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大罪のゲーム  作者: 辺 鋭一
第一章
20/25

また、負けてしまいましたかね

   ●



 最強の攻撃群に対して弐式が取った行動は、じつに簡単な物だった。

 崩れた身体を戻すことなく、傾いた姿勢のまま首を動かし息を吐いて腕を振る。

 たったそれだけのことで、それぞれが必殺の威力を秘めていたはずの攻撃は無力化され、弾き返される。


 獣の一撃は、視線を向けられただけで怯まされ制御を失い地面に激突し、

 川海流の最終奥義は、腕を振ったときに発生した風圧により技ごと体を吹き飛ばされ、

 物理法則を超えた斬撃は、吹きかけられた息により方向を変えられて、様々な乗り物による範囲殲滅攻撃と相殺させられ、その余波で操縦者までも弾き飛ばした。

 そして最後に、全ての攻撃を回避してから『指を一回振る』という一動作でで数億通りもの可能性が生み出され、それをすべて予知してしまった少女が情報過多により気絶させられる。


 その結果、かろうじて立っているのは空中で体勢を何とか立て直して着地した山谷と、振り下ろした刀ごと無理な方向に攻撃を捻じ曲げられて肩を痛めてしまった御縁だけとなった。


「……まあ、称賛の言葉を送っておきましょうか。あなた方は良くやりましたよ。――人間にしては、ね」


 そう言いながら弐式は数歩前に歩くと、自分を睨み付けている二人から程よく離れたところで立ち止まり、『ドン』と地面を踏みつける。

 それだけで地面は勢いよく盛り上がり、形を変え、性質や素材すらも切り換えられる。

 そして瞬く間に豪奢な一人掛け用の椅子を作り上げた弐式は、そこにゆったりと腰を下ろすと、足を組み、肘かけに腕を置き、背もたれに体重をかけ、全身の力を抜いてくつろぎ始めた。

 明らかに自分たちを馬鹿にしているその行為を見せられて、しかし山谷たちは動けない。

 全員でかかっても本気すら出させることができなかった目の前の男に対し、半分以上の仲間が倒れた今どのように立ち向かえばいいのか、わからなかったからだ。


「……く、何故……!? 私たちは、皆が皆、一心同体となって戦ったはずなのに……、なんで、『五人分の力を持つ一人』がただの『一人』に負けるの……!?」

「そんなの簡単ですよ。所詮は有限の数字でしか己を語れない人間では、(無限)には遠く及ばない。貴女たちの数字ちからが何倍になろうと、僕の無限と等号関係になることは決してないんです。……理解できましたか?」


 教師が生徒に言って聞かせるような口調で説明されたふざけた論理に、しかし山谷は反論できない。

 現状では、山谷にその論を崩すだけの材料が存在しなかったからだ。


「さて、それでは答え合わせと行きましょうか」


 これまた唐突にそんなことを言い始めた弐式に、山谷はなにがしかの活路を見いだせるかもしれないと考え、対話を続けることにした。


「……答え合わせ? それは何に対しての物?」

「それは無論、あなたたちに対する物ですよ。――あなたたちが僕に勝つためには、本当はどうすればよかったのか、というね」

「…………ッ!!」


 明らかに馬鹿にされているとわかっていても、他に何の手立てもない山谷にはだまって聞くことしかできない。


「ではまず、一人ひとりの戦い方から見ていきましょうか。……まずは司令塔であった薬師 咲実さんの予知については――まあ、合格点ですかね。可能性をころころ切り換えられるほどの影響力を持つ(ぼく)に対してよくもまあ臨機応変に予知を下して指示を出せたものです。せいぜいが数瞬先の情景を知るのがやっとだったはずですしね」


 山谷の背後に頭を抱えるようにして倒れるその姿にちらりと目を向けた弐式は、その視線の先をすっとずらし、


「同じように身体を完全に獣化させながらも思考能力だけは人間のままに保って戦っていた一足 九十九さんにも及第点を差し上げましょう。……彼自身がもっと深く思考できる性格でしたら、合格だったんですけどね。何せ元の性格からしてケダモノ並みの単細胞でしたから……」


 褒めているようでその実仲間を馬鹿にされているだけだと気付いていても、山谷は勝利のきっかけを探し出せないでいた。


「……反面、温泉 流行さんにはがっかりです。多対一の戦いで攻撃目標を曖昧にしか指定できない範囲攻撃を放つなんて、愚の骨頂。仲間を危険に晒すだけの愚か者にしかなれませんね」


 その弱点を知りつつも皆のために何とか動こうとしていた彼を、失意の底に会った自分を救ってくれたもう一人のヒーローを罵倒されつつも、山谷は動けない。


「川海 山谷さんについては、単純に環境が悪かった。もともと彼女の能力は個人で動くのに最適な能力であり、誰かにあわせて動くのには全く向いていない。だから貴女は、時間を加速できるのに、先ほどの戦いではその能力を最後の最後でしか使わなかった。……それは、誰かと連携する際に自分だけ加速していては指示が聞き取れないから。違いますか?」

「……そう、なのか?」

「………………」


 二人からの問いかけに、山谷は無言で応える。

 その様子から答えを悟った御縁は歯噛みし、弐式は変わらぬ笑顔を見せ続けながら口を開く。


「まあ、実際にはもういくつか彼女が勝てない理由が存在するんですけど、それは後回しにすることにしましょうか。それじゃあ最後に黒鉄 御縁さん。……貴方に関しては『発想力が貧困すぎる』としか言葉をかけられませんね。なんであの場面でただ単に斬撃を多く放てるだけの剣を作ってしまったのか……」

「……ならば、自分は一体どうすればよかった、と?」


 道着姿に小手を付けた少年――御縁が苦々しい表情のままそう問いかけると、弐式はおかしそうに笑って、


「おやおや、先ほどまで殺し合いをしていた僕にそんなことを聞きますか。貴方にはプライドという物も欠けているようですね」

「――この、言わせておけば……!」


 小馬鹿にしているという感情を隠すことすらしていない弐式に対して、御縁は憎々しげに一振りの剣を創り出して切りかかろうとするが、


「――だから、それがダメだと言っているんですよ」


 弐式の放った一言と共に、御縁の持つ剣ははるか背後へとはじかれるように吹き飛ばされてしまう。

 数瞬呆けたような顔で己の手元を見ていた御縁だったが、『何を』されたのかはわからずとも『誰に』されたのかはすぐに理解し、犯人である弐式を睨み付ける。

 向けられたもの全てを斬殺してしまいそうなほどに鋭いその視線を受けて、しかし弐式は微動だにせず、


「……刀に、剣に、そして刃物すべてには、共通する致命的な弱点があります。刃物である限り、その法則から逃れることができる物は一振りたりとも存在しない、……そんな弱点です。それが何だかわかりますか、御縁さん?」

「……切っていると切れ味が鈍る、という事か?」

「ハッ、そんな物しか思いつかないから貴方は三流なんですよ。その程度は使い手の技量や手入れ次第でいくらでも回避可能な欠点です。今回僕がした質問の答えからは程遠い」

「……ならば、貴殿は自分が納得できる答えを持っているのであろうな……!?」


 青筋を立てて怒りを隠しきれていない御縁を、対照的に涼しげな顔で見ながら弐式は言う。


「ええ、勿論。……それは、刃物であるならば絶対に打ち破れない絶対にして究極の壁。どんな達人であろうとも、これを超えることは絶対にかなわないであろうという、そんな法則です。――それは、『刃物は切りかからなければ切れない』ということ、ですよ」


 言われたことが一瞬理解できなかった御縁は、しかし数瞬を経てその言葉の意味を飲み込み、感情を爆発させた。


「馬鹿な、そんなものは当たり前だろうが。切りかからずに切ることのできる刃物など、存在するわけがない!」

「……『当たり前』ですか。その言葉ほど空虚に響く物もありませんね。考えても見てくださいよ。その『存在しないはずの武器』を創り出せるのが、このゲームで僕たちに与えられた能力でしょう? だったら、こういう物も作れなければおかしいんですよ」


 そう言いながら弐式は左手を前へと掲げ、そして何もない空間を握る。

 たったそれだけの何気ない動きで、弐式は新しい武器を呼び出していた。

 それは、


「……刀、か?」

「ええ、見た目はごく普通の日本刀です。……まあ、『当たり前』のように能力は普通じゃありませんけどね」


 皮肉交じりにそう言った弐式は、そのまま右手も前に出し、刀の柄にそえる。

 そして鞘からゆっくりと刀身を抜き――数センチも引き出さないうちに戻してしまった。

 『チン』という涼しげな鍔鳴りの音が響き、しかしそれ以上の異変は起こらない。

 どこまでも響き渡りそうな鍔鳴りの残響もすぐに消え、後には何も残らない。


「……貴様、いったい何の――ッ!?」


 何が起こるのかと静かに構えていた御縁は、いくら待っても何も起きないという現状にしびれを切らし、弐式に掴みかかるために一歩前に足を踏み出そうとして、そこで初めて別の音が響いた。

 その音は御縁の足元から聞こえてきた。

 何があったのかと御縁が目を向けると、そこにあったのは木製だと思われる小さな破片と、同じく鉄製に見える破片だった。

 元は一本の棒だったのであろう表面のきれいなそれは、しかし無残にも輪切りにされてしまったようであり、見る影もない。

 しばしそれを眺めていた御縁は、しかしすぐにそれの正体に気が付いた。


「これは、自分が作った合口か……!?」

「……!? 私の物も切られてるわ! いつの間に……!?」


 切られたのが皆にも配られていた意思疎通用の合口だと看破した御縁の声を聞き、懐へと納めていた己の分の合口へと無意識に手を添えた山谷は、それもいつの間にか断ち切られていることに気が付いた。

 慌てた様子で背後に倒れている仲間たちの方を見れば、手に持ったりズボンのベルトに差していたりした合口も、同じように切られているのが見えた。


「これは、いったい……?」


 それを呆然と眺めながらそう呟く御縁に、山谷は言う。


「考えるまでもないでしょう。……アレが何かしたに決まってるわ」


 吐き捨てるような言葉と共に山谷が首を動かせば、その先にはニコニコと笑う弐式がいる。


「まあ、この程度の連想ゲームができなくては面白くないですからね。僕のやったことだと見破ったことを評価してあげるわけにはいきません。……と言うか、直前に刀を扱ったのは僕だけなんですから、何かが切られたという状況から僕がやったという事実に辿り着けない御縁さんの方が鈍すぎますね」


 その口調に対してもはや怒る気にもなれない山谷は、青筋を立てている御縁を視線だけでなだめ、それから弐式を見据えると、


「……で、貴様が今作った刀。ソレはなんです?」

「先ほどまでの話を聞いていればなんとなくわかってきそうなものですけどね。……まあ、説明してあげても良いでしょう」


 表情が引きつっているのをどこまで隠し通せるかという挑戦をし続けることになった山谷を放置して、弐式は刀を掲げながら、


「刀に限らず、刃物の弱点とは『切らなければ切れない』こと。故にこの刀は『切らなくても切れる刀』なんですよ。……まあ、より正確に言うならば、」


 おもむろに手を鞘にかけ、少しだけ刀を抜く。

 たったそれだけの動きの間に、山谷や御縁の周囲に斬撃が走る。

 アスファルトに、街路樹に、周囲のビルに、空間に、それ以外に。

 一瞬の間に鋭く滑らかな切れ込みが幾筋も入り、そして弐式が少しだけ見えている刀身を鞘に納める『チン』という音が響いた瞬間に斬撃が止まった。


「『切るという過程を省略し、切ったという結果だけを残す刀』ですかね」

「過程を、省略……?」


 斬撃の嵐の中であっても一切傷つけられていない山谷と御縁は、しかし攻撃に手心を加えられたことにすら気づかずに驚いている。


「本来ならば、刀という物は大雑把に『抜刀』『切る』『納刀』という三つの段階を一セットとして物を切ります。ですが、この刀は二番目の『切る』を省略できるため、どれだけ固く、どれだけ切りにくい物であっても狙って『抜刀すれば』問答無用で『即座に』切ることができます。……これがどういう意味か、わかりますか?」

「……切りたいと思っただけで、対象を切ることができる刀、と言う事か……!?」


 驚きに染まった顔をさらに青ざめさせながら御縁が言うと、弐式は笑顔でそちらへと顔を向けて『ご名答!』と言い、


「そう。この刀は、抜刀してさえいれば、僕が切りたいと思ったものを瞬時に切り落とせます。それが例えどれほど固くても、どれだけ遠くにあっても、どれだけ大きくても、隠されて見えなくても、それを切る対象として認識してしまえばその物体に対して『切られた』と言う結果を押し付けられるんです。いちいち振るわずとも、もっているだけで敵を殲滅できる武器、と言う事ですかね。ここまでの物を出して来れば、貴方も僕に勝てたかもしれませんよ?」

「……なるほど、それは良い事を聞かせてもらった!!」


 言うが早いか、御縁はその手に刀を生み出し、柄に手をかけて抜き放とうとして――



「――だから、そういうところがダメだ、と言っているんです」



 結局、御縁の持っている刀が刀身をあらわにすることはなかった。


「……っく、何故だ、何故抜けない……!?」


 鍔をはさんで刀を握っている左右の手に目いっぱいの力を籠めた御縁は、しかし一ミリたりとも抜刀することができないでいた。

 その姿をただ静かに眺めている弐式の右手は、何かを握るようにその眼前へと掲げられており、


「無駄ですよ。僕がこうやって押さえている限り、貴方がその刀を抜くことは不可能です。その刀が省略できるのはあくまで『切る』と言う過程のみ。つまり、抜くことができなければただのなまくら以下の存在へと成り下がる。……大体、自分で作った武器の弱点くらい、すぐに把握できるに決まっているでしょう。そんなことも理解できなかったんですか?」


 その言葉を聞きながらも手に持つ刀を抜き放とうと唸っていた御縁だったが、弐式の言葉が終わるころになって諦めたのか、刀を地面に叩きつけて悔しそうに弐式を睨み付ける。

 そんな視線を受け止めて、しかし弐式は調子を崩すことなく続ける。


「……大体、僕が思いついたアイデアをそのまま流用してしまおうというその根性が気に食わない。そんな手段を用い、たとえ勝てたとして、あなたはうれしいんですか? それが貴方の正義ですか?」

「やかましい! 今すぐその口を閉じ――」



「――口を閉じるのはお前の方だ」



 叫んだ御縁の言葉を封じるようにそう言った弐式は、苛立たしげに左手を御縁に向け、指をパチンと鳴らす。

 たったそれだけで御縁は胴体を何かに殴られたかのように十数センチ浮き上がり、そのまま一メートルほど後ろまで吹き飛ばされ、あおむけに倒れ伏した。


「――御縁!?」


 驚きのままに大声を上げた山谷だったが、御縁はピクリとも動かない。

 かすかではあるが胸は上下しているため、息はあるようだが意識はないようだ。


「……さて、貴女に対する答え合わせが残っていましたね」


 指を鳴らした瞬間に見せた表情はすでになりを潜め、弐式は今まで通りの笑顔で山谷に語りかける。

 その異様さを改めて実感した山谷は、しかしすぐに腰を落として弐式と向き合う。

 意識のある者がすでに自分しかいない以上、自分が戦わなければ全員が無防備のまま殺される。そう考えたからだ。


「……そう言えば、さきほどは私の事をとばしていたわね。わざわざ私を最後にした理由は、なに?」

「いえ、大した理由ではありませんよ。ただ、この理由を貴女たちに教えると、先ほどの御縁さんのように猿まねをしてくることは簡単に予測できますからね。ですので最後の一人である貴女にだけ聞いていただこうと思いまして……」

「……随分親切な事ね。そんなことしなくても、何も言わずに放って置いた方がいいんじゃないの?」

「これでも神ですからね。布教活動代わりに叡智を分け与えているだけですよ」

「ありがた迷惑の押し売り? 女の子どころか人類全体に嫌われるわよ?」

「別に構いませんよ。神になればその程度の事は気にならなくなります」


 おどけたようにそう言った弐式は、山谷の方へゆっくりと右手を掲げて見せる。

 その右手は、人差し指と中指の二本のみを立てており、


「貴女が僕に勝てない理由は残り二つ。一つは川海流そのものに、もう一つは能力の相性に有ります」

「……能力の相性、と言うのはまだわかるわね。でも、私の川海流に何の問題があるって――」

「簡単な事です」


 そういうと弐式は右手の中指を折り、人差し指一本のみを立てた状態にして、


「貴女の川海流では僕に勝てない理由。それは単純に、川海流の性質によるものです」

「……性質? いったいそれはどういう……」

「貴女の川海流は、先手を取らない後手の流派。いわば正当防衛を極めた流派です。その性質故、これまでの歴史上何度も人を間違えて殺してしまうということもあったはずです。だから貴女は元居た世界で川海流を使う時、人を傷つけないようにすると心に決めていた。……違いますか?」

「……確かに、私の川海流は不殺の流派。訓練でもいかに相手を傷つけずに無力化するかを鍛えてきたわ。……でも、だからと言って私が人を殺せないわけじゃない! 殺さない方法を知っているということは、逆説的に『殺す方法も理解している』と言う事なのだから!!」

「ですが、貴女はこのゲームで人を一人も殺していない。……そうでしょう?」

「――なんで、その事を……!?」


 一度も言ったことがない事実を言い当てられてしまい、目を見開いて驚く山谷に、弐式は続けて言う。


「せめて一人でも殺せていれば、殺人技として川海流を用いる覚悟が固まっていたでしょうね。……でも、貴女は運がいいのか悪いのか、人を殺すことなくここまで来てしまった。正義の味方、厳島 功徳に出会い、敗北し、導かれたが故に」

「……それが何だっていうのよ。確かに私が最初に出会って戦いを挑んだのは功徳さんだし、功徳さんに負けて以降誰も殺してないわ。でも、だからといって私がはじめて殺す相手があなたじゃいけないという話にはならないでしょう?」

「ええ、その通りですね。……でも、最初というのはどうしたってためらいが生まれます。技に覚悟がこもっていないような状態で勝てるほど、(ぼく)は甘くありません」

「……っ!」


 その言葉を真実だと裏付けるのは、先の山谷との交戦をほぼ無傷で耐えきったという事実だ。

 はっきりとした根拠が示されているが故に、山谷は自分の技術に自信を保てなくなり、弐式は己と言う存在をさらに確固たるものとしている。

 もとよりはっきりとしていた有利と不利の境界が、さらに明確になってしまう。

 そんな絶望的な状況にある山谷に、弐式はさらに追い打ちを仕掛けた。


「理由の二つ目は、先ほども言った通り能力の相性です。僕はこのゲームに参加しているすべての人たちの能力の上位互換ではありますが、それでも僕に勝つ可能性のある能力は有ります。……現に、厳島 功徳さんは僕をかなりの所まで追い詰めましたしね」

「……全部の能力を上回れるあなたが、いったい何を恐れるの?」


 これまでの言動から、弐式は自分たちへの積極的な殺意をもっていないと山谷は理解し、それ故に少しだけ挑発的な言葉をかけてみた。

 今まで話してみて、弐式はこの程度の言葉で揺らぐことはないとはわかっていても、それでも皮肉の一つは言ってやりたくなったのだ。

 だが案の定、弐式は眉一つ動かさずに笑顔を保ち続けていて、


「確かに僕は神ですから、恐れるものはありません。……ただ、神であろうと倒してしまえる可能性を持つ人は、確実に存在しますよ。神話でも、神を殺す方法はいくらでも出てきますからね」


 おどけたようにそういいながら、弐式は指を三本立てた右手を掲げて、


「僕に勝てる人の条件は三つ。汎用性のある能力であり、かつそれを自分という存在に対して使用でき、強い意志を兼ね備えている、ということです」

「……汎用性と意志の強さに関してはともかく、自分に対して能力を使えることがそんなに大切な要素になるの?」


 怪訝そうな顔でそう問いかける山谷に、弐式は『もちろん!』と前おいて、


「今貴女が言った二つに対しては、まあ説明不要ですかね。僕のような多彩なことができなければ僕の攻撃に対応できませんし、意志が弱ければ能力合戦に負けてしまいますから。……ですが、その能力も『応用しだいによってどんなものでも生み出せる』タイプでは僕に勝てません。なぜなら、いくら強い武器が使えても、扱う人間の方が人間を超えられていないのですから」


 そう言いながら、弐式は先ほど吹き飛ばした御縁を指し示し、


「例えば彼のように、どんな性能を持っていても『刀剣類』という縛りさえあれば何でも出せるという能力。これは確かに想像力さえ補えばどんなものでも出せる万能の能力です。……が、そんな万能の武器でも、使う御縁さん自身は普通の人間です。多少は武器の能力で強化されていても、あくまで間接的な強化に過ぎず、そのため本人を狙われてしまえば対応できずにああも簡単に負けてしまいます」


 そして次に自分の胸に御縁を指していたのとは反対の手を添えながら、


「そして、僕に限らず『自分に対して能力を適応できる能力』を持つ人の場合は、文字通り『自分を思うがままにできる』んです。つまり、そういう能力を持っている人は、自分の考えと違うことが自分に起こりません。これは攻撃はもちろんですが、防御の際に最も力を発揮するんですよ。例えば僕なら、『神は死なない』と思い続けている限りは僕自身も死にません。これは、僕が神として『こういう場面なら死んでもおかしくない』という風に考え、そしてその条件がそろわない限りは死なないと、そういう事です」

「……じゃあ、さっき貴方が下半身を吹き飛ばされても生きていたのは……」

「ええ、体を半分吹き飛ばされたぐらいでは、(ぼく)は死にません。……まあ、僕を攻撃した功徳さん自身の想像が甘かったというせいもあるのかもしれませんけどね。本当に僕を殺す気なら、僕が生き残る可能性なんて、考えない方がよかったのでしょうし」


 『それはさておき』と弐式は続け、


「僕に勝つためには、万能の道具を操る程度ではダメなんですよ。僕の脅威となりえる者の条件は、自分自身を思いのままにできる万能の能力と、たぐいまれな程に強い意思を持ち合わせていること……」


 そして弐式は、御縁を示していたその腕を、今度は別の方――人の姿に戻って気を失っている九十九へと向け、


「前者はそこのケダモノもどきが持っていますが、彼のような単細胞では強い意志など宿りようがありません。さらに言えば、貴女方のだれもが、彼のような強い意志をもっていない。せいぜいがあの人の劣化コピー程度。そして貴女にいたっては能力自体が『自分の体感時間を自由にする』という自分に対して発動できるものでもなければ汎用性があるわけでもないという、貴女方の中では一番使えない能力を与えられています。……これじゃあ、僕にいくら挑んできても勝ち目なんてあるはずないですね」

「――それでも」


 弐式が話している途中からうつむいていた山谷は、しかし顔を上げ、力の籠った目で弐式を見据え直し、


「それでも、私は、私達はあきらめない。たとえ欲望という大前提から不利だったとしても、勝てる可能性がなくても、一番使えないと蔑まれても、絶対に、絶対にあきらめてなんかやらない」




「――私は、彼の正義を受け継いだんだから、悪に屈したりなんかしない!!」








「ああそうですか。だったらもう付き合ってられないので、『動かないでください』」


 己を鼓舞するように叫ぶ山谷に対し、弐式は心底呆れたようにそう返す。

 たったそれだけで、山谷は叫んだ姿勢のまま、顔以外の一切の動きを封じられてしまう。


「――――ッ!?」


 同時に言葉も封じられたのか、口をパクパクさせているが、そこから漏れるのは空気だけだ。


「……はあ、本当にめんどくさい戦いでした。もう二度とこんなことはしたくない」


 そう言いながら、弐式は何もできない山谷に背を向けると、ぶつぶつと呟きながらその場を後にしようとする。


「まったく、なんでこうも正義とはめんどくさい物なんでしょうね。しかも彼との約束のせいで下手に手出しもできない。これじゃあ僕も彼らも文字通り生殺しです」


 ……いっそ、彼らが自ら命を絶ってくれれば……。




「「「「「我が名において、我が内の欲を否定する!」」」」」




「――ッな!?」


 突然響いてきた異口同音の声は五人分。

 あわてて弐式は振り向くも、その瞬間に目を覆わんばかりの光が現れ、そしてすぐに収まった。

 さすがの弐式もいきなりの光には対処しきれず、しばし何も見えない状況に置かれてしまう。

 そして彼にしては長い数瞬の後、視力を復活させた彼の前には誰もいなかった。

 倒れ伏す四人も、立ったまま動けなかった一人も、誰もいない。

 そのまま視線を空へ向ければ、そこにある数字は確かに五人分減っていて、


「……僕がうっかり彼らの自死を想像してしまい、それが適応されたために彼らは自ら例の言葉を口にして命を絶ったと、そういう事ですか」


 つぶやくようにそう言った弐式は、少しだけ顔をゆがめ、しかしすぐに元の笑顔に戻ると、


「――まあ、彼との約束は『この場では殺さない』でしたからね。さっきの空間はもう元に戻してしまいましたし、少しだけ移動もしましたからもうここは先ほどの場所じゃありません。約束は破っていませんね」


 何度も納得したように頷きながら、弐式は改めてその場所に背を向け、歩き出す。

 その様はとても気軽で、しかしその笑顔はどことなくぎこちない物で、


「…………また、負けてしまいましたかね」


 そんなつぶやきと共に表情のぎこちなさを吐き出すと、弐式は特に当てもないまま、進んで行く。

 そのあとには、拳大の小さな穴が残されているだけだった。



   ●

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