いざ……!!
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あおむけに倒れている弐式は、自らの横に立つ山谷に対し、ボロボロにされているとは思えないほど喜色に満ちた声で話しかける。
「貴女の能力は、『自分の時間を任意に加速させる』ものです。……まあ、自分の時間だけを加速させているのか、周りの時間を遅らせているのかは判断できませんけどね。どちらも相対的に見れば同じことですし」
そう、それが山谷の持ち続けた欲望、『時間が欲しい』によって生まれた能力だ。
他者の何倍も武の道に励み、しかし絶対的な壁として立ちふさがっていた他者との差。その差を彼女は『時間』だとした。
反射神経が過敏なだけでは極地に至れない。考えすぎれば体が動かない。
――ならば、時間が他者の何倍もあればいい。
そんな途方もない欲望を彼女が抱くのは、自明の事だ。
その欲望はあまりにもばかげていて、だけど一笑に付すにはあまりにも甘美であった。
ありえない幻想に浸り続けるというのは行為は、無意味だと思っていてもやめられるものではない。
それが今を、自分の努力がまったく報われない現状を粉々に打ち砕いてくれるような爽快感あふれるものであったならば、なおさらだ。
そして、このゲームでその願望が叶い、山谷は川海流の使い手としては最強になった。
長年望み続けていた展開だったから、その使い方も活用方法もすべてわかっていたし、現に最初に与えられた一時間の準備時間内で制御方法は完全にマスターしている。
もとより時間はいくらでも増やせるのだから当然といえば当然だが、それでもここまでの順応性を見せた参加者は少ない。
それだけ、山谷の欲望が強かったのだということだろう。
だが、そんな能力を持っているのに――いや、持っているからこそなのかもしれないが――山谷は冷静に言葉を返す。
「確かにそんな問答に意味はないわね。今問題なのは、『貴方が私に殺される』というただ一つにして不可避の事実だけでしょう?」
弐式の声にも眉ひとつ動かすことなく、山谷は淡々と告げる。
その氷のような言葉を受けて、弐式はさらに笑みを強くした。
それを見下ろす山谷は少しだけ首をかしげ、しかしかまわず言う。
「……何を考えているのかわからないけど、貴方が死ぬのは決定事項よ。高速で動ける私に対して、あなたは手出しができないのだから」
「そうかもしれませんね。さすがの僕もあれだけの時間差があると追いつけません。素早いのではなく過ごす時間の速さが違うのですから、対処しようと思考する間もなく攻撃を喰らってしまいますし」
そう言い返しながらゆっくりと立ち上がる弐式を、山谷はあえて見逃すことにした。
その理由は『倒れている相手を攻撃したくない』等という正々堂々としたものでは当然なく、実際はより単純な『この機会にできればより多くの技を使ってみたかったから』という物だった。
川海流の技を実戦で、しかもこれだけの回数使える機会なんて早々与えられる物でもないし、何より能力がなければ使えない技ばかり。
ならば今のうちにできるだけ多く使い、未熟な技をより良くしていきたいと考えてしまうのも当然のことだ。
そのためにも全種類の技を試してみて、理論上では発見できなかった問題点を見つけ出し、解決して、昇華させる。
だが、川海流は相手の構えで使う技が変わるという受け身の武術であり、様々な技を使うためには相手に様々な構えを取ってもらうしかない。
そして、いくら寝ている相手に対する技があったとしても、それはやはり全体からすれば少数であって、その残りももう少なくなっていた。
だから山谷は弐式の身支度をあえて見逃し、技の練習台として活用することに決めたのだった。
「……ところで川海さん。貴女の能力は、貴女に対して安全ですか? 明らかに人間の体が耐えられる動きじゃないですけど」
「いまさらそんな揺さぶりが効くと思ってるの? 第一、それは貴方が教えてくれた戦い方でしょう? タネがわかっている手品に騙されてあげられるほど、私は大人じゃないのよ」
「おやおや、本当に手厳しいですね。……まあ、そうじゃなければ面白くないから教えたので、こういう展開も待ち望んではいたんですけどね」
「――もういいわ。貴方のおしゃべりに付き合うのはもう終わりにしましょう。さっさとこの戦いを終わらせて、あっちで気絶してる子たちの手当てもしなくちゃいけないし」
山谷はそう言いながらちらりと自分の背後に意識を向け、そしてすぐに弐式に視線を向け直す。
「ここから先は、私の独壇場。貴方は一切反応できないまま、私に殺される……」
「そうかもしれませんね。……でも、そうじゃないかもしれない」
「……? どういう事? 貴方、私よりも早く動けるの?」
「いえいえ、貴女より早くは動けませんよ。それは間違いありません」
「……貴方の言う事はいちいち的を射ないわね。もう少しはっきり言ったらどう?」
「おやおや、それは失礼しました。これからはもっとわかりやすくいう事を心がけましょう。……いやぁ、それにしても――」
――随分周りが静かだと思いませんか?
周りを見渡しながらしみじみと放たれた弐式のその言葉に、山谷は呆れた顔を見せ、
「……静か? そんなの当たり前でしょう? だって私の能力で――!?」
そしてすぐに、その表情を緊へと変えた。
そう、周りが静かなのは問題ではない。
山谷の能力は自分の時間を加速することであり、それにより自分以外の人物の時間は相対的に遅れてしまう。
すると、必然的に周りの声や音も間延びして意味をなさなくなり、最終的には周波数が可聴音域よりも低くなり、無音の世界となる。
山谷は攻撃のため、できる限り時間を遅らせていたため、このような現象が起こるのは必然だった。
だから、周りが静かなのは全く問題ではない。問題なのは――
「――なんで、なんで貴方は私と話せるの!? 私はまだ、能力を解いてない。なのになんで貴方は私と同じように動けているの!?」
「……やれやれ、やっと気が付いてくれましたか。いい加減気づいてもらえないんじゃないかと思ってひやひやしましたよ」
そう言いながら、弐式は両手を軽く広げてにっこり笑いながら、
「僕は神であり、全知全能です。そしてそんな僕の能力は、『思ったことを全て現実にできる』こと。つまりこのゲームにおける、僕以外の全能力の上位互換なんですよ」
だから――
「だから、貴女にできることは、僕にもできて当然なんです。僕の時間を加速し、貴女の感じている時間と同じ時間を過ごせるようにすることなんて、造作もない事なんですよ」
弐式のその言葉に、山谷は苛立たしげに口元をゆがめ、歯を食いしばった。
「……本当にでたらめな能力ね。付き合ってるこっちがばからしくなってくるぐらい」
「そうかもしれませんね。ですが、これも僕の欲望です。貴女たちが持っている物と全く同じ、能力……。ただ、少しだけ願いの規模が違いますけどね」
「よくもまあぬけぬけと……。貴方、面の皮は神様級よ。そこだけは素直に認めてあげる」
「ありがとうございます。……まあ、できればそれ以外の面でも認めてほしいものですけどね」
「その必要はないわ。だって――」
その瞬間、山谷の世界が切り変わる。
加速状態から、更なる加速の世界へと。
「――貴方が負けるという事実は、変わらないのだから」
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山谷は弐式の話を聞きながら、どうすればこのチートキャラに勝てるのかを考えていた。
そして、山谷は一つの可能性に思い至る。
弐式が先ほどまでに行った一連の動きと会話、そしてその思考から、弐式本人は武術などにあまり触れていない、素人に毛が生えた程度であることは明白だ。
ならば当然、戦闘訓練なども大して積んでいないということになる。
そして、先ほど弐式が会話を始めるまで、確かに弐式の時間は自分よりも遅く流れていた。
それ故についさっきまで弐式は自分の技を受け続けていたのだし、吹き飛ばされたり落とされたりしたときのゆっくりとした動きもそれを証明している。
……つまり、私の川海流と時間加速の能力が効いていない訳じゃない……!
ならば、自分はどうするべきかを考える。
弐式の言によれば、こいつは『世界を思った通りにできる』という。
一見無敵に見える能力だが、欠点がないのならば自分の攻撃が通ることなど一度もなかったはずなのだ。
そこで、山谷はこう結論付けた。
……思考する暇を与えなければ、この男は何もできない!
山谷が放った最初の攻撃が効いたのは、自分の攻撃が弐式の思考の外からの物だったからだ。
世界を思い通りにできるということは、裏を返せば思わなければ世界を変えることは不可能である、ということに他ならない。
そして、能力による加速などを行っていない弐式本人の思考能力は、普通の人間と大差ないようだ。
……だったら、加速して攻撃するという手段がもう一度使える。
加速状態からの再加速を行っても、それに気づいた弐式はすぐに自分も加速して同じ時間に立とうとするだろう。
これによって稼げる時間は、ほんの一瞬。
だが、山谷の能力は、文字通り一瞬を永遠にできる能力だ。
ほんの少しの隙さえあればそれを何倍にも広げることができ、無限の時を過ごすことができるという矛盾を超越した能力。
その能力を用いて、かすかな勝機さえも何倍何十倍何百倍にしてしまうことができる。
現実からすれば数百万分の一秒の世界の中で、山谷は勝利のために動き出す。
……もう技の練習なんていってられない。確実に仕留める……!
そう心に決め、自分の数歩前にいる弐式に駆け寄りながら、手始めに体を崩そうと手を伸ばし、
「おっと、そうはいきませんよ」
気楽に放たれたそんな言葉と共に、伸ばした手を掴まれた。
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山谷は本日何度目かの混乱に陥っていた。
……なんで、動けるの……?
山谷の動きは、先の自分と同じ加速状態にあった弐式からしても十分に速く、加速したと認識されることなく絶命させることも可能となるはずだった。
だが、反射速度よりも速いはずの山谷の動きは、弐式によっていとも簡単に止められてしまう。
手首を掴まれていることを気にする余裕もない山谷に、相変わらずの笑みを浮かべながら弐式は語る。
「さっき言ったでしょう? 僕の能力は他の参加者の能力すべての上位互換。貴女にできることは僕にもできる――」
子どもに対して噛んで含めるように、弐式は優しい口調で言葉を放つ。
「――だから、僕は貴女の能力のその先を行き、貴女にできないことをやってみせる。例えば今回のように、貴女の過ごす時間を常に模倣することも、僕にとっては簡単な事なんですよ」
その言葉の意味を一瞬遅れて理解し、目を見開いて驚きの感情を表した山谷に対し、弐式は悪戯に成功した子どものように無邪気な声色で言う。
「そこまで驚くことじゃないですよ? 『彼女と同じ時間を過ごしたい』と願えば叶ってしまう単純な欲望ですからね」
『単純な』という言葉に、山谷は胸を貫かれたような痛みを覚えた。
まるで、自分が長年望み、欲してきたモノが『大したものではなく、とるに足らないモノだ』と言われたような気がしたから。
だから、そんなことはありえないという思いと共に弐式を睨み付け、掴まれたままの腕を振りほどき(川海流では初歩の技である)、解放されたと同時にバックステップで距離を取る。
彼我の距離が数歩となった地点で動きを止めた山谷は肺に溜め込まれた空気を大きく吐き出し、そこに新鮮な空気を送り込むことで雑念をリセットする。
努めて冷静な思考を取り戻した山谷は、川海流の特徴ともいえる『構えない構え』を取り、思考を戦闘に向けて整え、研ぎ澄ませていく。
能力による加速には頼らない。
弐式の言葉が正しいのなら、いくら加速を重ねたところで弐式は即座に追いついてしまい、結局は同じ時間を過ごすだけだからだ。
……能力によるアドバンテージは失ったとはいえ、まだ私には川海流が残っている。ある程度の実力者ならともかく、あんな素人だったら問題はない……!
長年続けてきた、自分そのものともいえる川海流に対しての絶対的な自信を胸に、山谷はじっと立ち続ける。
それは、川海流においては基礎の基礎とされる『待ち』であり、後手の武術である川海流を修める者として、数時間それを保ち続けられることはできて当たり前ともいえる、必須事項である。
相手の出方をうかがい冷静に対処するための万能の構えは、同時に相対者を苛立たせ、冷静な判断力を奪いつつ単調な攻撃を誘うという狙いも含まれている。
だから山谷は、弐式が動き出すまでひたすら動かず、人間ならばどうしても発生してしまう揺らぎや震えさえも押さえつけ、立ち続けた。
自分からは一切動こうとせず、ひたすら動くのを待ち続けるつもりだと理解した弐式は困ったような顔をして、
「……やれやれ、僕はあまり時間をかけたくないんですけど、まあ仕方ありませんね。決着のきっかけ作りぐらいは行ってあげましょう」
と、一歩前へと足を踏み出した。
……よし、そのままこっちへ……!
能力による補助の無い山谷の実力は、お世辞にも大したものであるとは言えない。
せいぜいが、直線的な攻撃ならば確実にさばける程度だ。
だから、山谷はひたすら弐式が攻撃を放つのを待つ。
一歩、また一歩と近付いて来る脅威に対しても焦らずひるまず、瞬きすら禁じて山谷は立ち続けた。
そしてついに山谷の一歩半ほど前で立ち止まった弐式は、力を抜いた自然体の構えから形を変えた。
それは己の体を傾け、左足に体重をかけた姿勢。
弐式のその構えを見て、山谷は次の動きを『右足による上段回し蹴り』と予測する。
そして弐式は山谷の予想通りに動き出す。
左にかけた重心をさらに左へとずらすように体の傾きを強める弐式を認識し、攻撃の直前動作であると判断。
己の左側より飛来するであろう首を薙ぎ払おうとする衝撃を受け流さず利用して掴んだその足を破壊するために、山谷はタイミングを合わせて手を顔の左に構え、
腹部に衝撃を受け、吹き飛ばされた。
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山谷の冷静さは戦闘のさなかであってもめったなことで途切れることはない。
だから、彼女は自分に衝撃を与えたモノがなんであるかもしっかりと見ていた。
……左足による、直蹴り……?
その通りの物が弐式により放たれるのを、能力を使っていない山谷の目ははっきりと認識していた。
そして、その攻撃を放った弐式の姿勢が、攻撃の直前までずっと同じだったことも見えていた。
「――ありえ、ない……!」
先ほど立っていた位置より数歩分離れた場所まで飛ばされ、うつぶせで横たわる山谷は、体全体を揺らされているような痛みに耐えながらも弐式を睨み付け、うめくように言う。
「……ありえない! あの姿勢からじゃ、右足による蹴り以外は放てない! あの体勢のまま重心を右側に持って行くなんて、不可能だ!!」
実際、重心の位置を錯覚させる技という物も存在はする。
とある流派との他流試合の際に兄弟子が行った試合を見ていたことがあるから、その事は知っているし対策もとれる。
だがそれにしても、あそこまで体を急激に傾けてしまえばそんなごまかしで重心の位置を欺くことも不可能だ。
だから山谷は安心して迎撃姿勢に移ったのだし、それ以外の攻撃が来ることを考えてもいなかった。
ありえない現象を処理しきれずにわめく山谷に、もはや戦闘中の冷静さはない。
己の根幹ともいえる川海流を、武器を用いない格闘戦においては最強だと思っていた物を一撃で崩された、そのショックは計り知れない物であっただろう。
だが、そんな風に無様を晒す山谷を、弐式は呆れたように見ていた。
「ありえない? 不可能? 何を言っているんですか貴女は」
弐式は肩をすくめ、心底馬鹿馬鹿しそうな声色を隠そうともせず、告げる。
「それを現実にするのが、僕らの持つ能力でしょう?」
「――な、に……?」
いまだにゲームの内容を理解できていない山谷に対し、弐式の目はどんどん冷めていく。
「僕はただ、左足に体重をかけたまま左足で攻撃できる自分を想像すればいい。たったそれだけで、人体では不可能な事を現実にできる……」
最後の手土産代わりに説明だけは果たすつもりなのか、倒れて動けない山谷にゆっくりと歩み寄りながら、弐式は言葉を紡ぎ続ける。
「そもそも、このゲームにおいての『不可能』とは、欲望と想像力の限界と同義です。つまり、僕のように能力の制限が一切ない場合、不可能も存在しない、ということになります」
山谷の心を砕くために、もう二度と立ち向かえないように絶望の底へと叩き込むために、弐式は山谷のすべてを否定していく。
『わかりますか?』と、地にふす山谷の顔の前に立つとしゃがみ込み、顔を覗き込みながら弐式は続ける。
「貴女はおそらく、『思考する隙をこれ以上与えなければ勝てる』等と思ったのでしょうが――」
ゆっくりと山谷の眼前に左手を差し出し、軽く握り拳を作る。
しかし親指と薬指は折り曲げず、こするように第一関節同士をあわせていて、
「――貴女の勝機は、僕に思考する時間を一度でも与えてしまった瞬間に、もう消えている」
その言葉で敗北を悟ったのか、山谷は目にこもっていた力を失い、立ち上がろうともしなくなった。
それを確認すると、弐式は山谷の目の前に構えた手を動かして『パチン』と指を鳴らす。
たったそれだけの動きで山谷の意識を飛ばした弐式は、今までどおりに掴んで放り投げて敗者置き場へと招待する。
「――ふぅ……」
かいてもいない額の汗をぬぐうようなしぐさをした弐式は、ふと後ろを向き、
「これでお膳立ては十分でしょう? 次は貴方の番ですよ、厳島 功徳さん」
今まで静かに黙っていた最後の一人に向かって声を飛ばした。
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弐式が声をかけた先、この空間の端の方にて腕を組んで立っていたのは、ガタイのいい短髪の男だった。
その筋肉質ながらも無駄なく引き締められた肉体を赤いシャツとかすれたジーンズで包んだその男は、首に巻いた灰色のスカーフをたなびかせながら、組んでいた腕を解き、弐式の声に引き寄せられるように歩き出す。
広い空間故にわかりにくかったが、二人が近付くことで中学生にしては細い弐式が比較対象となり、身長が180センチ以上ある功徳の体格の良さがはっきりとわかるようになった。
頭一つ分ほど違う身長ゆえに、弐式は功徳を見上げながら、
「それにしても意外ですね。てっきり彼女をリタイアさせた瞬間に攻撃されると思っていたのですが……」
『ばれないように身構えてはいたんですけど』と若干残念そうにこぼす弐式に、功徳はきつく引き締めた仏頂面のまま、重苦しい声を放つ。
「俺に不意打ちなど必要ない。俺はお前に正々堂々戦いを挑み、真正面から打ち砕く。それが、俺の正義だ」
「随分と暑苦しいですね。ずっとそんな感じで疲れませんか?」
「お前に心配されるまでもない」
表面上の物だったとはいえ、体を案ずる言葉をにべもなく切って捨てられた弐式は少しだけ眉を顰めたが、すぐに元の調子を取り戻して、
「さすが、曲者ぞろいのメンバーをまとめていたリーダーさんは違いますね。曲者を率いるには曲者が適任、という事ですかね?」
「……一応言っておくが、俺は今まであいつらを率いたことも、何かを命じたこともない」
「おや、意外ですね。貴方たちのグループは、貴方を中心にしていたようですが? ……まあ、その割に皆が僕にやられている時にも全く動こうとしてませんでしたけど」
首をかしげる弐式に対し、功徳はゆっくりと目を瞑り、
「俺はただ、あいつらと出会い、話をし、そして黙って前を歩いていただけだ。その後についてきたのはあいつらの勝手だし、俺が戦い始める前に『自分たちに任せておけ』と言って前に出て行ったのも、全力でお前に挑みお前に倒されたのも、全てあいつらの判断だ。俺には関係ない」
「……それはまた、ずいぶんと冷たい事ですね。それじゃあ貴方は、彼らを倒した僕に対して何も思うことはない、と?」
「いや、それはないな」
『おや?』と意外そうな顔をする弐式に、功徳は少しだけ強い口調で語る。
「俺はあいつらに何も言わなかった。だからあいつらの行動は全てあいつらの責任だ。――だが、俺に対して『任せておけ』と言いお前に向かって行くその様は、まさに『勇敢なる正義』その物だ。そんな素晴らしい物を見せた彼らはその時点で俺の同志であり、仲間だ。ゆえに、仲間を守るため、俺は俺の意思でお前と戦おう」
そこまで言うと功徳は一つ息を吐き、自分の中身を入れ替えるように大きく吸ってから、
「それが、俺の正義だ」
と言った。
全身に自信をみなぎらせている功徳を見て、対する弐式はどことなく疲れたように肩をすくめる。
「……やれやれ、理由付けが面倒臭い事この上ありませんね。さすが『正義の味方でありたい』なんていう厄介極まりない欲望を持っているだけの事は有ります」
己の欲望を言い当てられ、しかし功徳は揺らがない。
その程度の事は、己が正義を果たすための障害にはならないと知っているからだ。
だから功徳は、いつ戦いが始まってもおかしくないこの状況で、弐式に問いかけた。
「一つ聞かせてもらおう。なぜ、お前はあいつらを全員生かした? お前がその気になれば、全員殺せたはずだが?」
「ああ、それは簡単ですよ。その方がやる気が出るからです」
「……やる気?」
できるはずの事をわざわざ行わず、難易度としてははるかに高い『生かして無力化』という手法を選んだことに対しての質問は、実にあっさりと答えられてしまう。
だが、その回答はあまりにも言葉が足らず、功徳はいぶかしげな表情を作るだけだった。
それを察したのかそれとも最初からそのつもりだったのかはわからないが、弐式はさらに言葉を紡ぐ。
「ええ。人という物は何かをする時に、結果として得られる物が多いほどやる気が出ます。今回の場合、僕を倒せなければ、全員の死という形ですべてを失います。ですが逆に、僕を倒しさえすれば全員が生きて解放されます。もう取り戻せない死人の為に復讐を遂げようという気持ちは確かに強い物ですけど、反面もろくもあります。なんたって、守るべきものはその人の中にしかありませんからね」
「……………………」
「ですが、守るべき対象がすぐ近くに、それもはっきりとした形で存在するとき、人は最大の力を発揮します。その場合、死人の為に戦ったときにのみ使える『これで自分もあいつらと同じところに行ける』という逃げの思考も行えませんから、文字通り必死に挑んできます。僕が期待している戦いとはそういうものなんです」
「……つまり、あいつらを生かしたのはお前の楽しみの為だった、と?」
あまりにも荒唐無稽な利己主義により仲間を生かされたということを知り、功徳の目はさらに鋭く光る。
だが、正義の眼光を受け、それでも神はゆれることなく、
「ええ、そうです。彼らが生かされたのは、あくまで僕のため。利用価値があるからこそ生かしておいたんです。結構な苦労でしたけど、その甲斐あって貴方との戦いはかなり楽しめそうですよ」
「……そうか、それならばそれでいい。これで俺も、お前がみじんの容赦もいらない外道であるということが分かった。――喜べ、こうして俺を怒らせることもお前の策略だとしたら、それは完璧な形で成功したぞ」
「それは重畳。ならば話はここまでですね」
「ああ、お前とはまともな会話が成り立たないということが良くわかったよ。そういう時は、拳で解決するのが一番だ」
自身の胸の高さに位置する弐式の顔にしっかりと目線を合わせ、功徳は宣言する。
「これより、俺はお前を叩きのめす。正義の名のもとに!」
「――ならば僕は、僕が全知全能の神であることを貴方に教えて差し上げましょう!!」
言葉を返す弐式の顔は喜色に満ちていて、
「「いざ……!!」」
仏頂面と笑顔、正義と神の戦いが始まる。
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