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危機迫る(貞操的にも)

(それにしても気になるのはあの二人だ……)

 テーブルに注文した料理が並んでもケンタは箸をつける気になれなかった。その思考をふさいでいるのは先ほどナンパされていた女性と、その弟と思しき少年の事である。

(なにか……なにかがおかしいんだ)

 取り立てて特徴のない二人だった。姉はそれなりに美人ではあったが、それだって舞台女優のように、と言うわけではない。服装も凡庸、このあたりの民が良く着る、農作業用の軽衣である。

 強いて特徴をあげるとすれば『全てが凡庸すぎる』だろうか。

(そうか、だから逆に……)

「ねえねえ、天使ちゃん、それ、俺にあ~んってして♡」

 やたらと陽気な男の声が、ケンタの思考を遮った。もちろん、あのナンパ男である。

 彼は料理を頬張るテンネの隣を陣取って、至極ご満悦であった。

「……って! まだいたのかよ!」

 ケンタの鋭い突っ込みチョップを、ひょいと上半身だけひねってよけた彼は、テンネに顔を近づける。

「ねえ、て ん し ちゃん♡」

「ほえ? 私の名前はテンネだよ」

「ああああ! 名前まで天から聞こえる琴の音のようだ。その声で名前を呼んでくれ。俺の名前は、ブ・ゼット・シ・シャルマントだよ」

「ぶ、ぃ、ゼット?」

「のんのんのん。ヴィよりはヴォに近いかなあ。ヴォ、ゼット」

「ブ……ぉ?」

「ああ、発音が難しいんだね。舌の使い方を教えてあげるよ」

 男は少し無精ひげの伸びたあごを軽くあげて、さらにテンネに顔を寄せた。

 扇情的に舌先をちろりと出した唇の意味に気づいたのは、当のテンネではなくて周りにいた者たちのほうである。女性陣はすばやく立ち上がり、テンネを引き寄せて守った。

 ケンタは……それは悪鬼の表情であった。

「てめえっっ!」

 並んだ皿を蹴飛ばしながらテーブルに飛び乗り、その勢いのまま、男の顔面にひざを叩きこむ。

「ぷへ!」

 情けない声をあげながら床にはいつくばった男の鼻から、一筋の血河がつたう。それでも彼は、へらへらと笑いながらテンネに手を伸ばした。

「大丈夫だよ、天使ちゃん……君の事は俺が……守る……」

「残念だが、テンネにあだなす害悪は、お前のほうだああああああああ!」

 天板を蹴り割るほどの勢いで、ケンタが飛び上がる。高く……高く……。

突然、その体が横様に飛んでみなの視界から消えた。いくつかのテーブルが吹っ飛び、店の壁の一角がど派手な衝突音とともに崩れる。

 そして、ケンタの声は、その崩れた壁から上がる粉塵の中にあった。

「ふ……ごほっ、魔王か?」

 おさまってゆく雲煙の中に立ち上がった彼が抱えているのは、大きな鉄の玉。

「違うな。大砲なんか使うのは、人間……だな」

 床に転がったまま鼻血をたらした男は、あきれたようにケンタを見上げる。

「あんた、頑丈だなあ」

「ああ、これでも一応、勇者なんでね」

「や、それにしてもさあ」

「お前こそ、さっさと起き上がってみんなを店の外へ! もう一弾、来るぞ!」

 彼の言葉を裏付けるかのように、ひゅるひゅるとかすかな音が聞こえた。


 実は、突然の襲撃に驚いたのは店内に居たものだけではない。店を出たはずのあの姉弟は、近くの建物の上からそれを見ていた。

 第2弾はわずかに店をそれ、隣の建物を吹っ飛ばしたところである。

 少年が姉の袖を引く

「姉さん……これ」

「ああ、間違いない。強行派の仕業だね」

「どうするの?」

「どうするも何も、あたしたちの仕事は聖女様が覚醒するまで監視することだろ」

 その女は、上着を乱暴に引き脱いだ。

 現れたのはぴったりと体に合わせて縫製された鈍色の……SINOBIの装束だ。

「監視対象が居なくなっちまったら、仕事がなくなっちまう。いくよ」

 姉が振り向いたときには、弟はすでにSINOBIの装束に身を包み、狙撃者の居る方向を割り出すべく、風の方向を確かめていた。


 さて、再び店内では。

 鼻血を拭きながら立ち上がった男の先導により、店内に居た者は全て店を出た。最後に壁の穴から飛び出したケンタは全員の顔を見回す。

 ナンパ男は鼻血を出しているが、無事だ。ヴェラ、ルナール、ともに怪我はなさそうだ。アリスは……崩れた壁の穴を広げる手伝いまでしていたのだ。当然に無事。

 一番の気がかりであるテンネは、ぐちゃぐちゃになった店内を覗きこんで、ひどく名残惜しそうだった。

「デザートのプディング、食べたかった……」

「のんきな事を言っている場合か! おい、ヴィゼ、ジモティだろ。道案内、頼むっ!」

「のんのんのん。発音はどちらかというと……」

 テンネがにっこりと微笑む。

「わあ、呼びやすい。ヴィゼさんね」

 男は少しばかりよろめいて、大げさに肩ひざをついて見せた。

「おおおおおお! なんとでも呼んでおくれ、マイエンジェぇえル!」

遠くでまた一つ、どおんと砲撃が鳴った。続くはかすかなヒュルヒュル音。

「……いいから、さっさと案内しろよ」

 ケンタが吐き出し溜め息混じりの突っ込みに、ヴィゼは片手を軽くあげて応える。

「はいはい。ならば、しっかりとついてきてくださいね~」

 こうして一行は、彼の手引きでこの町を脱出する事となったのだ。


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