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プロローグ的な

第一走者は清風 緑さんです。

「お茶が入ったよー!」

 愛らしい少女の声と、お菓子の甘い香りに誘われるように2人の少年が少女の元に駆け寄る。

「今日はパウンドケーキを焼いてみたの」

「おお、美味しい! また一段と腕を上げたな。さすがは俺の妹だ」

「えへへ、ありがとう」

 くしゃりと少年に頭を撫でられ、少女は嬉しそうに目を細めた。

「うん、うまい。さすがは俺の恋人だな」

 その様子を見ていたもう一人の少年は自然に少女の頭を撫でている手を払いのけると、少女には聞こえない位のドスの聞いた声で少年に囁きかける。

「気軽に触んなこのシスコンど変態」

「あ? 誰に口聞いてんだてめぇ。ぶっ殺すぞ。そもそも俺はお前を可愛い可愛い妹の恋人なんて認めてねぇからな。妹を俺から守るみたいな責任感で付き合ってんじゃねーぞこら」

「2人とも食べないの? お茶が冷めちゃうよ?」

 いがみ合う二人をよそに、少女は可愛らしく小首を傾げた。

「いや、なんでもない。さ、食べようか。折角愛しの妹が用意してくれたんだし」

「……お茶が不味くなるのもごめんだしな」

「うんうん、皆仲良く、ね?」

 少女はこのお茶の時間が大好きだった。大好きな2人と、大好きなお茶を飲んで、お菓子を食べて過ごす時間。のんびりと、温かく優しい時間が永遠に続くことを願っていたのだ。そして、それはヤンの願いでもあった。

 しかし、その望みは長く続かなかった。


「そんな……そんな……」

 いくら妹の名前を叫んでも、冷たくなった体を揺さぶっても、愛しの妹は目を覚まさない。周囲には魔法で焼け焦げた独特の匂いが漂っている。

 守れなかった。あんなに愛していたのに。あんなに傍にいたのに。恋人とか言うこいつは、どんな強力な魔法にも怯まず、俺の可愛い可愛い妹を守ろうと動いたというのに。

 ふと、妹に寄り添うようにして倒れている憎い自称恋人の顔を見た。こんな奴に負けたままなんてまっぴらごめんだ。

「次は……次は必ず守るからな……」

 乱れた妹の髪をそっと手櫛で整えてやり、そっと呟いた。

 たとえ世界を敵に回しても、生まれ変わっても、天国でも地獄でも、この決意は絶対に変えない――

 目的を達成するまでは、死ねない――



 広い荒野。

 2人の青年が剣を持ち、対峙している。

「よお魔王。久しぶりだなぁ? 死ぬ覚悟はできてるか?」

「生憎だが勇者、俺は死ぬつもりなんてこれっっっっっっっっっっっっっっっっぽっちもない。目的を果たしていないからな」

 挑発するようにこれっぽちも、の部分を強調する魔王。

「ねえ、ケンタ、ヤン、もう止めよう? 落ち着いて、話し合おうよ。ね?」

「悪いがテンネ、今の俺はケンタじゃなく勇者なんだ。国から命令が出てる限り、俺はこいつを殺さなくちゃならない」

「ケンタ……。ねえ、ヤン! お願い。止めてよ……話せば分かるよ!」

 勇者として決意を固めてしまっているケンタに説得が通じないと知り、テンネは魔王であるヤンを説得しようと試みる。

「申し訳ありません、テンネお嬢様。いくら私が元テンネお嬢様の執事だったとはいえ、そのご命令には従えません。ですが、ご安心ください。魔王になり変わった私が、この憎き勇者をぶち殺し、お嬢様を魔の手から救って差し上げますからね、少し待っていてください」

 口調も雰囲気も勇者と対峙していた時とは打って変わって、ヤンは優しげにテンネに微笑みかけた。

「ヤン……」

 なおも説得を続けようとするテンネに、ケンタが声を掛ける。

「テンネ。そいつに説得は無駄だ。そいつの出してくる条件を、お前は受け入れられないんだから。止めろ」

 ケンタの声が全く聞こえないかのように、ヤンはうっとりとした口調で語り続ける。

「これが終わったら私のお城にいらしてください。そして私は再び昔のようにお嬢様にお仕えし、テンネお嬢様のパンツを手に入れるのです……ふふ、ふふふふふ……」

 ヤンの視線が、テンネのスカートに向かう。

「ふふ、テンネお嬢様のパンツ……ああ、素晴らしい」

「このパンツ信者が……!」

 ヤンからの視線を遮るように、ケンタがヤンの前に立つ。

「どけ、お嬢様のパンツが見えない」

「元々見えてねえだろうが……!」

「テンネお嬢様のパンツならば、心の眼で見えるっ!!」

「嘘っ!? じゃ、じゃあヤンは私のパンツを見て今日はピンクで可愛いとか思ってるの!?」

 涙目になりながら、バッとスカートの裾を押さえ、顔を真っ赤にしたテンネを見て、ケンタはやっちまった……とでも言わんばかりに頭を抱えた。対照的にヤンはとても嬉しそうに頭を抱えた。

「ああ、本日のテンネお嬢様のパンツはピンクでしたか。素晴らしいです! 今すぐ私に下さい!!」

「誰がやるかボケェ!!」

「勇者風情は引っ込んでいてください」

「あぁ?」

 再び睨み合った2人を見て、テンネは目に溜めた涙を手で払い、キッと2人を睨みつけた。

「そっか……2人とも止める気はないんだね……だったら、だったら私が止める!」

 すう、と深呼吸してから、テンネは声を張り上げる。

「お願い……精霊さんたち……力を貸して!」

 テンネの声に応えるようにして、ぼうっとテンネの周囲を光が覆う。光はゆっくりと周囲に広がると、魔方陣を形成していく。

「なっ、バカな……!」

「テンネ、お前……」

 驚く2人をよそに、魔方陣はみるみる輝きを増す。

「これで、2人を止めて見せる!」

 カッ! っとひと際大きくテンネの瞳が輝き、テンネの目の前に現れたのは――





 白い皿にのせられた、照り焼きチキンだった。

「また照り焼きチキンかよ!」

「またとは何よ! 美味しいもん!!」

 ケンタのツッコミに、テンネはすぐさま反論する。

「美味しくったって役にたたないだろ!? もう何回目だよ!? せめて生きた鶏ぐらいだせよ!!」

「なによ! 鶏さんに戦わせたら可愛そうじゃない!!」

「それ以前の問題だよ!? 何で照り焼きチキンしか出せないの!? っていうか少しは上達しろ!」

「上達してるわよ!! 今回はお皿に乗ってるんだから!!」

「そこはどうでもいいよ!! バカ! この大バカ! バカバカバーカ!」

「酷い!! バカって言った方がバカなんだから!!」

「へぶぅっ!?」

 ケンタのバカコールに耐えかねたテンネが、ケンタを蹴りあげる。

 もちろん、そうすると自動的にテンネのスカートが捲れ上がり……


「ピンク!! 本当にピンクではありませんかお嬢様!! 最高です! しかもフリルつき!!! さあ、今すぐ私にその素晴らしいパンツを!!!」

 恍惚とした表情でテンネに近寄ろうとしたヤンを、ケンタは素早くはったおした。

「させるかよ変態魔王! いい加減に諦めろ!」

「テンネお嬢様のパンツを私よりも近い位置で見るなど大罪だこのクソ勇者。死ね。今すぐ早急に。俺が直々に首を切り落とし両の手をもぎとり、足を切り刻み目も当てられないような姿にしてやる。そして俺はお嬢様のパンツを手に入れる。絶対にな!」

「はっ、上等だこのクソ魔王。絶対にさせねえよ」

 魔王と勇者は不敵に笑うと、再び剣を構えた。


「だからどうしてこうなるの……」

 テンネはまた目に涙を浮かべ、その場にへたりこんだ。

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