――お前達だけでも、生きてくれ
●
星が駆け抜けた後には、何も残らない。
その球体がかすめた物は燃える前に蒸発し、消える。
あまりこの場を荒らすと歩くのが大変になるという自分勝手な理由で無駄な熱の放射は抑えたが、それでもその威力は十分すぎるほど健在だ。
すべてを飲み込み、消し去るその攻撃を、堪え切れる人間などいるはずがない。
もちろん弐式自身もそう思い、そう信じてこの攻撃を放ったのだ。
……まあでも、なんとなくこうなる予感はしていましたけどね。
そう思いながら、弐式は視線の先に立つ男を見る。
両腕を顔の前でクロスさせて防御姿勢を取る功徳の周囲は高熱により大穴があいているが、功徳の背後だけは無傷で残っている。
よくよく見てみれば、無事な地面と大穴との境目には透明な壁のようなものが見える。
その壁の中に、功徳とその背後に眠る五人は無傷で存在していた。
これで熱の塊を防いだのだとすれば、これを作り得るのはたった一人。
「……流石はヒーロー。土壇場で新しい技能を開発するなんて、かなりテンプレートな英雄ですね」
壁がゆっくりと消える中でそうたたえられた功徳は、答えるだけの体力もないのか疲労困憊と言った体でガクリと膝をつく。
その様を見ていた弐式は、顔に浮かんだ喜色をさらに強くする。
……さて、あともうひと押し……!
今回弐式が取ろうとしている作戦の目標は、功徳を殺すこと。
そのための一番の難所は、なんといっても功徳が『正義の味方』であることだ。
功徳が正義の味方である限り、普通の方法では功徳は死なない。
あくまで、正義の味方として功徳が納得できる死に方をさせなければばらないのだ。
……ですが、普通じゃない方法ならば死ぬこともありうる、ということです。
そう、物語においても、例は少ないが『正義の味方が死ぬ』という事例は確かに存在する。
その条件は大まかに言って二つ。
一つは、その者の死が他の者達を守るための犠牲である事。
そしてもう一つが、正義を受け継ぐ仲間がいる事。
他にもそこそこ重要なファクターはあるが、概ねこの二つがあれば正義でも死ぬ。
つまり、功徳が正義の味方そのものであるならば、
……正義の味方らしい死に方を与えてやれば、簡単に死んでくれる……!
この場合、犠牲になる正義の味方が功徳であり、守られる他者兼意思を受け継ぐ仲間がその後ろに倒れる敗者たちだ。
大きな懸念だった『受け継がせる仲間』の存在も、功徳自身が『同士である』と宣言してくれたおかげでクリアできている。
唯一の難点として、自分の役割が『悪』になってしまうのが不愉快ではあるが、それはこの際我慢する。
神は神でも邪神というものも存在するのだから、まあ構わないだろう。オプションとして黒い靄のようなオーラをまとってみるのも面白そうだ。
そんなことを考えながら、弐式はゆっくりと右手の人差し指を功徳へと向ける。
「宣言します。先ほどの攻撃は何とか防げたようですが、次の攻撃は防御しても意味はありません。そうなるように攻撃しますから」
「……何とでも言え。お前がどんな卑怯な手を取ろうとも、正義である俺は――」
功徳の言葉をさえぎるように、弐式は指先から炎の球を撃ち出す。
それは先ほどのものよりもはるかに小さい手のひらサイズのものだったが、その代わりに速さは弾丸並みであった。
すべての障壁をすり抜けて目標へとたどり着くように望まれたその弾丸は、弐式の想像通りに功徳の張った障壁を無視し、功徳のすぐ隣も通り抜け、倒れている者達のすぐ近くに着弾。その一点を蒸発させた。
「――これと同じ物を、僕は先ほどの規模であなた達にぶつけます。正義であるあなたは悪の攻撃に耐えられるかも知れませんけど、後ろで意識を失っている方々はどうでしょうね?」
いやみったらしくそういうのと同時に、弐式はとあることに意識を集中させる。
その対象は、功徳の背後にいる者達だ。
「僕にとって、あなたという存在は脅威になる。生かしておけば、僕を打倒し得る存在にまで成長するでしょう」
「……それは、光栄だな」
しかめた表情に若干の悔しさをにじませながら、功徳は搾り出すようにそう言った。
疲労が色濃く残ってはいるが、あきらめの感情は見えない。
きっと、今この瞬間にも全員が助かるような策を練っているのだろう。
だから、弐式はその手伝いを買って出ることにした。
「ですから、僕はあなたを見逃すわけにはいかない。……逆に言えば、あなたさえ倒せればそれ以外はどうでもいい、ということになります」
「……なんだと?」
突然のことで頭が回っていないのであろう、呆けた顔をしている功徳に、弐式ははっきりと告げる。
「わかりやすく言えば、僕はあなたと取引をしたいのです。あなたが自分で自分の命を絶ってくれれば、僕はこの場に限り、僕はあなたの後ろにいる方達を殺しません。お約束します」
「――――!?」
この状況は、功徳にとっては苦痛でしかないだろう。
自分の力が及ばない敵に対して屈することになり、仲間も守れず、あまつさえ人質にとられた彼らの命をたてに自害を強要される。
しかも、現状において仲間を助けるためにできることは、それしかない。
「――――ッ!!」
そんな自分がもどかしく、功徳は歯を食いしばり、拳を握り締める。
力をこめすぎたのか、口の端からは赤い筋が落ち、手からも同じ色の液体が落ちていた。
それを見下ろす弐式は、相変わらずの笑顔だ。
「さあ、どうしますか? 私としては、そのまま抗ってくれても構いませんよ。その場合、あなたは仲間
を見捨てたヒーローもどき――ダークヒーローへと堕してしまうことになるでしょう。そうなってしまえばあなたはもう主役じゃない。……妙な策を労さなくても簡単につぶせるでしょうね」
弐式が脅威としているのはあくまでヒーローとしての功徳であり、正義という根幹を失ってしまった功徳にはそれまでほどの攻撃を放つことができないはずだ。
……さて、ここでもう一押し……。
「さあ、どうしますか正義の味方!? 正義に殉じてその身を散らすか、正義を捨てて半端モノに堕ちるか、好きなほうを選んでください! ……まあ、どの道あなたという存在はなくなるでしょうけどね」
「……俺は、俺は……!」
苦悶の表情を浮かべ、呻くように迷いの言葉をこぼす功徳。
そして数瞬後、功徳は顔を上げ、迷いを払いきれない顔のまま、叫ぶ。
「……俺は――!」
「――待ってくれ、旦那……!」
●
「――流行!?」
背後から聞こえてきたかすかな呼び声に振り返った功徳は、いつの間にか目を覚ましていた温泉 流行が起き上がりかけているのを見た。
覚醒したばかりでふらつきを隠せない流行は、それでも視線に力を込め、
「そんな弱気な決断をするなんて、旦那らしくないぜ。こういうときは堂々と言ってくれなきゃな。――俺の仲間はこの程度でやられたりはしない、って」
「……その、通りです」
「――! 山谷……」
流行の声に応じるように、川海 山谷もゆっくりと起き上がる。
「私達のリーダーは、正真正銘のヒーローです。この程度の困難なんて、たやすく切り抜けてくれます。……それに、」
流行と同様に力がこもらない足を叱咤しながら立ち会った山谷は、胴着の乱れを直しながら、言う。
「私達のリーダー、功徳さんには、私達という、苦痛を分け合える仲間がいます。貴方のように一人きりで戦う者では、決して持てないものです」
「そうだ、俺達は一人じゃない。功徳の旦那と俺達、全員の力を合わせればてめえなんか簡単にひねりつぶせるさ!」
「お前達……」
最初はおぼつかなく、しかしすぐに調子を取り戻したのか力のこもった歩みで、二人は功徳の前に立つ。
己の左右に立つ仲間の背中を見て、功徳はぼそりとつぶやいた。
「……そうだな。俺は、一人じゃないんだな……」
風に溶けるようにこぼれたその言葉を拾ったのか、流行と山谷は首だけで振り返り、力強い笑みを見せる。
「当然でしょう。私達はいつだって、貴方と共にありたいと思っていたのですから」
「だから、旦那も俺達を頼ってくれ。旦那から教えられた正義は、俺達全員の中に生きているんだからな」
力強い声を二人から受け、功徳は『そうか……』とつぶやき、少しの間をおいてまた『そうか』と言うと、前へと一歩を踏み出しながら、二人に向けて同じく力のこもった声を放つ。
「……これから、お前達全員に、指令を与える」
「はい!」
「応!」
やっとあこがれの人と同じ戦場に立てるという事実に興奮しているのか、返事の声には若干の上ずりが感じられる。
功徳にもそれが感じられたのだろう、引き締められていた顔を苦笑でゆがめながら、二人の中間に立ち、肩を組むように両手を左右に広げ、
「――お前達だけでも、生きてくれ」
とん、と二人の首筋に手刀を入れた。
「「――え?」」
突然の事に驚く間もなく体の自由を奪われた二人は、違う口と声で全く同じ言葉を放ちながら、崩れ落ちる。
そのまま地面で頭を打ってはまずいと、手刀を入れたそれぞれの手で二人を支え、両脇に抱えると先ほどまで二人が倒れていた場所まで連れて行き、静かに横たえた。
そしてゆっくりと先ほどまで立っていた場所に戻ってくると、その目の前にゆっくりと降り立った弐式に向かう。
「待たせたな。それじゃあ続きと行こう」
「良いんですか? ヒーローがあんなことをして」
「構わん、もう決めたことだ。それに、俺があいつらをどうしようがお前には関係のないだろう」
「……まあ、それもそうですけどね。それで、あなたはこれからどうするおつもりで?」
「……その問いに答える前に、聞いておきたい。俺が自分で死ねばあいつらを殺さないと、誓うか?」
「誓いましょう。少なくともこの場では、彼らを殺すことは有りません」
「……ならば、自害の仕方は俺の自由にさせてもらう。構わないな?」
「結構です。御自分の命ですから、どのようにしていただいても構いません。……最終的に死んでいただけるのなら、ね」
「わかった、それだけ聞ければ十分だ」
そういうと、功徳は己の右手を顔前へと掲げ、拳を作る。
そのまま力強く握り締め、そしてゆっくりと力を抜くと開いた掌を眺め、
「……どうやら、俺は本当の意味で『正義の味方』にはなれなかったようだな」
「まあ、あなたがそう思うのならそうなのでしょうね。僕にはかかわりのない事ですけど」
「そうだな、確かにお前には関係のない話だ。これはあくまで、俺自身の問題でしかない」
そう一人ごちるように功徳は言い、数瞬の後弐式を見やると、
「すまないが、手ごろな刃物を一振りくれないか? 流石に無手での自害は難しい」
「ああ、それもそうですね。じゃあ、これを」
そう言いながら弐式は小さな、しかし鋭いナイフを功徳に差し出す。
刃を右手の人差し指と中指の先で挟むようにして柄を功徳の方へ向けた弐式は、にっこりと笑いながら、
「情け、と言う訳ではありませんが、切られても痛みを感じないナイフです。そして、あなたの体が消え死亡が確認され次第、契約成立とします。それでいいですね?」
「……了解した」
功徳は頷き、半歩前へと進みながら弐式の持つナイフへと右手を伸ばし、
「ならば、俺の散り様をとくと見よ」
そのまま手をさらに伸ばし、弐式の右手を掴む。
「――な、何をする気ですか!?」
「……俺は、完全な正義の味方にはなれん」
功徳の手を振りほどこうとする弐式だったが、しっかと掴まれたその手は引きはがせない。
慌てる弐式を気にすることなく、功徳はナイフを左手で掴んで奪い取ると、背後に投げる。
短い刃物が山谷たちのすぐ近くに刺さる音が響き、弐式が功徳の背後をちらりと見るが、すぐさま腕を引かれてつんのめる。
「俺は正義でありたいと思ってはいるが、俺自身には世界を守れるほどの力がない」
弐式の体制を崩して動かしやすくした功徳は、そのまま大股で数歩前へ歩み弐式を広場の中心へ向けて引っ張っていく。
「だから俺は、全てを守る正義の味方ではなく、手が届く範囲の皆を守る英雄になる」
その歩みは、いつしか駆け足となり、
「正義の教えを正しく伝え、広め、世界を正義で満たす。そうして代を重ねた先に、いつしか本当の正義が生まれることを信じて……!」
「それが、なんだというのですか……!?」
「わからんか!?」
弐式を無理やり引き連れて広場の中心へと至った功徳は、その勢いのまま弐式を放り投げる。
やっとのことで功徳から解放された弐式は、その勢いに従って広場の端――ちょうど流行たちが伏している対面へと降り立った。
空中にて体制を立て直していた弐式は、着地してすぐに功徳を睨み付け、
「あなたは僕との契約を破棄しようとしている。……この事実以外の何をわかれと言うんですか!?」
「守りたい物を守る力、それが俺の正義だ! そして、この正義は俺が死んでもあいつらが受け継いでくれる。ならば、俺が今果たすべき正義は、次代の正義を受け継ぐあいつらをお前から守ることのみ!」
そして、
「そして、あいつらへと受け渡す正義に、悪への敗北があってはならない! ゆえに俺は、お前に勝つ!!」
叫びながら駆けだした功徳は、一直線に弐式へと近付いていく。
全速力の上に全速力を重ねた功徳の手足の先を主とする体の各所からは、音速をこえている証である白い筋が軌跡として後に続いている。
本来ならばありえないはずであった生身での音速機動を可能にした功徳の想像力は、弐式が体勢を立て直して対処に入る直前にその眼前へと功徳を移動させた。
目の前に立つ功徳の右腕が陽炎を纏いつつ振りかぶられるのを見て、弐式は驚きに目を見ひらく。
「――しまっ……!?」
「正義の拳を、喰らえ――!!」
――ファイナル・インパクト……!!
技名が叫ばれるとともに拳が振り下ろされ、二人の周囲が爆炎の世界と化した。
●
轟音と強烈な光、そして吹き付ける風を感じ、山谷は意識を取り戻した。
何が何だかわからぬまま、とりあえず伏せて吹き飛ばされないようにしながら、自分にいったい何が起こったのかを思い出そうとする。
……確か、私は功徳さんと一緒に戦おうとしていて……。
その直後に衝撃を受けた事と、その際に告げられた言葉を思い出し、山谷ははじかれたように立ち上がる。
隣では、流行が少しだけふらつきながらも立ち上がろうとしているが、そんなことには目を向けず、山谷は周囲を見渡す。
口をついて出てくるのは、ある男の所在を探る声だ。
「……功徳さん! どこですか!?」
近くで流行が同様の声を上げているのを聞きながら、山谷は数歩前へと進み、
「――なに、これ……!?」
少し離れたところにある、大穴を発見した。
●
直径二十メートルほどの半球状に抉れた大地。
その表面にはひび割れなどがほとんどなく、ほとんどは焦げているか溶けて固まっているか、だ。
意外なほどなめらかなそれは、かなりの熱量が触れたのだということをありありと思わせる。
しかし、圧倒的な熱量で蹂躙されたのであろう穴の中は、今はもう多少の湯気が立つ程度に冷めてしまっている。
明らかに、通常の現象ではない。
「……まさか、これを旦那が……?」
呆然と大穴を眺めていた山谷が後ろから聞こえた声に振り向くと、そこには自分と同じく呆然とした表情を浮かべている流行がいた。
その様を見てふと我に返った山谷は、今しなければいけないこと――仲間たちの安全確保と功徳の捜索――があることに気が付くと、すぐさま実行に移すために指示を出そうとして、流行が不自然なことをしているのに気が付いた。
「――流行、何を見ているのです……?」
山谷が我に返る直前まで大穴の方へ――つまりは下方に視線を向けていたはずの流行は、しかし現在上方を見ている。
しかも、それは先ほどまでのさまようようなものではなく、はっきりとした何かを見ているかのように真っ直ぐだ。
だんだんと目線を落としていくことから、何かが落ちてきているのだと悟った山谷はゆっくりと振り返ろうとして、その直後に音を聞いた。
「……なんだ?」
その音は『ドサリ』という比較的重い音であり、自分の耳が正しければ音源は背後、ちょうど大穴の中心点あたりだ。
武術を修め、自分の知覚にある程度の自信を持つ山谷はそう確信すると、先ほどまでのゆっくりとした動きを速め、振り返る。
すると、先ほどまで存在しなかったはずの異物が、確かにそこに有った。それは――
「神夜、弐式……!?」
そう、それはつい先ほどまで嫌というほど目にしてきた、憎き敵の姿だった。
中学生だということを加味しても細い体つきに、その雰囲気と妙に合致しているようでしかしどこか似合っていない上品なブレザー姿。
うつぶせ姿勢のため顔は見えないが、それ以外の特徴ははっきりと見て取れるため、間違いようがない。
散々自分を、仲間を馬鹿にして、踏みにじってきたその自称神は、しかし立ち上がろうとしない。
いや、立ち上がりたくとも立ち上がれないだろう。
「――は、」
あれだけ偉そうなことをのたまって、自分の強さを見せつけてきたその姿は、しかし妙な部分があった。
――いや、正確には『無かった』というべきだろうか。
「――はは、」
なぜなら、地面にふせる弐式の体からは、
「――はは、あははははははは……!!」
地面に立つための足が――いや、それどころか腰から下が欠けていたのだから。
●
普段から物静かだった山谷がその感情を表に出している――しかも嘲笑うような声色で――のを見て、流行は少々以上に驚いていた。
しかし、それも無理のないことであることは自分でも理解している。
おそらく、山谷がここでそうしていなければ、同じことを自分がしていたであろうことは間違いないと思えるからだ。
「あははははは……! あれだけ偉そうにしていたお前が、今は何てざまを晒している! 何が神だ。何が最強だ。最強の神がそんな醜態をさらす物か!!」
若干以上にキャラが崩れている山谷は上を向き、顔を片手で覆うようにして笑う。
その様を見て妙に冷静になってしまった流行は、しかししみじみと高揚してくる自身の感情を察知していた。
そしてその破片として、流行はぼそりと呟く。
「これをやったのは、旦那なのか……?」
独り言にしかならなかったであろうその声は、しかし笑い続けていた山谷によって聞かれていたようで、
「――それ以外ありえないわ。アレのいったことが正しければ、この空間内にいるのは私たちとアレだけ。私たちがあそこで倒れていてアレがああなっている以上、こんなことをできるのは功徳さんだけってことになるわ」
一瞬にして冷静さを取り戻した山谷はそう延べ、その直後に周囲を見渡しながら、
「……とはいえ、これだけの事を行ったのだから、功徳さん自身もただでは済んでいないとおもうわ。余波で酷い怪我などをしていなければいいんだけど……」
と、不安そうにこぼす。
その姿からは先ほどまでの狂気じみた色は感じられず、流行はその変わり身の早さに面食らいながらも山谷にならい、自らの頼れるリーダーの姿を探す。
だが、その視線はやはりある一点へと向かってしまい……、
「――流行、何をいつまでも見ているの。アレはもはや地に落ちた虫けら以下の存在。気にする必要は皆無よ」
「いや、それはそうなんだけどよ。……なんだか妙に気になって……」
そう言いつつ、流行が見つめるのは大穴の中心にある弐式の体だ。
ピクリとも動かないその体は、ちょうどへその辺りから下が綺麗になくなっている。
その境目の制服についた焦げ目以外に目立った損傷がないのが不思議なほどだ。
もちろんそうなってしまえば命があるはずもなく、
「どう考えても即死。それ以外はありえないわ。……さあ、我々の脅威は去ったのだから、後は功徳さんを見つけて大団円と行きましょう。そのためにも、早く見つけて手当をして差し上げなければいけないわ。……とりあえず、皆を起こす方が先決かしらね……」
「……そうだな、心配なんてする必要ないよな。ったく、俺も随分臆病になったもんだ」
そう言いながら、流行と山谷は穴から離れ、いまだに意識を取り戻さない仲間たちを起こすために歩き出す。
「まあ、途中経過はともかく、みんな無事でよかったわ。一人でもかけていたら、功徳さんも悲しんだだろうし」
「そうだな。あいつはいけすかねぇ野郎だったが、余裕ぶっこいて俺たちにとどめを刺さなかったってところだけは、感謝してもいいかもしれねえな」
「何を言っているの。感謝もなにも、アレが私たちにちょっかいをかけてこなければこんな事態にはならなかった。今回の事は、完全にアレの自業自得。この場がこんなになったのも、アレが無様な死にざまを晒すのも、全部アレのせいでしかないわ」
「――っは、ちげえねぇ。まあ、あいつだって俺たちに喧嘩を売らなきゃもっと長生きできたろうにな。いまじゃあ見る影もねぇ……!?」
と、そこまで言った流行はぴたりと動きを止める。
そしてそのままうつむくと、瞬きもせずになにがしかを考え始めた。
「――待て、待て待て待て待て待て待て。あいつは今も……じゃあ、まさか……!?」
いきなり立ち止まってぶつぶつと呟きだした流行に気付き、山谷は眉を顰めながら声をかける。
「……どうしたの、流行。早く皆を起こさないと――」
「――ああ、山谷は早く全員を叩き起こせ」
「……は? 何をいきなり、」
「良いから! さっさと俺の言うとおりに動いてくれ!! ……やっと、わかったんだ。なんでさっきから妙な感じがしてたのか……」
そう吐き捨てて、流行はくるりと振り返ると、かがみこんで地面に手を付け、
「来い、『空飛ぶ絨毯』!!」
その通りの物を呼び出した。
いきなり能力を使った流行に対し、山谷は静止の言葉をかけようとするが、
「あいつは体を半分吹き飛ばされてる。だから間違いなく死んでいるはずだ。……だが、良く考えてみろ。……いいか? このゲームでは、死んだ奴はどうなる?」
「……どうなるって、死んだらすぐに死体が消えて――!?」
「そう、つまりはそういう事だ」
自分の肩に手をかけたまま放心する山谷を放置し、呼び出した厚手の絨毯にすぐさま飛び乗ると勢いよく上昇させ、流行は穴のはるか上空から、百メートル以上下に広がる台地全体全体を俯瞰するように地面を眺める。
そして穴の中心にいる弐式を睨み付け、
「死体が残るってのはこのゲームじゃありえない。見る影が残ってちゃいけないんだ。……つまり、あいつは、まだ生きてる……!!」
ゆっくりと手を下に向けた流行は、そのまま静かに目を瞑ると、
「……あいつが意識を失ってる今ならやれる……。そして確実にやるためには、スピードが命……。だったら――」
数秒の精神統一の後、目を開いて手を振り上げ、
「自動操縦にて加速、その破壊力は自由落下による攻撃だった電車落としの比じゃない。さらには先端もとがっていることから威力も分散されにくい局所集中型の必殺攻撃。……喰らえよ、俺の真必殺技――」
自分の中の想像のすべてを込めて、振り下ろした。
「――『戦闘機落とし』!!」
●
流行の叫びとともに現れたものは、一見すると鳥のようにも見えた。
細長い胴体を中心にして、その左右に大きな翼がついている。
首は頭い向かうにつれて細くなっていき、その先端は猛禽の嘴をほうふつとさせるようにとがっている。
……しかし、それは鳥にしては肌に起伏がなく、その体は人間の数倍ほどもあり、さらには無機物で構成されたそのフォルムからは、生命力というものをまったく感じなかった。
だが、それも当然のことだ。
そこにあるのは、敵を破壊するためだけに作られた、心を持たぬ兵器そのものなのだから。
そして生み出された兵器は、創造主の想像のまま、己の役割を果たすために動き出す。
はじめは重力に従い落ちるだけ。
しかし、すぐにエンジンは火を噴き、さらなる加速を己に加える。
その勢いはとどまることを知らず、ついには破裂音を起こし、白い蒸気をその身にまとう。
無人の兵器は恐れを知らず、ただただ主の望むままを己のすべきことと定め、自壊すらいとわずに標的に向かって突き進み――
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