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大罪のゲーム  作者: 辺 鋭一
第一章
19/25

――わかりませんか?

   ●



 空に上がった流行が何を行おうとしているかを悟った瞬間、山谷は能力を最大限に用いて加速しその場から離れていた。

 あれだけの質量を持つ物体が高速で大地にぶつかれば、衝撃波だけでもただでは済まないと、そう考えたからだ。

 自分以外が緩慢に動く世界の中で、山谷は倒れ伏す仲間たちのもとへとたどり着くと、自分以外の三人を抱え込むように覆いかぶさる。

 少しでも皆への衝撃を抑え込めればいいと、そう思いながら能力を解き、山谷は激突の瞬間を待った。




 ……が、音も振動も衝撃も、おおよそ何かの変化の結果と言えるものは一向に起こらない。




「…………?」


 まさか、能力がまだ解けていないのか。

 そう思いつつ辺りを見渡した山谷は、とある物を見た。

 それは――


「なに、あれ……!?」


 ――穴の中に逆さまになって立つ、戦闘機の後ろ半分だった。



   ●



 上空で自分の放った攻撃を見ていた流行は、何が起こったのかが理解できていなかった。

 攻撃を放った直後、流行の脳内に展開されたのは、戦闘機が弐式と大地にぶつかり、ひしゃげ、爆発するという凄惨な光景だった。

 だが、実際に流行の目の前で繰り広げられたのは、それとは全く違うものだった。

 本来轟音を挙げて大地に激突するはずだった戦闘機は、しかしその先端が地面に触れた瞬間何の音も立てずに静止したのだ。


「……いったい、何が……?」


 わけもわからずそうつぶやく流行だったが、すぐに何が起こったかを理解し、呆けた顔を引き締める。

 想像が現実に裏切られた。

 現実を想像で裏切ることができるこのゲーム内であっても、こんなことができるのはこの場においてただ一人。

 他人の理想を自分の理想で上書きできるほどに強い能力を持つ者、それは……


「――遅かったか……!!」


 流行がそう唸った直後、穴の中心に逆立ちしていた戦闘機が、重力に逆らってゆっくり上へと動き始めた。



   ●



 何が起こっているのか確かめるべく、再び穴の近くへと駆け寄った山谷は、同じく様子を見るために絨毯を降下させてきた流行と合流し、穴の中心を覗き込む。

 するとそこには、


「――なかなかの騒音です。目覚まし時計代わりにはちょうどいい」


 頭上に掲げた右手で戦闘機を支えている、弐式がいた。


「なんで……」


 思わず、というのが正しいぐらいの調子で、流行が何事もなかったかのように立っている弐式に言葉をこぼす。

 いや、立っている、というのは少し違う。


「なんでその状態でてめえは生きてられるんだよ……!?」


 何故なら、今も弐式の腰から下には何もないのだから。

 にもかかわらず、弐式はただ単に腰から下が見えなくなっているだけであるかのように笑顔のまま宙に浮いている。


「……なんで、と言われましても、『僕が神だから』としか答えられませんね」


 大質量の戦闘機を右掌だけで支えてしまっている弐式は、こともなげにそう言い放つと、『グッ』とその手を少しだけ上に押す。

 たったそれだけの動きで、戦闘機は先ほどまでとは逆にゆっくりと上空へとのぼりはじめる。

 そうして先ほどまで流行がいた場所まで行くと、現れた時まで逆再生されているかのようにフッと消えてしまった。


「……まったく」


 その光景を見上げながら絶句している流行と山谷を無視して、ため息を吐きながら弐式は前へと進む。

 一歩分の距離を進むたびに弐式の体は上下に揺れ、それにつれて腰から下へと体が伸びていく。

 腰から始まり、腿、膝、すねと体はどんどん形を成していき、穴を登りきって二人の前へと至るころには服まで完全に再生した弐式がいた。

 それに気が付いた二人が身構えるのを無視して、弐式はある一点を見つめ、フッと消える。


「どこに……!?」

「――あっちだ!!」


 弐式の姿を見失ってしまい周囲を見渡す山谷だったが、流行の叫び声につられて振り返る。

 すると、倒れ伏している者たちのすぐ近くで、弐式はいつの間にか何かを見下ろしていた。


「……まったく、僕の立場がありませんね。あれだけ無理して悪役を演じておいて、こんなしっぺ返しを食らうなんて――っと!」


 そう呟いていた弐式は、背後から加速して襲い掛かってきた山谷を数メートル跳び上がることでかわす。

 そのままトンボを切り、弐式は山谷を挟んで倒れ伏す敗者たちの反対側に着地する。


「貴様、いったい何をした!?」


 自分の仲間に何かされたと思い叫ぶ山谷に、弐式はやれやれと首を振り、


「彼らに対しては何もしていませんよ。僕はただ、確認に来ただけです」

「確認……? 何もできない彼らに、何を確かめると……」

「確かめたのは彼らではなく、もっと別の物ですよ。……ちなみにこれは、貴方たちがしたっていた厳島 功徳さんとの約束でもあります」

「功徳さんとの……!? お前と功徳さんが、いったい何の約束をしたと――」




「僕がここに来たのは、彼の死を確かめるためです」




「――ふざけるな!! あの人が死ぬわけがない。何を根拠にそんなことを……!」


 一瞬の沈黙を経て激高し、叫ぶ山谷にかまわず、弐式は山谷の足元を指さす。


「そこに、ナイフが刺さっているでしょう?」

「……確かにそうね。だけど、こんなものが――」

「――それが刺さっている場所には、功徳さんが自分の手を握りしめた時に垂れた血の痕があったんですよ」


 その言に、山谷は慌てた様子で足元の刃物へと目を向ける。

 だが、その根元をいくら見ても、周囲の地面との差異は感じられない。

 そして、そこまで確認した時点で山谷は気付く。


 ……しまった、これは私の気を逸らすための、罠……!?


 そう思い、すぐさま前へと視線を戻すが、そんなことをしても無駄であろうことは推測できていた。

 目の前にいる男は、一瞬の隙さえあれば自分を絶命させるだけの力量を持っているからだ。

 ゆえに、先ほどまで弐式がいた場所へと目を向けるという行為自体に意味はない。

 むしろ、この先の戦いに対して一手遅れを取ってしまう悪手だ。

 だが、山谷の体はつたない反射行為ながらもとっさの判断を遂行しようとしてしまう。

 もはや自分でもどうにもできないという現状にもどかしささえ覚えながら、山谷は視線を動かし、


「…………え?」


 弐式を発見した。

 しかも、彼は先ほどから動いた様子もなく、自然体のままそこに立っていた。

 まるで、自分たち相手になど策をめぐらすまでもないというように、平然と。

 その事に対して驚きと共に憤りを覚えた山谷に、弐式は語る。


「彼と僕がした約束は、貴女だって聞いていたはずです。功徳さんが自決すれば、僕は貴女たちをこの場では殺さない、と。……なんたって、彼の選択肢を狭めるために貴女たち二人の意識を呼び起こしたんですからね」

「……貴様と言う奴は……、私達まで利用して功徳さんを……!!」


 自分たちを功徳の枷として扱われたということを知って憤る山谷に、弐式は淡々と言う。


「そしてまあ、貴女たち二人が気絶してから、僕は彼ともう一度約束を確認し合いました。『功徳さんが自分から死ねば、僕は貴女たちを殺さない』という物の条件として『功徳さんの体が消え、死亡が確認された時点で契約成立とする』という物がその時点でくわえられたのですが……」

「……それが一体なんだって言うの!! あの人が死ぬわけが無い。そんな約束は無効で――」

「――そう、彼は僕がそう思うことを阻止しようとして、そこにナイフを刺したんです。……知っていますか? このゲームでは死亡するとその人の体は消えますが、その消える体にはその人から切り離されたその人の一部分――髪の毛や血も含まれるんです」

「……だから、そんなことを聞かされてどう反応しろと――」




「――わかりませんか? 彼は死にました、と、そう言っているんですよ」




 叩きつけるように投げかけられた言葉によって、山谷の表情は完全に消える。


「……彼は、最後の攻撃で自分もろとも僕を滅ぼそうとしました。ですが、万が一僕だけが生き残ってしまった場合を危惧し、自分が死んだという証拠を残しておいたんですよ。その過程はどうあれ、結果彼は自らの命を絶って死に、肉体()の消滅によってそれを僕に示しました。よってこの契約は成立と認めざるを得ず、僕は貴女たちをここで殺すわけにはいかなくなりました。……悔しいですけど、彼は正義の味方として立派な最期を――」

「――嘘だ。あの人が死ぬわけがない……!」


 絞り出すような声の主は、うつむいている山谷だった。


「……あの人が、死ぬもんか……」

「……いい加減に認めてください。彼の死にざまを、これ以上汚したくはない」

「黙れ、貴様はあの人の事を何も知らないくせに……」

「僕のすべてをさらけ出し、命を懸けて戦った相手です。わからないわけがないでしょう?」

「あの人は、正義の味方よ。誰にも負けるわけがない……」

「ええ、その通りです。だから彼は僕を打ち負かし、やり込め、結果貴女たちを守り切りました」

「うるさい、うるさいうるさいうるさい! あの人は生きている。絶対に、生きている!!」


 顔を上げ、目からこぼれる物にさえかまわず、山谷は叫ぶ。

 その姿を見た弐式は大きなため息を一つ吐き、表情を消して言葉を紡ぐ。


「上を見てください。数字が減っているでしょう?」

「そんなもの、ここ以外で誰かが死んだだけに決まってる」

「彼の姿なんて、どこにもないでしょう?」

「先ほどの爆発でどこかに吹き飛ばされただけ。探せばきっと見つけられる!」

「ナイフのあるところを見てください。血どころかその痕すらないでしょう?」

「そんなものは最初からなかった! 全部お前のでたらめだ!!」




「……彼が、人との約束を破る人だと、思えますか?」




 弐式の言葉に即座の反応を示していた山谷も、その言葉にだけは否定の言葉が出なかった。

 なぜなら、それを認めてしまえば――


「彼は正義の味方です、それは僕も認めます。そんな彼だからこそ、貴女たちを守るためならば、自分の命を捨てることぐらいはするでしょうね」

「…………まれ……、だまれ! 貴様が、貴様如きがあの人を語るなど――」





「いい加減にしろ! 彼の仲間を自称する者が、これ以上無様な真似を晒すな!!」





 これまでの丁寧な言葉使いを完全に消し、苛立ちを隠すことすらなく、弐式は叫ぶ。


「彼が、厳島 功徳が命を賭してまで守った命が、この僕がその行為に敬意を払ってまで見逃そうとした貴女が、そんな見苦しい事を言うのはやめろ! 僕を嘲った馬鹿共と同じような人間のために彼が死んだなんて、くだらない事実を僕に認めさせるな!!」


 その叫びを受け、山谷は傍らのナイフへと顔を向ける。

 そしてそのまま音の無いつぶやきを唇で作り、山谷は全身の力を抜いて崩れ落ちた。

 膝をつき、座り込んで涙を流す彼女を見下した弐式は、踵を返して歩き出す。

 山谷から少しだけ離れ、そこで弐式は何かに気が付いたのか立ち止まると指をパチンと鳴らす。

 たったそれだけで今まで彼らがいた空間が一点に向けて収縮していき、あっという間に広かった空間はごく普通の車道となる。

 その結果を見て満足げに頷いていた弐式は、ふと足元に視線を向け、止めた。


 そこにあったのは、拳大の穴だった。


 何かめり込んだような半球状の穴は、とある馬鹿な男が作り出した大穴だった物だ。

 このままにしておけば通行人の障害になるだろう。

 そう思って弐式は修復を施そうと右手をその穴に向け――そのまま何もせずにおろす。


「……まあ、このくらいは良いでしょう」


 誰に告げるわけでもなくそう呟くと、弐式はまた歩き出す。



   ●



 弐式により尊敬する人の死を知らされた山谷は、絶望の底に沈んでいた。

 山谷にとって厳島 功徳という存在は絶対の物だった。

 このゲームに参加させられて、今までできなかったことができるようになって、諦観と悦楽に身を任せて暴れまわろうとした矢先に山谷が出会ったのが、功徳だったのだ。

 その時、山谷は当然のように川海流をもってして戦いを挑み、そして敗れた。

 長年に渡り鍛え上げてきた自分の流派は、ここで能力を得たことにより数段上の階梯へと昇華されていたはずなのに、それでも負けてしまった。

 あっさりと負けたわけではないにしても、負けは負けだ。

 だが、その時の山谷の気分は、なぜか晴れやかな物だった。

 信じていた物が打ち砕かれ、失意の底にあったはずなのに、彼女の心を満たしていたのは、自分を打ち負かした者に対する敬意だけだったのだ。

 この人になら負けてもいい、殺されてもいいと、その時の自分は真剣に考えていたし、今でもそう思っている。

 そして、一緒に来いと手を差し伸べられたときも、迷うことなくその手を取った。

 それが当たり前の事なのだと、なぜかそう思わせてしまう物を、彼は持っていた。


 そんな彼が死んだなんて、今でも信じられない。

 彼が負けるということは、彼の正義が負けたという事だ。

 自分が信じ、多くの者にも支持されたその絶対なる指標が、完全に否定された。

 そんなこと、認めるわけにはいかない。


 だが、心のどこかでそのことを認めてしまっている自分がいるのも、また事実。

 彼の事を語る弐式の目は、彼を見ていた他の仲間たちや自分の目と同じような色をしていたし、彼をけなされたと憤ったその表情は真剣な物だった。

 彼に関わる者は敵でさえどこかおかしくなってしまう。

 それを改めて目の当たりにし、なぜか面白いと感じてしまう自分が新たに現れた。


 ともあれ、自分と同じようにおかしくなってしまった人間の言だ、信用しても良いとは思う。

 何より弐式の言っていることには筋が通っている。

 血については確証などないが、それ以外に自分たちを見逃す意味などないのだ。

 だから、功徳の死は確実だと、そう山谷の理性は判断を下した。


 ……だが、感情の面ではそうもいかない。

 絶対者であった、己のよりどころであった者にもう会えないなどと、そんなことは到底受け入れることなどできない。


「……功徳、さん……」


 そう呼べば振り向き、『なんだ?』と返事をしてくれた彼は、もういない。

 声に出してそれを実感しただけで、周りの空気が一気に優しくなくなってしまう。

 世界その物が自分に苦痛を与えてきているような気までしてきて、いっその事、と安直な行動に移ろうかと考えた時、


「――おい、山谷」


 と、自分の名を呼ぶ声がして、山谷はゆっくりと首を回して肩ごしに振り返る。

 そこには流行を含めた仲間たち四人全員が立っていた。

 どうやら、自分が弐式と話している間に流行が起こしていたらしい。

 そして、今度は自分に声をかけてきている。


「……なに? 流行」

「これを受け取れ」


 そう言って眼前に差し出されたのは、一本の細長いものだった。

 それは長さ十五センチほどの木で作られたと思しき棒であり、太さは片手で包める程度のものだ。

 表面は木目がはっきり見えており、飾りや彫刻などはない質素な物だが、一ヶ所だけ切れ目のようなものが入っているのが特徴と言えば特徴かもしれない。


「……合口(あいくち)? それを私に差し出してどうするって言うのよ。私の川海流は無手の流派であって、対武器の教えは有っても武器を使った稽古はほとんど――」

「良いから、受け取れ。話はそれからだ」

「……わかったわ。受け取ればいいんでしょう?」


 そう言って手を伸ばし、差し出された武器を掴んだ瞬間、


『――通じてるか?』

「……は?」


 響いてきたのは、目の前にいる流行の声らしきものだった。

 らしき、と不確定的な判断しかできないのは、その声らしきものは耳からではなく頭の中に直接響いてきたからだ。

 しかも、流行の口は全く動いていない。


「……いったい、何が……?」

『口に出さなくていい。頭の中で念じれば俺たちに声は届く。……やってみろ』

『……こう……?』


 意味が解らないながらも言われた通りにやってみると、流行だけでなく後ろの三人も頷き返してきて、


『今お前に渡したこれは、御縁に作ってもらった意思疎通用の合口(あいくち)だ。同じものを俺たち全員に配ってある。これさえ持っておけば、俺たちは声を掛け合うことなく連携して動けるようになる』

『……だから、なんだって言うの……?』

『――あ?』


 はっきり言われなくてもなんとなくわかる。

 いま、流行たちは弐式(あいつ)と戦うための下準備をしているつもりなのだろう。

 ……だが、私にそんなつもりはない。


『……流行、あなたは全部聞いていたんでしょう? 功徳さんはもういない。……私達は、あの人の支えになりたくてここまでやってきた。だけど、あの人は私達を最後まで頼ろうとはせず、一人で戦っていなくなってしまった……』

『……だから?』

『だったら! ……もう、戦いなんて無意味よ。私たちの信じた功徳さんは、私達の頑張りなんか見ていてくれていなかった。あの人の為に頑張っていた私の戦いは、どうでもいい物になってしまった……。あの人がいないのなら、私はもう戦いたくなんて――』




「――この馬鹿野郎!!」




「……え?」


 先ほどまでと違う、心ではなく体中に響き渡る怒声を浴びて、山谷は一瞬何も考えられなくなってしまった。

 その状態でも、体は勝手に前を――正確には座り込む自分の前に立つ流行の顔を見上げる。

 苛立ちを隠せていない流行に対して、山谷はなぜだか叱られるのを待つ子どものような恐怖を覚えてしまった。


『旦那が死んだ? もういない? ――ふざけんじゃねえ、旦那はちゃんと生きてるだろうが!』

『生きて、って……、だって、さっきあいつは――』

『ああ、確かにあの神様気取りは『旦那が死んだ』って言ってたな。それに、あいつが嘘を言っているようにも見えねぇ。だから、旦那は確かに死んだんだろうさ』

『だったら――』


 その続きを思う前に、流行の思考が割り込んでくる。


『だけど、旦那はちゃんと生きてるんだよ。俺達の中に、いつまでも』

『……なに、言ってるの。そんな使い古されたきれいごと……』

『きれいごとでいいじゃねぇか。……なあ、山谷。旦那は最後、なんて言ってた?』

『……なんて、って……』

『『俺は一人じゃなかったんだな』『お前たちは生きてくれ』……そう言ってただろ? 旦那はな、俺たちを仲間だと認めてくれていた。そのうえで、生き残ってくれることを望んでいた。……旦那は、俺たちが旦那の心を――正義の心を受け継いでいるって理解したからこそ、命を懸けて俺たちを生かそうとしてくれてたんだ』


 ……それって――


『――ああ、俺たちは、旦那にちゃんと見てもらえていたし、頼られていたんだ。だから、そんな俺たちが、こんなところで立ち止まってちゃいけないんだ。俺たちの戦いは無意味なんかじゃなかったし、終わってもいない。……むしろ、これからもっと頑張って、俺たちが旦那から受け継いだ物をもっと良くして、旦那を超えて行かなきゃならない』

『……あの人を、超える……?』

『そうだ。それこそが、あの人の正義(こころ)を受け継いだ、俺たちのすべきことだ。……違うか?』


 何故だろう。あの人以外の言葉に、とても頼れるものを感じる。

 まるで、あの人の言葉を聞いているような、そんな気持ち。


『……いいえ、違わないわ。正しいと思う』

『だったら、お前は何をすべきだ? そこでうずくまって旦那のために泣いていて、旦那が喜ぶと思うか?』

『……喜びは、しないでしょうね。むしろ、叱られてしまうかも』

『だろう? だったら、立ち上がれ。立ち上がって、旦那を超えるために、旦那が倒しきれなかったあいつを倒すんだ』

『……できるの? 私達は全員、あいつにまったく歯が立たなかったのよ?』

『できるかじゃない、やるんだ。……それに、さっきは旦那の正義にあわせた一対一(タイマン)でやったからな。ひとりひとりじゃ旦那に劣る俺たちじゃあ勝てるわけもねぇ。……だがよ、全員が一つになって立ち向かえば、勝てるんじゃねぇかな?』

『……良いの? そんな手を使って。一人に対して多人数でかかるなんて……』

『大丈夫さ。旦那の正義は一人で戦う孤高の正義。……だけど、俺たちは友情と努力で勝利をつかむ戦隊物の正義(ヒーロー)だ』

『戦隊、物……?』

『そうだ。……そして、戦隊物ってのは大抵五人組だ。だけど、俺たちは四人しかいねぇ。未熟な正義もどきが四人じゃしまらねぇが、お前が入ってくれればちょうど五人になる。……なあ、山谷。お前にも正義の心があるんだったら、俺たちに協力しちゃぁくれねぇか?』

『……私は、ちょっとしたことで挫折する未熟者よ。……それでも、構わない?』

『問題ねぇな。俺たちだって皆未熟者さ。――未熟な者同士が互いに支え合う、これが戦隊物の醍醐味ってやつだ。違うか?』

『……残念ながら、私はそういう物は見たことがないからわからないわ』


 そう思いながら、私は目の前の流行に手を伸ばして、


『……だから、そんなことも知らない未熟な私に、いろいろな事を教えて。そうすれば私もあなたたちを支えるわ』


 力強く、だけどどこか未熟な笑みで、そう言った。



   ●



 なんとなく、こうなるであろうことは予測していた。


「……で、僕はもうここから離れたいのですが、なぜあなたたちは僕の前に立ちふさがっているんですか?」

「決まってるじゃねぇか。てめぇを倒すためだよ」

「……仇討ちだなんて、正義らしくないとは思いませんか?」


 そう言いつつも、なんだかんだでその反論は突っぱねられるだろうという予感はあった。

 なぜなら、自分の前に並んでいる彼らは――


「っは、別に仇討ちって訳じゃあねぇさ。……ただ単に、てめぇを倒さないと俺たちはこの先に進めねぇと、そう思ったからこうやっててめぇの前に立ってる。ただそれだけの事さ」

「……そうですか。そこまで貴方たちは愚かでしたか」


 ――彼らは、なりそこないの正義だったから。


「だったら、僕がこの手で叩き潰して差し上げましょう。……これ以上、見苦しい正義もどきなんか、視界に納めていたくもありませんからね」


 何やら先ほどまでごちゃごちゃとくだらない青春劇を繰り広げていたようですが、そういうのはさっさと卒業して現実を見てもらうことにしましょう。


「――僕は神として、貴方たちに鉄槌を下します。心して受け取りなさい」

「てめぇこそ、俺たちの友情と努力と勝利の力、見て驚くなよ!」


 ……本当に、くだらない戦いになりそうですね……。


「……断言しましょう。これから始まるのは決闘ではなく、一方的な裁きです。愚かな夢を見た人間どもよ、地に伏し、己の無力を知りなさい」

「ヘっ、裁けるもんなら裁いてみな! ただし、てめぇも俺たちに下剋上される覚悟はしておけよ?」


 ……まったく、隅から隅まで実にくだらない……。


「……これ以上はいくら言ってもわかってもらえないでしょうね。だったらこれから証明してあげましょう。さあ、始めましょうか――」


 ――めんどくさくてくだらない、後片付けを。



   ●



 戦端が開かれた直後から、戦況は膠着を続けている。

 だが、別に両者ともにらみ合って動かないわけではない。

 むしろ現状はその真逆である。


「――――っ!!」

「…………」


 息遣いと沈黙が支配するその空間内を縦横に駆け巡り攻撃を放ち続ける四人と、それを離れたところから見守る一人。

 そして、その攻撃をつまらなそうにさばき続ける一人。

 見守る一人を司令塔とし、攻める四人が一糸乱れぬ動きをもって守り手を狙う。

 今ここで行われているのは、一対多数の戦いではなく、普通の一人と大きな一人との戦いだと言っても過言ではないだろう。

 それほどまでに、四人の動きには無駄がなかった。

 だが、受ける一人が持つのは神の力。その状況でも表情には苦の色は見て取れない。

 今、この場では攻撃と防御が拮抗し、平衡状態を保っていた。

 その平衡状態を支えていたかのような無音を打ち砕くのは、つまらなそうに防御を行っていた弐式から放たれたため息だった。


「……はぁ。いつまでこんな不毛なことを続けるつもりですか? あなたたちがいくら必死になって攻撃しようとも、僕にその攻撃が通ることは有り得ません。いい加減にそれを理解してください」


 諭すようなその言葉に五人は一瞬動きを鈍らせるが、すぐに元通りの連携が再開された。

 それはまるで、誰かが全員に向けて発破をかけたかのようだった。

 いや、おそらくその通りのことが行われたのだろう。

 なぜなら今、彼らは特別製の合口で思考をつなげているのだから。


「……諦めるな、そうすればいつか必ず届く、と? そんなことを信じるぐらいなら毎日壁に体当たりして壁抜けを行えるか試した方がはるかに有意義ですよ? アレ、一応できる可能性はあるそうですから」


 無音で放たれた発破の内容を聞いていたかのような弐式は、ふざけたようにそう言う。

 その口調はどことなく楽しそうにも聞こえるが、つまらなそうな表情は全く変わっていないことから、おそらくは無理矢理おどけて見せただけなのだろう。

 現に今も、弐式は常人ならば三桁の回数で命を散らせているであろう攻撃の嵐の中、あくびを噛み殺しているぐらいなのだから。


「……僕自身もそこまで暇な訳じゃないんです。あなたたちがさっさと諦めてくれないと、僕は他の方たちを殺しにいけないんですから」


 そうやって放たれたあからさまな挑発に、五人は過剰に反応して攻撃の密度を上げる。

 だが、それでもなお弐式の表情は変わらない。

 それとなく戦いの難易度を上げてみるという遊びも、彼の興味を引き出せはしなかったようだ。


「……つまらない。ああ、つまらない。もっと面白くなってくれないものですかね、この世界は」


 あの神がこんなゲームを開催したのもわかる気がします、とつぶやきながら、弐式は右から突っ込んできたバイクを半歩下がることで避けようとし、



 ――ガクリと、唐突に体勢を崩した。



「――っな!?」


 弐式が体勢を崩した理由は、その足元にあった。

 それは、何かがめり込んだような半球状の穴だ。

 拳大のそれに弐式が足を取られ、倒れそうになる。


「――っく、こんなところにまで、貴方は……!」


 その現象を起こしたのは、とある馬鹿な男の執念か、それとも……。


『――今です!!』


 そして、その隙が生じる瞬間をしっかりと予知していた薬師が、声なき声で叫んだ。

 それにあわせ、四人がそれぞれ最強の攻撃を弐式に向けて放つ。



「――ぅぐぉぁぁあああ……!!」


捨身(しゃしん)脱気流水(だっきりゅうすい)!」


一刀無限斬(いっとうむげんざん)!」


百機夜行(ひゃっきやこう)!」



 神の行動という不確定な要素をはらんだ未来ですらも見通す予言者からの的確な指示が、

 肉体のリミッターをすべて排除して身体能力を百%発揮する獣の一撃が、

 流派その物が机上の空論であると揶揄された川海流の中においても『現実的ではない』と言われた最終奥義が、

 一振りで数十数百数千数万と切りつける物理法則を超えた斬撃が、

 様々な乗り物が絶え間なく突っ込みすべてを蹂躙する範囲殲滅攻撃が、













「――まあ、少しは楽しめましたかね」


 そんな一言と共に、一瞬で崩された。



   ●

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