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大罪のゲーム  作者: 辺 鋭一
第一章
17/25

このゲームの正体だ。

   ●



 厳島(いつくしま) 功徳(くどく)は正義の味方に憧れていた。


 どのような悪にも己の身一つで立ち向かい、傷ついても諦めることなく悪を叩き潰す。

 その行いに迷いはなく、その視線にブレはない。

 守るべき民の前に立ち、己の背で『正義』のなんたるかを語る。

 そんな正義に、功徳はただただ憧れ、渇望した。


 ――『正義の味方(ヒーロー)になりたい』と。



   ●



 正義と神の戦いは、一方的な物となった。


「――はぁぁあああ……!!」

「――っく……!?」


 気合いを込めて繰り出される功徳の拳は、過つことなく弐式の胴体へと突き込まれる。

 その衝撃は小柄な体で堪え切れる物ではなく、弐式の足は地面から離れ、


「逃がさん!!」


 勢いのまま吹き飛ぶことすら許されず、空中に縫いとめられたままの弐式の体へとさらに数発の打撃が刻まれる。

 無抵抗にそれらの攻撃を受け続ける弐式に対し、功徳は容赦しない。

 弐式が吹き飛びそうになれば、その方向へと瞬時に先回りし、カウンターじみた拳を叩き込む。

 そして、連続する音を一度止めたかと思えば、


「――とどめだ……!!」


 体を大きくひねって溜めた威力に気迫を追加し、強烈な光を放つ拳を突き入れ、


「――――――っがはぁ!?」


 神が創り出した空間に、神の体による一文字(いちもんじ)が刻まれた。



   ●



 功徳の拳を受けて吹き飛ばされた弐式は、自らの体が抉り取った大地の傷跡を見る。

 正確に言えば、その傷の先、自分の対面に立っている功徳が拳を引き、油断することなくこちらを睨み付けているのを、だ。


 ……何故だ。何故僕が攻撃を受ける……?


 今弐式が自分に望んでいるのは、何者の攻撃も通らない強靭な肉体だ。

 その効果は、少し前まで喰らっていた川海(かわみ) 山谷(やまや)の一方的な攻撃を、体への傷一つなく耐えきったことで証明されている。

 その効果を切った覚えがない現状において、どんな攻撃も自分にダメージとして通ることはない。


 ……通ることはない、筈なのに……!


 憤りと共に自分の傍らに唾を吐けば、そこには赤が混じっていた。

 今更ながらに口の中の鉄臭さを自覚し、さらに憤りは強くなる。


 ……落ち着け。思考を乱せば能力も乱れる……。


 そう自分に言い聞かせ、いまだに力が上手くこめられずにふらつく足を酷使して立ち上がる。

 そして改めて功徳を睨み付ければ、驕りなく自分を見ていたその表情が切り変わる。

 戦いに向けて引き締まった表情から、無表情へと。


「……なんだ、その表情は。そちら側に立つのは初めてか?」

「そちら側? 何のことです。神の立場の事ですか?」

「違う。――蹂躙される敗者の側だ」 


 蹂躙される側。

 敗者の立場。


 そのどちらも自分には無関係であり、縁のない物だと思っていた。

 だから、今その立場にいると言われ、思わず視線に込める力を強くした。

 

「ふざけないでください。僕がいつあなたに負けましたか。まだ勝負はついていないでしょう?」

「……本当に未経験だったか。ならばお前は俺に勝つことはできん」

「敗北の経験なんか、勝利に関係ないでしょう? むしろ邪魔にしかならない、害成す存在だ」

「本当にそう思っているのなら、お前は幸せなやつだよ神夜 弐式」


 苦々しい思い出を吐き出すように、しかしその視線だけはそらすことなく功徳は言う。


「人は敗北を越えて強くなる。……いや、敗北を越えようとして強くなる。最初は弱くとも、負けに逃げなければ、負けから逃げなければ、いずれは勝てる。その強さを知らぬお前は、幸せだが、弱い」


 ――敗北無き人生に、価値はなければ勝ちもない。


「……戯言を……!!」

「俺の言が戯言かどうかは、この結果が示していると思うが?」


 畳み掛けられる功徳の言葉に、弐式の言葉は負け惜しみにしかならない。


 ……負け惜しみ? この僕が、神であるこの僕が、『負け』惜しみ……!?


 到底容認できる言葉ではなく、思考でもなかった。

 何より許せなかったのは、先ほどまで完全に優位に立っていた自分が、己の『負け』と言う事実を認めかけていたことだった。

 自慢ではないが、弐式は負けたことが一度もない。

 現時点において中学二年生であり、あまり長いとは言えない半生ではあるが、それでも勝負事に関わることは数多くあった。

 例えば成績比べであったり、ゲームであったり、身体能力比べであったりした。

 そして、その全てにおいて、自分は勝ってきた。


 ……いや、違うな。正確には『負けなかった』、だ。


 確かに、学業やゲームなどにおいては常にトップを維持していた。

 もとより器用な性質であったし、努力も欠かさなかった。

 だからこそ、そちらの方面においては負け知らずであったし、無敗であった。


 だが、身体的な勝負ではそうもいかなかった。


 三月の下旬に生まれた弐式は、当然のことながらクラスで一番発達が遅い。

 幼少期の一年という差は大きく、残酷だ。

 当たり前のように背の順では最前列だったし、かけっこでは遅い者と組まされた。

 だからだろう、同級生は結果が目に見えている勝負をわざわざ弐式に仕掛けてくることはなかったし、弐式も行おうとはしなかった。


 ――勝負そのものから、逃げていた。


 その結果として自分の無敗は守られ、勝ちはせずとも負けてはいないという言い訳が成り立っていた。


「……で、それがなんだって言うんですか。僕はまだ負けていませんから結果も何もないですし、これからあなたを倒してその論が間違っていると証明してあげましょう」

「……だから、お前は勝てないんだ。敗北を受け入れ、乗り越えようとしていないのだから」

「黙れ!! ならばあなたはどうなんだ。正義の味方(ヒーロー)になりたいというあなたには、負ける事すら許されない。ならばあなたとて僕と同じ――」

「――違うな。俺は今まで何度も負けてきたし、これからも負けを拾っていくだろう。……そもそも、正義の役目は勝つことではない」


 『ではなんだ』と弐式が問いかけるより先に、功徳は一つ息を吐くと、


「正義の役目とは、諦めないことだ。負けても諦めず、傷ついても諦めず、どんな相手に対しても果敢に向かっていく。勝っても前に進み続け、決しておごらず、皆の指針となる。それが正義であり、俺の憧れる勇者ヒーローだ」


 そう言い切った功徳の目にくもりはなく、自分の言葉を一切疑っていないことがうかがえた。


「……随分と暑苦しい思想ですね。理想論ばかりで、矛盾だらけだ」


 その論を聞いた弐式は、そう悪態をつくことで精神的な余裕を取り戻そうとする。

 そうでもしないと、甘美な思想に引き込まれそうだったから。


「それだけ立派な理想を語りながら、それでもあなたはここにいる。自己中心的人物の集まりであり、欲望が渦巻きぶつかり合うこのゲームのプレイヤーの一人として。ここにいる時点で僕を含め全員が敗者であり、現実に絶望し、夢物語の中へしか望みを託せなかった負け犬たちが集まって噛み殺し合うのがこのゲームの正体だ。……ヒーローがいていい場所じゃありませんよ、ここは」

「……そうかもしれんな。確かに俺は現実で己の正義を見失いかけた。いくら俺が『正しく生きよ』と叫んだところで、他の者達は俺へと冷めた目を向けるだけだった……」

「そうでしょうね。いつの世も、まかり通るのは正しい者の意見ではなく、声の大きな者の意見だ。だから僕はこのゲームを勝ち抜き、たった一つしかない願いを使って神になる。そして新しい、誰もが自由に暮らせる世界を創る。それが僕の望みだ。……あなたの出る幕はないんですよ、ヒーローごっこさん」

「……なるほど、お前の気持ちは分かった。――だが、だからこそお前を野放しにはできんな」

「じゃあ、あなたの望みはなんですか? あなた以外の命を奪い、あなたが成し遂げようとする目標は、いったいなんなんですか?」


 ここまで話を続けたのは、時間を稼ぎ傷の回復をはかるためと、攻撃が効かない自分に対して攻撃を通したからくりを知るためだった。

 だから、功徳に望みの内容を聞いたのは、単純な興味だ。

 自分と伍する――凌駕するとは絶対に考えない――戦闘力を持つその人物は、どのような理由で戦っているのかという、純粋な好奇心。

 それを知れば、自分がもっと上の階梯へと進める気がしたのだ。

 ……だから、彼の答えを聞いて、かなり驚いてしまった。


「――元より俺は、このゲームの先に自分の存在を許す気は無い」

「……は?」


 思わず呆けてしまった弐式にかまわず、功徳は告げる。


「俺はこのゲームで、人を殺すだろう。少し思いが強かっただけの、何の罪もない人たちを、その思いを無視して殺すだろう。その罪を俺は許せない。今はまだ運よくそうなってはいないが、これから先も勝ち抜いていけば必ずそうなる」

「……………………」

「他者を犠牲にして己の未来を勝ち取るなど、愚かしいにも程がある。間違っても正義の行いではない。……だから俺はこのゲームで一人生き残った時、『世界を平和にしてほしい』という願いを叶えてもらった後、己の命を己で絶つ。それが、俺なりのけじめだ」 

「……その人たちの分も生きて行こうとは、思わないんですか? 奪ってしまった命の分も自分は幸せになろうと、そうは思えないんですか?」


 功徳のその考えは、言ってしまえば『肉を食べて生きるのは嫌だ』という、原罪にまでさかのぼりかねない物だ。

 生きていく限りにおいて、必ずどこかで妥協しなければいけない点を、功徳ははき違えているように思えてしまったのだ。


「自分の身勝手で他者の命を奪い、その責任から逃げて無責任な死を選ぶ。それがあなたの言う『正義の行い』ですか!?」

「……そうだな、そういう意味では、俺は逃げてしまっているのかもしれない。正義の行いとは正反対の事だな」

「だったら――」

「――だが、俺はこの考えを変えるつもりはない。俺は正義として己の役割を貫き通し、そしてその願いを次代へと託すことにする」


 騒ぐ子ども(ぼく)に言い聞かせるように、大人かれは語る。


「……俺は、どうあがいても咎人にしかなれん。正義に満ちた後世に俺の居場所など最初からない。ならば俺は、住みよい世界を作り、自らはその世界へ足を踏み入れることなく、この場に留まろう。望んだ世界で望むままに暮らすのは、罪を犯していない者達だけでいい」


 そこまで言い切った功徳は、自分の中の何かを吐き出すようにゆっくりと息を吐き、言う。



「――俺が願い望んで創り上げた世界を、見ることなく消えていく。それが俺の、贖罪だ」



「……もう少し、効率よく生きようとは思わなかったんですか?」


 自分と同じような願いを持ちながら、しかし自ら消えていこうとする功徳に、弐式はどうしてもそう言っておきたかった。

 だが、当の功徳は何とも言えない切なげな表情で、困ったように言う。


「無理だったよ。ここに来て、出会った者達と戦い、何度も何度も考えに考えて出した結論が、これだったんだ。俺にはこれ以外の物は出せん」

「不器用にもほどがありますよ。もっと楽な道は有ったはずです」

「俺もそう思う。……だがな、『楽な道』はいくらでもあるだろうが、『俺が俺自身を許してやれる道』は、この一本だけだったんだ」


 ――自責の念を抱えて行うものは、もはや正義ではない。


 そう呟やいた功徳に、弐式はこれで最後にしようと思いながらも問いかける。


「……それが、あなたの『正義』ですか……?」

「そうだ、これが『俺の正義』だ」


 『そうですか……』とつぶやくと、弐式は自らの余計な感情をすべて心の片隅の押し込んだ。

 残すのは、ただ『己は神である』という自信と、喜色に富んだ笑顔のみ。


「ならば僕は、絶対なる神として、あなたの正義を打ち砕きましょう!!」

「やってみろ! だが、俺は正義だ。悪に届かぬ正義の拳はない!!」


 互いの過去(よくぼう)はぶつけ合った。

 互いの未来(のぞみ)も見せ合った。

 後はただ、互いの現在(いのち)を壊し合うのみだ。



「『正義の味方』厳島 功徳、参る!」

「『絶対神』神夜 弐式、受けて立ちましょう!」



 いま再び、激突がおこる。

 もう、この戦いが止まることはない。

 止まるのは、どちらかがつぶされた時だ。



   ●



 余計な感情を取り除き冷静になった弐式の頭脳は、自分がなぜ功徳の攻撃を喰らってしまったのかという謎を、おおよそ解き明かしていた。

 そのための一番大きなピースは、つい先ほど功徳が言った言葉であった。


 『悪に届かぬ正義の拳はない』


 この言葉と、弐式が功徳たちと出会った瞬間に心を読んで知った欲望の内容である『正義の味方になりたい』とを合わせることで、能力の概要が見えてくる。


 ……なるほど。彼の能力は、『正義と信じて行った己の行動を現実に変える』というところですか。制限付きとはいえ、僕と同系統の能力ですね……。


 正義の味方になりたい、と願ったことにより、功徳はまさしく『正義の味方』になった。

 この『正義の味方』という物が曲者であり、その定義はあくまで功徳自身が決める物なのだ。

 だから、打撃が効かない相手に対して『正義の味方ならば絶対に当たる』と信じて行えば、その攻撃は通ってしまう。

 だから先ほどの攻撃も弐式に通ったし、これからも攻撃は通り続けるだろう。


 ……問題は、この効果がどこまで反映されるか、です……。


 正義の味方という存在が『攻撃しかしない』のかと聞かれれば、誰だって否と答えるはずだ。

 そう、正義の味方は攻撃もするが、防御も移動もする。

 だからおそらく、功徳の能力は移動や防御に対しても適応されるはずだ。


 ……これは、面倒ですね……。


 このままいけば、回避しても必ず当たる攻撃を打たれたり、どこにいようとも瞬時に背後へ移動されてしまったりもするだろう。

 文字通り、正義のもとに。


 ……下手をすれば、殺しても死なないかもしれない……。


 この予想が正しければ、『こんな死に方を正義はしない』と思われてしまった場合、たとえ致命傷を与えたとしてもなんだかんだで生き残ってしまうだろう。

 もしかしたら、攻撃そのものを無効にされてしまうかもしれない。


 ……ある意味、この防御が一番厄介ですね……。


 法則がわかった以上、対処法はとれる。

 攻略法は二つ。

 一つは『法則の隙間を突く』であり、もう一つは『法則に従い有効打を入れる』だ。

 前者は比較的簡単ではあるが、成功率はあまり高くない。

 もしばれてしまえば、その隙間を法則がカバーしてしまうからだ。

 だから、今回は後者を選ぶことにする。

 この方法ならば、多少複雑ではあっても法則に則っている分相手も防御が難しいはずだ。


 ……後は、そこまでどう持って行くか、ですが……。


 お互いの能力を単純に比較するならば、どちらの能力も同じく『万能の存在』であるため、拮抗するように思える。

 というより、正義という建前がなければ動けない功徳よりも、思えば何でも叶ってしまう弐式の方が優れているはずなのだ。


 ……だけど、実際には違う……。


 先ほどの攻防では、自分は一方的に殴られて終わった。

 その原因は何かと考えてみれば単純な物で、


 ……想像力の強さ、ですね。


 彼らと出会ったときに自分から明かした、この世界のルールだ。

 『想像力は創造力となる』という法則に則り、世界は思うが儘に形を変える。

 そして、今回の結果から察するに、相反する想像が二者間で行われた場合は、


 ……より強く、具体的な想像をした方が現実として適応される……。


 この世界でも、単純に声が大きい方が有利になるというつまらない結論をはじきだした自分の思考に嫌気を感じるのと同時、なぜそうなったのかも考える。

 『神である僕の想像力が、正義である彼の想像力に負ける』

 これの意味するところは、つまり、


 ……僕はまだ、神になりきれていないのですね……。


 『自分の信じる正義』という軸があるためはっきりとしたイメージを作り上げられる功徳に比べ、何でもできるが故に『なんとなく』の想像で十分戦えて来てしまった弐式は明らかに劣る。

 その差がこのような形で現れてしまったのは、これまで功徳のような『万能型かつ意志の強い』プレイヤーに出会わなかったからだろう。

 完璧な形で『正義の味方』を体現できている功徳と、『なんとなくの神』でしかない弐式ぶつかれば、結果は見えている。


 ……ならば、僕が勝つためにすべきことは、決まった……!


 まず、自分について。

 『なんとなくの神』でしかない自分を捨て、『完璧な神』となり、功徳と――『完璧な正義』と並び立つこと。


 ……これで、能力は互角になる。


 そして、もう一つのすべきことは、相手について。

 『いかに正義の味方を打倒するか』だ。

 これを果たすためには――



   ●



 互いの宣戦布告と同時、相手に向かって行ったのは功徳だった。

 己が悪と認めた者に対しては『様子見』『回避』等の『逃げ』を行うことはない。

 なぜならば、功徳は正義の味方であるから。

 その思いを余すことなく込めた拳を振りかぶり、全身に陽炎を纏った功徳(ヒーロー)は、民を苦しめる(てき)へと真っ直ぐに突き進む。

 当たれば己を砕くことは簡単であるとはっきり理解できるその拳が迫るのを、対する弐式は感情の見えない静かな目でじっと見て――にやりと笑う。


「――そうか(・・・)こうすればいいんだ(・・・・・・・・・)


 そう言った直後、功徳の拳が弐式に突き刺さり、弐式の体は宙へと浮かぶ。

 だが、殴られた弐式の顔は変わらず笑顔のままであり、対する拳を振り切った功徳の顔は怪訝そうに歪む。


「……手ごたえがない。お前、今自分で背後に跳んだな……?」


 顔の前に持ってきた自分の拳を眺めながら、功徳は三メートル程離れた地点に危なげなく着地した弐式に対して言葉を放つ。

 それを受け止めた弐式は、服に付いたほこりや傷をポンポンと手でたたいで元に戻しながら(・・・・・・・)


「それはそうでしょう。痛い思いをするのは嫌ですからね」


 と、気楽そうに言う。

 その表情に焦りや苦悶はなく、新品同様になった服もあいまって、先ほどまで一方的に殴られていたという事実は微塵も感じられない。

 その様は、不可思議を通り越して不気味ですらあった。


「……お前、いったい何を考えている……?」

「決まってるじゃないですか。あなたを倒すための方法ですよ」


 飄々とそう言いきった弐式に、功徳はさらに眉を顰めた。


「そういう事は、黙っておいた方がいいんじゃないか?」

「言ったって言わなくたって同じでしょう? 戦いの最中にそれ以外を考える方が異常なんですから」

「……で、俺を倒す方法は思いついたのか?」

「ええ、素晴らしい物が思いつきました」


 はっきりとそう答えられたことに驚いたのか功徳の目が見ひらかれ、そしてすぐに戦闘用の構えを取る。

 それを弐式は面白そうに眺めていた。

 ふざけたような物言いで攪乱を狙っているのかとも思える行動だが、弐式の挙動から真実を見出すことはできなさそうだ。

 警戒する功徳と笑う弐式。

 その二者の間に張りつめた沈黙を壊したのは、やはり弐式だった。


「……まあ、出し惜しみしても仕方ありませんし、さっそくお披露目と行きましょうか」


 そういうと弐式は地面をトンと蹴り、その場で跳び上がった。

 普通ならば数十センチ程度地面から離れれば重力によって引き戻されるはずの弐式の体は、しかしその法則に縛られず上昇し続ける。

 十メートルほど登り続けた弐式はぴたりと止まると、地上で己の事を見上げている功徳を見てもう一度笑い、右手の人さし指をピンと伸ばすと自分の頭上をさした。

 何をする気かと黙って警戒を続けていた功徳がその先を見るが、指さす先には空しか見えない。

 何かの陽動かとも考えたが、弐式の体が一つである以上その作戦は成り立たないだろう。

 ならば時間稼ぎかと思い至り、すぐさまやめさせようと大跳躍のためにかがみこもうとして、功徳はある物を見た。


 それは赤色の、小さなものだった。


 弐式の指差す数メートル先に現れた小さな光は、地上からでは肉眼で視認することも難しかったであろう。

 『正義は悪の所業を見逃さない』と考え、能力によって実現させていた功徳でさえ見つけるのに苦労したほどだ。

 だがそれは、だんだんとはっきり見えてきた。

 最初はビー玉ほどの大きさをした赤い球だったそれは、だんだんと膨れ上がり、ゴルフボール大、野球ボール大、サッカーボール大、とどんどん大きくなって行き、ついには人間一人を包み込めるほどの大きさになった。

 それに伴って色もだんだんと変わっていく。

 赤から橙へ、橙からまばゆいほどの白へ、そして白から寒気すら覚えるほどの青へ。

 そして、そこまでくれば功徳も何が起こっているのか理解した。

 いや、理解できないわけがない。周囲にはわかりやすい変化が起きていたのだから。


「――暑い、……いや、熱い……?」


 夏の気候を再現したこの世界においても明確なほどな温度の上昇が、功徳の周囲で起こっていた。

 そして、全身の肌を刺激して水分を放出させるその熱の出所は、もはやわかりきっている。


「……お前、それは……!」


 功徳は周囲に熱をばらまく頭上の球体と、その下で悠々と天を指し続ける弐式を睨み、叫ぶ。


「それはなんだ! 何をする気だ!?」


 汗を垂らして叫ぶ功徳へと涼しげな顔を見せた弐式は、なんでもないように言う。


「見ていればわかるでしょう? 世界を、宇宙を創り出した神であるこの僕が、まさか天体一つ作れないわけがないのですから」


 そこまで言って、弐式は一つ息を吸うと、誇らしげに叫ぶ。


「少々規模は小さいですが、僕が初めて作った恒星です。摂氏にして一万度超ですが、気に入っていただけましたか?」



   ●



 高温と言うのもはばかられるほどの熱源を前にして、それでも功徳はあわてていなかった。

 通常、この距離にあれだけの熱源があれば、地表はこの程度の『暑さ』で済むわけがない。

 己の上空に浮かぶ弐式自身が熱を感じていないのは当たり前だが、それ以外の場所へ熱を漏らさないようにする意味はない。

 おそらくあの星に対する弐式の想像が甘く、本来の物理現象通りになっていないのだろう。

 だからこうやって平然と自分が存在できている。

 そして、その甘さゆえに自分の能力ならばアレに十全な対処をおこなえるだろうとも確信していた。

 何しろ今の自分は正義のヒーローだ。どんな攻撃でも悪のはなった物ならば屈しはしない。


 ……そうだ。あんな物、俺の正義の前では――


「――無力、でしょうね」

「……!?」


 己の思考にかぶせるように放たれた弐式の言葉に、功徳は一瞬冷静さを失ってしまった。

 だがそれもすぐに理性によって取り戻され、功徳はしっかと弐式を睨み付け、


「……思考の盗み見か、まさに悪の所業だな。だが、それがわかっているのにそんなものを作り上げて、どうする気だ? まさかただの照明や空調ではないのだろう?」

「もちろんです。これはきちんとあなたを倒すために使いますよ」


 そう言う弐式の表情に変化はない。

 だからこそ、目の前の男がこれ以上何かを仕掛けてくる前に何とかしようと功徳は再度空中へ飛び掛かろうとし――


「……そう、こんなふうに、ね!」


 高熱の球が、弐式の指の動きのまま動き出すのを見た。

 その球は、真っ直ぐに自分の方へと向かってはいない(・・・)

 弐式が指差しているのは功徳ではなくこの広場の隅の方であり、そこには、


「――!? いかん……!!」


 功徳と行動を共にしていた、仲間たちが集められていた。


 ……っく、間に合うか……!?


 広場の中心近くにいた功徳たちからは、流行(はやり)達が倒れている場所までかなり距離がある。

 もともと彼らを戦いに巻き込まないように離れていたのだから、なおさらだ。

 対する高熱の塊は、高速とは言わないまでも人が全速力で走る速さ程のスピードが出ている。

 驚きによって硬直してしまった分を考えれば、間に割って入れる可能性は絶望的だ。

 だが、


 ……仲間を守れぬ正義など、正義ではない……!!


 そう信じれば、この空間内において己の肉体は限界を忘れる。

 駆け足は第一歩目から空気を置き去りにし、功徳の体は風を切って前へと進む。

 走れば届くと思い、間に入れば助けられると確信して、功徳は走る。


 そして――



   ●

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