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大罪のゲーム  作者: 辺 鋭一
第二章
25/25

布団が、吹っ飛んだ!!

少々グロテスクな表現があります。

苦手な方はご注意ください。

   ●



 御使(みつかい) 天利(あまり)は平等主義者である。

 両親の教えをそのまま受け止め、忠実に守る、とても素直な性格も持っている。

 それ故に、天利はある時ふとした疑問を抱いた。


 ――命はその種類に限らず平等だ。

   ならばなぜ、生物は他の生物を殺して糧にするのだろう?


 自分自身のために他の生物の命を奪う。

 まるで自分自身の命を他よりも上位に置いているかのような生態系の仕組みに対し、幼い天利は純粋な疑問を抱く。

 だが、今の生物のあり方が間違っているのなら、こんな不平等はどこかで正されているはずだ。

 なにせ、命はすべて平等なのは『絶対』に間違っていないのだから。

 なので考えに考えた結果、天利は一人でその疑問を解決した。


 ――そうか、生きるためには命を奪わないといけないんだ。


 誰でもいつかは思い至るような、そんな平凡かつ重要な事実に、天利は幼くして当たり前のように気が付いた。

 そして同時に、絶対的な存在である両親がにこやかに食事をしている様を見て、天利はもう一つ学習した。


 ――そうか、命を奪うことは、喜ばしいことなんだ。


 好物であるハンバーグを食べながら、天利は心からの笑顔を浮かべる。

 生きることは食べること。

 食べることは殺すこと。

 そして、食べることは楽しいこと。

 ならば、




 ――私は、殺すことを楽しまないといけないんだ。



   ●



 ……え?


 何の前触れもなく起こった出来事に思考が固まる。

 一切関連性の無さそうだった天利の行動の結果であるということはなんとなく理解出来るが、どうしてその結果になったのかがさっぱりわからない。

 そして、そんな思考停止の時間が、大切なものを奪っていく。


「つ、鍔芽、ちゃん……?」


 倒れてからピクリとも動こうとしない鍔芽の気配に、ある変化が現れた。

 先ほどまで感じていた気配が、だんだんと薄くなっていくのだ。

 運動能力が向上し、神経の情報伝達速度も速くなっているのか、とてもゆっくりに感じられる。

 本来ならばそれを利用して高速で動き回れるようにするはずだったが、今は腹部へのダメージがあまりにも大きく、どれだけ頑張っても息をするので精いっぱいだ。


「――あ、あああああ……」


 かろうじて無意味なうめき声を出せるぐらいに回復できたのは、運動が得意になりたいという能力ゆえだろうか。

 鍔芽の気配が消えているということは、死にかけているということなのか。

 だが、完全に消えてしまえばそれを確かめることすらできない。

 今すぐに確かめたいが、もう時間がない。

 そして、私の体感時間ではとてもゆっくりと、現実の時間ではおそらく一瞬で、鍔芽ちゃんの気配は完全に消えてしまった。


「……鍔芽……ちゃん?」


 気を失ったせいで強烈に感じ取れていた気配が消えてしまっただけだと信じたくて。

 能力によって見えなくなっているだけでまだそこに鍔芽がいるのだと思いたくて。

 その考えを確かなものにしたくて、少しだけ動くようになった手足に力を込めてゆっくりゆっくりと立ち上がり、ふらふらと透明な箱に近づこうとするが、そのすぐそばに立つ天利がにこりと楽しそうな笑顔を浮かべながらその前に立ちふさがった。


「下手に近づくとぉ、危ないよぉ?」


 楽しくてうれしくて仕方がない様子の天利は、弾むような口調でそう言った。

 そしてくるりと私に背を向けると、箱の中をじっと見る。


「……毒殺。無色無臭、そして一吸いで即死する猛毒の気体。問題なくぅ、効いてくれたみたいだねぇ」


 何気なく発されたその言葉をゆっくりと理解した私の中に出てきたのは、拒絶だった。


 ……そんなこと、あるわけがない!!


 認めたくない。

 彼女は見えなくなっているだけで、絶対に生きている。


 常に自分たちを支えてくれたやさしいリーダーの喪失は、私にとって小さいものではない。

 このわけのわからないゲームの中で、あの理不尽の塊のような存在とともにいられたのは彼女の存在があったからだ。

 彼女がいたから他のみんなとも連携が取れたし、いざというときにも最低限身を守ることができた。

 だから、彼女の存在が欠かせなかったこの生活を、彼女なしでどう乗り切ればいいのか、一切想像できない。

 きっと生きているはずだと、今度は完全に気配を消してどこかにいるはずだと、なぜか力の大部分が抜けてしまっている体を無理に動かして、左右や背後を探していると、


「――馬鹿彼方(かなた)! 早くこっちに来い!!」


 と、普段の軽い話し方からは想像もできないぐらい切羽詰まった口調で、私の後ろにいる長史(たけし)が叫んだ。

 何事かと振り向こうとして顔を前に向けると、目の前には先ほどまで箱の中を見ていた天利が逆手でナイフを振りかぶっていた。


 ……いまさら、ナイフなんかで何を……?


 出会ってすぐにナイフの類が利かないことはわかっているはずなのに。

 だからこそ、鍔芽ちゃんを毒で殺したのに。

 私には、鍔芽ちゃんが作ってくれた服があるのに――


 そう考えながら、私の胸の中心めがけて突き進んできたナイフは、何の抵抗もなく、当たり前のように私の胸に突き刺さる。

 その光景を静かに見ながら、私はやっと、理解した。


「――ああ、そうか。……鍔芽ちゃん、ほんとに死んじゃったんだ」


 もう頭の中でほとんど理解していて、でもどこかで認めたくないと悪あがきしていた最後の部分が、やっとすべてを受け入れた。

 彼女が生きているうちは絶対に刃を通さないはずの服がごく普通の布の集まりになってしまっていることが、その証拠になってしまったからだ。

 そう考えている間に、私の体からはだんだん力が抜けていき、ついには座っていることもできなくなって仰向けに倒れてしまう。

 同時に意識もだんだんと薄くなっていくが、倒れていく最中に見た天利の嬉しそうな表情とつぶやいた言葉だけは、なぜかはっきりと認識できた。


「――刺殺。これで、四つ目」


 何を数えているのかよくわからない、という感想が、私の抱いた最後の思いだった。



   ●



 目の前で、また一人消えていった。

 これで、二人目。

 僕らを置いて逃げようとしたあの男を加えても、三人も死んでしまった。

 これまで何とか誰も死なないようにしてきた苦労を、あの天利とかいう女が台無しにしてしまったのだ。


「――マートン、準備はいいか?」

「ああ、タケシ。いつでも行けるよ」


 目の前で残った二人が何やら話している。

 おそらくは死んでしまった三人の仇を取ろうとしているのだろう。

 僕に相談を持ち掛けないのは、まあ合理的ではないが納得できる。

 普段の僕を見ているのなら、ここで力を合わせることなんて考えすらしないだろう。


「あ、あの、ぼ、僕は――」

「っ、うるさい、お前は黙ってろ!」

「――ああ、手を出さないでくれたまえ。これは僕らの問題だ」


 とまあ、せっかく声をかけて協力を持ち掛けようとしてもこの対応だ。

 まあ、このしゃべり方じゃあもどかしくて僕の話を全て聞こうと思えないというのもあるのだろうが、それにしてもこの対応はまずいだろう。


 ……もっと感情抜きで考えないといけない状況だと思うんだけどなぁ。


 まあ、彼らにそれが難しいのは出会ってすぐのころからわかっていた。

 だからこそ、彼らにとって一番いい意見の通し方を見つけて何度も用いることでここまで全員生き残ってこれたのだ。

 しかし、もうすでに人数は半分になってしまっている。

 これでは、ここから立て直すことは難しいだろう。

 僕らがとるべきだったのは、全員生き残っている段階で一斉にとびかかること。

 次善の策もあるが、これがおそらく一番手っ取り早い最善の方法だっただろう。

 だが、今の僕らには決定的に戦力が足りていない。


「行くぞ。しくじるなよ、マートン!」

「ああ、タケシもしっかりね!!」


 そう叫び合い、二人は楽しそうに笑っている天利のもとへかけていく。




 だが、それは全く意味のない行為だ。




 二人のうち先頭に立ったのは、長史だ。

 将来コメディアンになりたいという彼が持つ欲望は、『人を笑わせたい』だ。

 それにより、彼は天利に手が届かなくとも彼女を封じ込めることができる。


布団(ふとん)が、()()んだ!!」


 あまりにも古典的かつつまらない駄洒落であっても、彼が狙って叩き付ければ能力が発動する。

 要は、『この人を笑わせたい』と念じていったギャグを対象の人物が聞けば、どんな堅物でも笑いが止まらなくなる、ということだ。

 現に、天利の表情は先ほどよりもより深い歓喜にゆがみはじめ、


「――は、ははは、あはははははははははははは……!」


 と、こらえきれずに大きく笑い声を発し始めた。

 こうなってしまえば呼吸はおぼつかなくなるし動きは鈍る。

 さらにギャグのことで頭がいっぱいになるので思考もまともに働かなくなる。

 相手が直前までどれだけ警戒していても、たった一言で無力な的に変えてしまえるのが、長史の能力だ。


 それを見て、走る方向を直角に変えて横に飛びのいた長史の代わりに先頭に出たのは、マートンだ。

 『芸術の才能が欲しい』という欲望を持つマートンが能力によって出したは、大きめのスケッチブック。

 これまでも暇があれば出して何やら描きためていたその中には、多くの作品がある。


「――さあ、君が見るのは君にとって最期かつ最高の芸術作品だ。悔いのないようによくみたまえ!!」


 そう言ってマートンが天利の眼前で開いたスケッチブックの中身は、こちらからは見えないがおそらく何の変哲もない落書き(・・・)だろう。

 才能を欲するマートンは、欲するだけあって壊滅的に絵が下手だ。

 普通に見れば何を描いているか一切伝わってこないその作品たちを、いったい何度見せられたことかわからない。

 だが、この世界において、欲望(のうりょく)のもとに生み出された彼の作品は特別だ。


「さあ、引き込まれるがいい。――題名(タイトル)、『死神』!!」


 題名とともに絵を見せつけられた天利は、その絵をじっと見て動かなくなった。

 男二人が害意をもって襲い掛かってきている最中に、それはあまりにも隙だらけで愚かな行為だ。

 だが、マートンが描いた絵は、どんなにひどい落書きでも、彼の込めた思いがダイレクトに伝わってしまうという特徴がある。

 普通の絵でも時折おこる、画家の思いが感じ取れるという現象を、強制的かつ強烈に発生させる能力だ。

 これにより、全く無防備な心にたたきつけられた思いを、体は素直に受け入れ、現実のものとしてしまう。

 たとえば英雄の絵ならばそのカリスマによってすべての人の視線を釘付けにし、凍てつくような雪国の絵は見る者の体温を奪い凍えさせる。

 そして、今回マートンが出したのは死神の絵だ。

 すべての命を刈り取る農夫である死神の絵を見せられたものは、そのイメージを素直に受け入れて死に至る。


 聞いただけで他人を縛る長史と、見せただけで他人を思い通りにするマートン。

 この二人のコンビネーションは無敵であり、今回も流れるように決まったコンボに対して敵をとれた二人は満足そうに頷いている。

 一度見せればもう十分な絵がうっかり他の者に見えてしまわないようにスケッチブックを閉じるマートンは、眼前にあったスケッチブックの向こうにあるものを見た。

 それは、とても穏やかな表情を見せる天利と、もう一つ。

 鈍く光る黒を纏った、




 拳銃だった。




 パン、という驚くほどあっけない音とともに額を撃ち抜かれ、その勢いを殺しきれないまま仰向けに倒れこんできたマートンは、地面に背中をつけるかつけないかというタイミングでその姿を消した。


「――射殺。これで五つ」


 そうつぶやく天利と、消えてしまったマートンが倒れていた場所とを見比べる長史の表情は、驚愕一色だった。

 それも当然だろう。

 本来ならば一切身動きが取れないまま消えているはずの存在が、まだ生きているうえに反撃までしてきたのだ。

 二重の精神攻撃を潜り抜けるなど、ありえない。


 ……とでも考えているのでしょうね。


 実際、その手段はほとんどの一般人を殺せる最良の手段だろう。

 普通の感性ならば、心の思うが儘に笑い、死に沈むはずだ。


 ……しかし、ここは普通じゃない人間しかいない、ということを忘れている。


 この空間にいるのは、何らかの欲望を強く持ち続けている異常者たちだ。

 一般的な感性を併せ持っている場合も多いだろうが、その精神の根幹にして基本に巣食うのは、自分以外の誰にも理解されない異様な思考回路である。

 一般的な人間社会に溶け込むために表面を覆って中身を隠していても、さまざまな判断基準は人とは違う部分が下している。

 故に、同じものを見聞きしたとしても、注目するのは一般人とは違う部分であることが大いに予想される。

 たとえば、天利が笑ったのは『面白い駄洒落に心を震わされた』のではなく『獲物が自分から近寄ってきて嬉しくなったから』であったり、注目していたのは『絵』ではなく『絵の裏に隠れた人間』であったりなどだ。

 多少注意を削がれることはあっても、自分にとって必要な部分からは決して目をそらさない。

 だからこそ、彼女は自分を保っていられたのだ。


 ……彼らに必要だったのは、精神的ではなく物理的な決め手だ。


 精神的な攻撃ではかわされる可能性があるというのであれば、それをおとりにして最後に物理的な手段で倒す必要がある。

 逆に、物理的な攻撃に強いのであれば、それ以外の精神的な攻撃を採用する必要がある。

 故にこそ、身を守ることにかけては最良の能力を持つ鍔芽だけでなく、監視役の長田や搦め手に使える長史やマートンを処分(・・)せずに残しておいたのだ。

 そして、物理攻撃が得意な彼方がいなくなってしまった今、物理担当である自分を置いて搦め手担当の二人だけで戦いを挑めば、こうなる可能性が高くなるだけである。


 ……仕方ない、そろそろ動くか。


 いつの間にか長史の姿が見えなくなっていると思えば、2メートルほど上に首に縄が絡まった状態でぶら下がっていた。

 今はまだ姿を残しているが、顔色を見るに今すぐおろして助かるかどうかというところだろう。

 その足元で楽しそうにその様を見ている天利のすぐ近くで彼を助けられる可能性の低さを考えるに、もう見捨てたほうがよさそうだと判断を下す。


 ……また、手駒を集めなおさないといけませんね。


 これまでの苦労を――誰も殺さないように手加減して躾け、恐怖によって支配するまでの苦労を思い出し、憂鬱な気持ちになるが、それはそれとして、今は彼女に集中するとしよう。

 チャンスはいま、天利が長史に夢中になっているこの瞬間だ。

 精神が特定方向にのみ特化しているため説得して仲間にするのは不可能であり、力で屈服させようとしてもおそらくは死んでも目的をあきらめない自分と同じタイプ(・・・・・・・・)だ。

 物理的な殺害にこだわっている彼女に対抗するには、自分の能力が最適であるというのが唯一の救いだろう。


「――絞殺」


 と、完全に力の抜けた長史の体がだんだん消え始めたのを確認した天利がそうつぶやく。

 彼の消える瞬間をじっと見つめる天利は隙だらけだ。

 動くならば今しかない。

 自分の中でスイッチを切り替える様をイメージしながら、僕は――俺は一気に天利の奴めがけて駆け出した。

 思い浮かべるのは、最強で最狂で最恐の自分。

 それだけを思い浮かべれば、あとはすべておまけでしかない。

 こぶしを握り、力を籠め、小柄な天利の頭部に向けて振り下ろすように、全体重を込めた攻撃を放つために動き出す。

 さて、それでは、




「――喧嘩の時間だあああぁぁぁ!!」



 ここからは俺、鍛冶谷(かじや) 加門(かもん)の独壇場だ!!



   ●

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