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ナンパな男と天使

「海、海!お魚、お魚♪」

 テンションアゲアゲ状態のテンネは、その場でぐるりと踊るように回った。

「煮魚、焼き魚、唐揚げっ。美味しい魚さん待っててね〜♪」

 リズムに乗せて、至極ご機嫌に口ずさむ。

 旅準備を済ませ、翌朝に宿を出発した一行は、海底都市に行くためイリーグの街を目指していた。

 スキップで先頭を突っ走るテンネに、アリスも遅れを取ることなく楽しそうに続く。やはり海底都市に大きな興味を持ったようだ。

「あの、お嬢様」

 戸惑いながらも、ヴェラが声をかける。

「海底都市まで後五日ほどはかかりますよ?」

「えっ?」

「イリーグの街まで三日。そこからさらに二日かかります」

「............!!」

 衝撃のあまり、テンネは固まってしまう。

「やっぱ聞いてなかったのか」

 半ば予想してたのか、ケンタは呆れたように溜め息を吐いた。

「昨夜言ってただろうが」

 全員がいる時に。

「テンネ?大丈夫ですの?」

 ピクリとも動かないテンネを、アリスが心配そうに覗き込む。しかし、目を潤ませたテンネの縋るような眼差しに、思わず一歩後ずさった。

「お魚料理は............?」

「と、途中のレストランであるかもしれませんわ」

「本当に?」

「ええ........................恐らく」

 最後に小さく付け足す。

 だが聞こえなかったテンネは、ぱぁと顔を輝かせる。

「だよねっ、近いなら貿易も盛んに行われてるかも!」

 出て来た言葉に、ケンタ以外が驚きを見せた。

 外見と普段の言動のせいで、年齢よりも幼く見られがちなテンネ。だが決して頭が悪いわけではない。ただ思考が少し常識から外れているだけ。

 長い付き合いで、ケンタはそれをちゃんと理解していた。だから他の人が驚くのも分かっている。

 アリスたちの表情にキョトンとするテンネの頭を撫で、ケンタは複雑な笑みを浮かべた。

 この幼馴染は単純そうに見えて時々分かりにくいのだ。

 彷徨わせた視線が遠くに見える食堂らしき建物を捉え、ケンタは話題転換するために口を開く。

「お昼だし、あそこで食事にしようか」

「うんっ」

 真っ先に賛成の声を上げたテンネは、アリスの手を掴んで走り出した。

「アリスちゃん行こっ」

「えっ、ちょっと走らなくてもーーー」








 ドッシャーンっ!!


  昼時で賑わう大衆食堂で、料理を乗せたテーブルの一つが派手な音を立ててひっくり返った。

 店内がシーンと静まり返る。

 食事の手を止め、直ちに警戒態勢を取るケンタ。

「危ないなぁ」

「しつこいわよ」

「まぁまぁ、いいじゃん別に、お茶を飲むくらい」

「だから暇じゃないって何回言ったら分かるかしらっ」

「えぇ〜、それにしちゃ食事終わってるのにのんびりしているじゃん」

 聞こえてきた男女の会話に、ケンタは思わず脱力した。

 ナンパかよ。

 どうやら男のしつこい誘いに、とうとうキレた女性が怒りをテーブルにぶつけたようだ。

「それはーーーっ」

 言い淀む女性に、男は畳み掛ける。

「ちょっとお話するだけでいいからさ、ね?」

「お断りよっ」

 眦を釣り上げ、取りつく島もないくらいきっぱり断る女性。そんな彼女の袖を、隣にいた少年が軽く引っ張った。

「姉さん......目立ってる」

 ケンタたちの方に視線を流す少年に、女性は一瞬しまったっというように表情を歪めた。だがすぐに視線を男に戻し、睨みつける。

 その仕草に、ケンタは僅かに違和感を覚えた。

「邪魔しないでっ」

 吐き捨てるように言い残すと、女性は少年を連れて店から出て行った。

「あちゃー、振られちゃった」

 残された若い男は、人懐っこい笑みを周囲の向ける。

「騒がせて悪かったよ。美人見かけるとつい声かけてしまうんだけど、今日だけでもう六連敗だから参っちゃう」

 戯けた言い方に、周りがドッと笑う。

 一瞬にして元の明るい雰囲気に戻した男に、ケンタは密かに感心する。悪目立ちしていながら、場を取りなすのは容易ではない。

 男はにこやかに笑いながらケンタたちのいるテーブルまでやって来た。

「こちらの美人さん方、良かったら俺とお茶しない?」

 軽い誘いに、アリスはツンと顔を背ける。ルナールは「お断りしますわ」と口元に手を当て、うふふと笑った。ヴェラは驚きながらも、ぶんぶん頭を横に振る。

 つれない反応に、男は諦める様子もなく言い募る。

「ほんのちょっとでいいから」

「悪いけど、他を当たってくれ」

 大きなため息を吐いてから、ケンタが声をかける。

「おいおい、こんな美人を三人も侍らせてんだから、一人ぐらい貸してくれてもいいじゃん」

「侍らせてねぇーよ」

「いーや、こんなハーレム見せつけて、俺ら独り身を嫉妬で狂わせる気?」

「.........は?」

 ヒクリと、ケンタは口元を引きつらせた。

「浮気は良くないよ?一人に決めて他の方達を解放してやるのが優しさだよ」

「そんなんじゃねぇって」

「分かってる。みんな綺麗で選べないんでしょ?その気持ちすっごく分かる!」

「いや、分かってねぇよっ」

 思わず立ち上がってツッコミを入れるケンタ。

 身長差から、ケンタの影にすっぽり隠れる形で壁際に座っていたテンネ。ケンタが立ち上がったことによって、我関せずにデザートを頬張っている姿が男の目に入る。

 瞬間、男はまるで雷に打たれたかのような衝撃を受けた。

 表情を引き締め、ケンタを迂回してテンネに近づく。

 背後からかかる影に、イチゴタルトに夢中になっていたテンネが振り返った。見知らぬ男の姿に、コトリと小首を傾げる。

「だれ?」

 心底不思議そうな声から、今までの騒動に気付かなかったことが窺える。ある意味大物だ。

「天使だ............!!」

 そっとテンネの手を握り、男はその場に跪く。

「可愛いお嬢ちゃん、十年後......いや、五年後に俺のお嫁さんになってくれないかな?」

 うっとり告げられたプロポーズに、テンネが反応する前にケンタが行動に出た。男の手を電撃の速さで振り払い、テンネを背中に庇う。

「お兄さん、妹さんを俺に下さい!」

「誰がお兄さんだ、阿呆っ」

 反射的に怒鳴り、ケンタは険しい目つきで男を睨みつける。

「いやお兄さん。可愛い妹さんが美しく成長したら悪い虫がいっぱい寄ってきますよ?その前に俺に守らせてください、幸せにしますから」

 自信満々に放たれた言葉に、ケンタの握った拳がぷるぷる震えた。思いっきり力を込める。でないと今すぐにでも、人の話を聞かないこの男に殴りかかってしまいそうだ。

「五年後......」

 言われた言葉に、テンネが何かに気付き反論する。

「あのっ、私十六歳だよ?」

「テンネ黙ってーーー」

「えっ、てっきり十二歳くらいかと!」

 ケンタの言葉を遮る形で、男は驚きの声を上げた。だがすぐに嬉しそうな声に変わる。

「でしたら今すぐに俺のお嫁さんになってーーー」

「誰がやるかっ」

 男のセリフを最後まで言わせまいと、ケンタが声を張り上げる。

「ロリコンがテンネに近づくな!」

「ちょ、誤解だよ」

「十二歳だと思って求婚したんだろうが」

「それはこのエンジェルが俺の心を掴んで離さないからで」

「変態め......」

「お兄さん、話を聞いてくれ」

「だから誰がお兄さんだっ、てめぇこそ人の話を聞けぇぇぇぇえぇぇ!!」

 ケンタの苛立ちを含んだ叫びが、店内に響き渡った。

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