

「では、もうそんなことは仰らないでください。私がずっと側におりますので、お嬢様が一人で着替えなさる必要はないのですから」

「う、うん」

 しょんぼりしながらも、少女は頷いた。

 そんな少女を心底愛しく思いながら、執事は小さく歪んだ笑みを浮かべた。


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