-Baby's breath-事件編
推理編は5月7日、解決編は5月8日の夜に投稿する予定です。
※5月7日に一部修正しました。
2012年4月26日(木)
PM 3:40 @2-2教室
「純、部活の年間スケジュール出しに行こ。」
「悪い、今日掃除当番だから、1人で持って行ってくれ。」
クラスメイトの石倉玲にそう言い返し、箒をとりに席を立った。
部活とは俺と玲が所属している「文芸部」のことだ。年間スケジュールとは全ての部活動に提出が義務付けられている1年間の予定表だ。3年生が卒業した結果部員は現在俺と玲の2名。規則では部として存続していくには3名必要なため、残り1人が入らないと同好会へ格下げとなる。そして、その期限まで残り1週間を切ったのだが、新たな部員は未だ見つかっていない。
ただ、俺はそれでもいいと思っている。同好会と部活との差は部費が使えるかどうかだ。もともと文芸部は大して部費を使うような活動はしていないし、同好会になっても部屋は使えるようだから実態としてはあまり変わらない。それにも関わらず、なぜか部長は新入部員が入ってくることを信じて疑わず、同好会には提出が義務付けられていない年間スケジュールを作成して、顧問へと提出しに行ったのだ。
箒で床を掃いていると、今日はやけに砂粒が多いことに気づく。そう言えば朝のニュースで黄砂が飛んできていると報道されていた気がする。朝家を出たてから今まで体では感じなかったが、確かに黄砂は飛んできているようだ。
掃除を早々に終え部室へと向かおうとすると、何やらガチャガチャと騒がしい。どうやら1年の教室で席替えが行われているようだ。入学して1ヶ月も経たないまま席替えとはせっかちな気もするが、自分には関係のないことなのでそのまま通りすぎた。
「新入部員募集中!」と大きく貼りだされた部室のドアを開けると、いつものように玲が本を読んでいた。玲は外見や性格から「明るく活発なスポーツ少女」と思われることが多いが、れっきとした文芸部部長で放課後はいつもここで本を読んでいる。今日読んでいるのも、きっと推理小説だろう。
「思ったより早かったわね。前に貸した小説読めた?」
「読むには読んだけど、これ、お前の本じゃないだろ。」
2日前におすすめだと言われて、なかば押し付けられた本を取り出す。本のタイトルは聞いたことがあったので、ある程度売れてはいるんだろうが、甘々の恋愛物であまり受け付けなかった。推理小説好きな玲が好んで読む本にはどうしても思えない。
「あたり。で、どんな話だった?」
「ヒロインの身代わりに車と衝突して記憶喪失になった主人公をヒロインが甲斐甲斐しく看病して、最終 的には主人公の記憶が戻る話だ。」
玲は、ありがとうと言って読書に戻った。ちなみにさっきのあらすじは嘘で、本当は女子生徒が教室で意中の男子生徒の机にラブレターを入れるところを、その男子生徒に目撃されてしまうところから話がスタートする。どうせ、友達に勧められたが読む気がない本を俺に読ませて、あらすじだけ聞いて読んだことにするつもりなんだろう。まあさすがにこのままだと、玲とその友達の友情にヒビが入りそうなので、後で嘘だと言って、自分で読ませることにするか。
俺も椅子に腰掛け昨日まで読んだ文庫本を開いた。本をめくる音と部活動の音だけが聞こえるこの時間は好きだ。本を読み始めて20分ほど経ったとき、部室のドアがトントンとノックされた。
「ついに新入部員が!」
玲は勢い良くドアを開けたが、そこに立っていたのは顧問の江戸川先生だった。
江戸川蘭太郎(32歳独身)。担当科目は理科で白衣を着ていることが多い。全体的にいい加減な感じがするが、授業そのものはわかりやすいと思う。玲は親しみを込めて(と本人は言っているが、ただの冷やかしにしか聞こえない)、ぽー先生と呼んでいる。元ネタはもちろんあの大推理作家。
「なんだ、ぽー先生か。私の年間スケジュール見てくれました?」
「石倉、いい加減やめろよその呼び方。元ネタ分かるやつ少ないから、聞かれたとき説明するのが面倒な んだよ。」
そこかよ、という疑問はさておいて何でまた部室に来たんだろう。
「ちょっと手伝ってほしいことがある。何、10分もあれば終わるから来てくれないか。」
江戸川先生に連いていくと1年2組の教室に来た。そう言えば1年2組の担任だったな。教室で何を手伝うんだろうと思い中を見渡すと、理由はすぐに分かった。
「ぽー先生、これまた派手にぶちまけましたね。」
教室の前方を中心に何枚もの紙(どうやら小テストのようだ)が散乱している。
「なぜ俺だと決め付ける。最初からこうなってたんだ。」
すみません、俺も先生がやったのかと思いました。
「なあ、土居。」
「え、あ、はい。」
気がつくと先生の横に小柄な女生徒が立っていた。名札の色からして1年生か。
「土居は隣のクラスの生徒で、忘れ物をとりに来たらしい。廊下からこの教室を見たときには既にこうな っていたんだとよ。」
土居と呼ばれた生徒は人見知りする方なのか、俺達から顔をそらし、小テストを集め始めた。風邪気味なのか時々くしゃみをしている。その様子はまるで小動物みたいだ。
「石倉、楠川、見ての通りだ。散らばった小テストを集めるのを少し手伝ってくれないか。」
玲は嫌そうな顔をしたが、ここで恩を売っておくべきかと思ったのが、しぶしぶ手伝い始めた。よく見ると散らばった小テストの上にも砂粒が付いている。この教室の掃除当番、ちゃんと掃ききらなかったな。
「あれ、江戸川先生、それに土居さんも、こんなところで何してるんですか?」
見上げるとかばんを持った男子生徒が教室に入ってきた。この生徒もどうやら1年生のようだ。
「おお、増田。美術部はもう終わったのか。ちょうどいい、小テストを拾うのをちょっと手伝ってくれな いか。」
「ええ、まあいいですけど。」
増田くんも加わって小テストを拾い始めた。
「先生、花びんの水が少なくなっているので、入れてきます。」
土居さんが教員用の机の上に置かれている花びんを指して言った。中に入っている花はカスミソウだろうか。教員用机の後ろの壁には5月1日~31日までと書かれた座席表が貼ってある。部室に行くときの席替えを反映したものだろう。しかし、日付がでかでかと書かれているわりに肝心の表が小さめでちょっと見づらい。
「あれ、もうそんなに少なくなったか。土居、気が利くな。」
土居さんは花びんを持って廊下へ出ようとしたが、散らばっていた小テストに足をすべらせた!
花びんの割れる音が教室に響く……ことはなかった。間一髪のところで、増田君が土居さんの体を前から支えていたのだ。ただ、花びんの水で増田君の制服が少し濡れていた。
「あ、ご、ごめんなさい!」
「いや、これくらいすぐ乾くって。」
何だろう。土居さんがものすごく焦って混乱している気がする。確かに制服は濡れてしまったけど、増田くんの言うようにほんの少しだし、こうなったのも、もともと教室に散らばっていた小テストのせいだ。
「ほほう、これはもしかすると…」
玲はなぜかニヤついていた。
「土居、悪いのはもともと紙をまき散らしたやつだよ。増田の言う通り、制服はすぐ乾きそうだし問題ないぞ。」
「江戸川先生、これは誰かがやったものなんですか?」
増田くんが驚いた様子で尋ねる。
「ああ、すまん。土居と俺が来た時にはこうなってたんでつい。勝手にここまで散乱することもないかと思ってな。まあ、だからと言って犯人探しをするわけじゃないからな。このことはクラスのみんなには言わないでくれ。」
入学して1ヶ月も経たないクラスで「犯人探し」はできないな。せいぜい俺たちの部活動の時間が少し削られたくらいだし、担任らしい配慮だなと思った。
「なるほど、よく考えるとこれは『事件』ね。」
突然の玲の言葉に耳を疑う。
「はい?単に小テストが散らばっただけじゃないか。」
俺の言葉が聞こえていないのか、玲は続けた。
「何者かによって小テストがばらまかれた。これは立派な事件だわ。純、部室に戻って状況整理よ。」
「いや、まだ片付けが…」
「大方集められたわ。ぽー先生、もう戻っても大丈夫でしょ。」
「ああ、まあだいたい片付いたしな。手伝ってくれてありがとよ。」
江戸川先生はやや呆れた様子でそう返した。江戸川先生と俺は今同じ事を思っているだろう「またか……」と。