-Baby's breath-推理編
解決編は5月8日の夜に投稿します。
PM 4:30 @文芸部室
玲は昔から推理小説が好きだったが、より正確には「推理すること」が好きなのである。しかし、小説のように現実は謎に満ちてはいない。そのため、玲は日常生活の些細な事を『事件』や『謎』として捉える癖がある。今日もその癖が発動したというわけだ。
「まずは状況確認ね。」
玲はそう言うとメモ帳につらつらと状況を書き始めた。
場所 1-2教室
4時~4時15分ごろ 犯行時刻
4時15分~4時20分ごろ 土居さんが現場発見、先生と私達が到着
容疑者 ぽー先生、土居さん、増田くん、純
「今分かっているのはこれだけね。」
玲は満足したという表情でペンを止めた。
えーと、どこから突っ込めばいいのだろうか…
「おいおい、何で容疑者とか書いてんの?それに何でまたその4人って決めつけてんの?」
「あくまで状況を客観的に書いてみただけよ。」
「いやいや、少なくとも俺は含まれないでしょ。ずっと一緒にいたわけだし。」
「嘘つきは信頼できません。他に気付いたことはない?」
恋愛小説の件はバレてたか。まああそこまでありきたりな話なんてあるわけないしな。
「そうだな、気付いたと思うけど小テストには砂粒がついてた。掃除当番がしっかり掃いていないせい だと思うが。」
「掃除当番は関係ないと思うわ。私も砂粒がついているのには気付いたけど、小テスト用紙の上についてた。」
むむ、言われてみれば確かに。俺はこの推理ごっこに乗り気なわけではないが、間違いを指摘されるのはやはり悔しい。
「じゃあ、簡単だろ。風で飛ばされたんだよ。」
「あのね、土居さんや先生が来た時からあの状態って言ってたでしょ。窓は閉まってたわ。」
「でも、黄砂のことを考えると風が入ってきたのは間違いないだろ。」
まさか犯人が外から砂を持ってきて上から降りかけるようなことはしないだろう。
「んー、黄砂の件はとりあえず置いといて、他の手がかりを考えましょ。他にあったことと言えば…」
・途中で増田君が加わる
・土居さんが花びんの水を入れ替えに行こうしてこけそうになる
→増田くんに受け止められる
「このくらいしかないわよね。このタイミングで増田君が来たのは怪しいけど、これだけでは何とも言えないかな…」
「美術部はもう終わったのか」と江戸川先生が言っていたので、怪しくはないと思う。しかし、ここで口にすると何か言われそうなので、あえて黙っておいた。ん、そう言えば江戸川先生と言えば…
「玲、年間スケジュールは江戸川先生に渡したんだよな?」
「何言っての、ちゃんと…あ!」
何か思い出したように玲は急に席を立った。
「渡しに行ったら『机の上に置いといてくれ』って言われて机に上に置いたんだった。きっと、あの小テストの中にまぎれ混んでる。ちょっと様子見に行ってくるわ!」
そう言い残すと勢い良くドアを開けて1-2部室を出て行った。入口越しに外を見ると、どうやら雨が降りだしたようだ。それにしても、もう少し落ち着いてドアを開けられないんだろうか…
これでもし年間スケジュールがなくなってたら何としてもこの謎を解明したがるだろうな。しかし、今回の件は思っていたより「謎」だ。黄砂のことを考えると、窓から風が入ってきたのは間違いない。となると…
①誰かが窓をあけて、風で小テスト(ともしかしたら年間スケジュール)が散乱した後に、もう一度閉めた。
②掃除のときに締めるのを忘れており、風で小テストが散乱した。その後誰かが窓を閉めた。
という2通りの考え方ができるけど、前半部分はどちらも重要ではない。問題なのはどうして小テスト用紙が散乱した上で窓が閉められたかだ。窓が開いた状態で物が散乱しているのを発見した場合、無視か、窓を閉めて拾うかのどちらかだ。
窓だけ閉めて散乱した物はそのままという中途半端な状態にはならない。とても急いでいて散乱した物を拾う余裕がなかった、という可能性もあるが、そこまでして急ぐ理由が分からない。
3つ目の選択肢として、窓が人の手を借りずに閉まったということもなくはないが(それこそ密室殺人で自動的に窓を閉めるトリックなんていくらでもある)、そうするためには仕掛けが必要だ。そんな仕掛けまで使って小テストを散乱させることに意味があるとは思えない。そもそもなんで犯人(あまり使いたくないけど便宜上こう表現するしかない)は窓を閉める必要があったんだ?
もう一度玲が書き残したメモを見る。そう言えば土居さんが花びんに水を入れに行くとき、江戸川先生が「もうなくなった?」というようなことを言ってた気がする。花びんの水の減少と閉められた窓に因果関係があるとは思えないが、一応不自然な点ではある。
・黄砂
・散乱した小テスト
・花びんの中の減少した水
・閉められた窓
考えていても埒があかない。そろそろ俺も年間スケジュールを探しに行くか。そう思って席を立とうとしたとき、勢い良くドアが開いた。勢い良くドアが開くのを見たのは今日で何度目だろう。
「ない。年間スケジュールがないの!」
「小テストに混じって床に落ちたんだろ。」
「そう思って何回も探してみたけどないの。」
玲が机の上に置いたなら、拾い集めた小テストに混じっていると思ったが、そこにもないらしい。
ん?机の上に置いた年間スケジュールがない?
なるほど…減少した水の原因は察しがついた。ついでに犯人が小テストを散乱させた理由も。無意識のうちにニヤついていたのか玲に本でこづかれた。
「何ニヤニヤしてんのよ。」
「ごめんごめん、ちょっと今回の『謎』が分かりかけたから。ただ、犯人がなぜあの教室に行ったのか がまだ分からない。」
「ほんと!?わかった部分だけでも教えてよ!」
さっきまでの怒りは一瞬で消えたのか、手に持っていた本(俺が玲から借りていた恋愛小説だ)を机に置いて、身を乗り出してきた。
まさかこんな甘々な恋愛小説が人をこづくために使われるとは作者も思わなかっただろう。机の上に無造作に置かれた本がなんだかかわいそうだ…
そう言えばこの本、最初は机に関する描写から始まるんだよな。
いや待てよ、『机から始まる』……?
ああ、そうか。
だいたいのことは分かった。ただ、問題はどうやって収集をつけるかだな。まあいい、できれば関係者には聞いてもらいたいし、とりあえず現場へ行こう。
「なあ玲、俺って相当恋愛脳かもしれない。」
「急にどうしたの?私への皮肉?」
おしい、自分自身への皮肉のつもりだ。
腑に落ちない様子の玲とともに、1-2の教室へと向かった。