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大罪のゲーム  作者: 辺 鋭一
第一章
14/25

……本当に、面倒くさい……。

   ●



 僕たち三人がこのデパートをねぐらにするようにしてから、もう三日目の夜になる。

 この三日間、僕たちはひたすら本を読み続け、知識とアイデアを集め続けた。

 ――とはいっても、僕たちは人間であるので本を読む以外にもしなければいけないことはある。

 その一例を挙げれば食事(明君さまさま)、排泄(一日目に何やらそわそわと不審だった音色さんがこそこそとどこかへ行こうとしたので引き止めて問い詰めたところ、強烈な平手打ちを喰らった。我慢の限界だったらしい)などの生理現象があるし、衛生面では風呂も必要だ。

 特に風呂は仮にも女性の音色さんがいるので何とかしようと考えたが、ここは普通のデパートであり、浴場はおろかシャワールームすらない。

 仕方なくおもちゃ売り場から大き目のビニールプールを持ってきて、明君にお湯を出してもらって何とか形を整えた。

 最初はぶつくさ文句を言っていた音色さんだったが、背に腹は代えられなかったのか毎日きちんと入浴している。

 また、それ以外にも必要な物の調達も欠かせない。

 その必要物資の中でも重要視されたものの一つに、服があった。

 それを主張した音色さん曰く、『衣食住のうち、食は明君がいるから問題はないし、住はここがある。だったら次は衣をそろえるしかないでしょう?』だそうだ。

 僕としては下着さえ何とかできるならずっと制服でも構わなかったのだが、音色さんの熱心な説得(銃による脅し)により、仕方なくそろえることにしたのだった。


 ……まあ、その後にも一悶着あったわけだけど……。


 あの時の無意味な戦いは、今思い出してもばかばかしいことこの上ない物だった。



   ●



 音色さんの脅迫(せっとく)によりしぶしぶ翌日以降に着る服を選んだ僕たちは、音色さんの『どんな服を選んだのか、見せなさい』という命令(おねがい)により、観客兼審査員の音色さんの前でファッションショーを行うことになった。

 何着か選んできたうちの一着に着替え、僕と明君は音色さんの前に並び立つ。

 明君はいつも通り笑顔だったけど、僕にとっては正直言って不快この上ない行事だった。

 白いシャツにネクタイを緩く締め、紺色のミニスカートをはいた音色さんは、そんな僕の思いなど一切気にすることなく僕達の姿をまじまじと眺め、


「……まあ、明君の服装は問題ないわ。薄い水色を基調とした涼やかな感じがするチェック柄のYシャツに、淡い色の短パン。今の季節を考えたなかなかのコーディネートね。……だけど博君。あんたはダメよ」


 そう言って音色さんは僕の胸のあたりを『ビシッ!』と指差すと、


「……黒のTシャツに黒のジーンズ。おまけにスニーカーも黒……。なんで貴方の選んだ服は黒一色なのよ……? この夏真っ盛りにふざけてるの?」


 ……まったく、これだから素人は……。


 考えに考え抜かれた僕のコーディネートに対し呆れたように――というか馬鹿にするように見てくる音色さんに、さすがの僕も反論することにした。







「何を言っているんですか音色さん。全部色も模様も違うじゃないですか。これは黒一色でこっちはブラックオンリー。こっちは黒とブラックのストライプで、こちらはブラックと黒のチェックです。ほら、全部違うじゃないですか」






「貴方の頭がおかしいのは良くわかったから黙りなさい」


 選んだ服をすべて出したうえで言った僕の論理的な主張は、音色さんの一言で一蹴されてしまった。

 何故だ?



   ●



 結局その後見苦しい言い争いを繰り広げることになり、最終的には『もう、どうでもいいや……』という結論に落ち着くことになった。

 一応僕の服装は僕の選んだとおりの物となったので、判定は僕の勝ちでいいと思う。

 とまあ、なんで僕がこんなことをつらつら考えているのかというと、僕の目の前に広がる光景を見て頂ければわかると思う。




「……う~ん……。もう食べられぇ……ないこともないよぉ……」

「……あははははは。……さあ、崇め敬い奉りなさい愚民ども……。……ちぃ……、ジャムった……」




 ……明君、ベタと見せかけて不意を付くのはやめてください。そして音色さん、貴方は一体どんな夢を見ているんですか……?


 昨日の寝言も似たような感じだったが、この二人はやっぱり変わっていると思う。

 あたりを警戒しながらではあるが、昨日も一昨日も一晩中、僕が退屈することはなかったぐらいなのだから。


 ……本当に、この二人といると退屈しない……。


 たった三日間一緒にいただけでも、様々な問題が起こった。

 例えばそれは資料探しの最中に音色さんが関係のない本を読み漁っている事だったり、明君がゲテモノ料理の本を読もうとして僕と音色さんの2人に止められる事だったりした。


 ……そう言えば、能力が暴走しかかったこともあったっけ……。


 あれは確か、一日目の夜の事だったか……。



   ●



「音色さん。銃の音を消してみてください」


 僕が音色さんにそう言うと、音色さんは不思議そうな顔で僕の方を見て、


「……音を消すって、消音機(サイレンサー)でも付けろ、ってこと?」


 と聞き返してきた。

 まあそれでも良いのだけれど、僕が言うのはもっと違うことで――


「いえ、そうではありません。音色さんの能力を使って、『一切音のしない銃』を作ってほしいんです。銃声はおろか、当たった場所からも破壊音がしないような、そんな銃を」

「……? 銃声の方はわかるけどぉ、破壊音まで消すのはどうしてぇ?」


 僕の言葉の意味を理解できなかったのか、明君もそんなことを聞いてくる。

 まあ、話を聞けばすぐにわかってくれるとは思うけど。


「簡単な事ですよ。これから音色さんに作ってもらう銃は、この場所で使う『練習用』の銃なんです」

「……なるほど。練習用だから本番に備えて消音機(サイレンサー)なんてつけないほうが良い。だけど練習するのにいちいち大きな音を立てていたら他の人にここがばれるかもしれない、と」

「……だからぁ、安心して練習できるようにぃ、全く音のしない銃を作って練習しようとぉ、つまりはそういう事なんだねぇ?」


 ……うん、やっぱりこの二人は話が早くて助かるな。


「その通りです。練習しないで本番を行うことほど怖い物はありませんからね。僕や明君の場合はそこまで派手じゃないので練習はいくらでもできますけど、音色さんの場合は大きな音が鳴りますからね。まずはその技能を覚えてもらわないと練習も行えません。ただし、その技能が使えるようになれば敵に気付かれることなく攻撃ができますし、他の機能の練習に併用するなどの活用もできます。これは、かなり汎用的な能力になるでしょうね」


 とにかくやってみましょう、と僕たちは一階のフロアに行く。

 ここまで移動したのは、もし万が一失敗した場合でも、誰かが近寄って来る前に逃げられるようにするためだ。

 また、一階は雑貨などが売られており、的は大小さまざま事欠かない。

 即席の射撃訓練場としては申し分ないだろう。


「……さて、それじゃあやってみてください。ただし、しっかりと『音の出ない銃』を想像してくださいね。そうしないとすぐにここを出て行かなくてはならなくなりますから」

「わかってるわよ。……でも、私にとって銃というのは『派手に音が出る物』っていうイメージが根強く残っているものだから、なかなかうまく思い浮かべられないのよ……」


 ……確かに、乱射狂(トリガーハッピー)には少々難しい課題だったかな……?


 早速問題に行き詰っていると、少し離れたところに立っていた明君が歩み寄ってきて、


「上手く想像できないんだったらぁ、テレビとかの消音機能を思い浮かべてみたらぁ? あれは映像はそのままに音を消す機能だからぁ、今回みたいな状況にはぴったりだと思うんだけどぉ」

「なるほど、それは名案ですね。じゃあ音色さん、消音機能を付けた状態で見た場合の銃撃映像を思い浮かべてください。そうすれば、音は消えるはずです」

「……わかったわ、やってみる……!」


 音色さんはそう言うと目を瞑り、集中しだした。

 しばらくしてゆっくり目を開けると、手に出した銃を構え、数メートル先に置いたマネキンに狙いを定め、



 撃った。



 その結果、光と反動はあったようではあるが一切の音は聞こえず、そしてマネキンの頭部は上半分が砕けていた。


 僕は思わず『やった!』と叫ぼうとして、すぐに異変に気が付く。

 そしてそれを確かめるべく音色さんに近付き、彼女の頭を右手でひっぱたく。

 が、叩いた音もしなければ頭を押さえた音色さんが僕に掴みかかり、涙目で放つ文句も罵声も聞こえない。

 ここまで来ると音色さんも異変に気が付いたようで、驚いた顔を僕に見せる。



 ……音が全部消えている……!?



 おそらく、あまりにも消音機能を意識しすぎたため、銃声以外の音まで消してしまったのだろう。

 結局その後、携帯のメモ機能や身振り手振りなどを用いてコミュニケーションをとる羽目になった。



   ●



 ……最終的にきちんと銃声のみ消した想像をした弾丸を撃つことによってあの状態は解消されたけど、あんな暴走はもうこりごりだ……。


 そんなことを考えながら、僕は窓の外に目を向ける。

 四角に切り取られたそこからはごく普通の街並みと、それを覆うように上空に広がる真っ暗な空が見えていた。

 黒一色の空には少量の雲と、ところどころに輝く星が散らばっている。

 だが、生憎僕の中に星座に関する知識はほとんどないので、星を見ても特に何かを感じたりすることはない。


 ……第一、ここにまともな星座とかあるのか……?


 そんなことを考えながら携帯を開くと、現在の時刻は午前三時を回ったところであり、僕以外の二人は先ほどの様子からもわかるように就寝中だ。

 僕たちはそれぞれ寝具売り場から拝借してきた毛布を体に巻きつけ、壁際に座り込んだまま寝ている。

 より詳しく言うと、僕が真ん中で周囲を警戒し、その左右で明君と音色さんが静かに寝息を立て、偶に騒がしい声を上げている、という形だ。

 無論、やろうと思えば一人ひとりにベッドを割り振ってゆっくり就寝することもできる。

 だが、それでは万が一襲撃にあったときに生き残ることができなくなるだろう。

 その点この寝方ならば、襲われても僕の拒絶が発動するので敵の攻撃をしのぐことはできる。

 今ある戦力を無為に減らさないようにという、個人が持つ感情の一切を考慮しないこの案を、明君はともかく音色さんに賛同してもらえたのは正直驚きだった。

 仮にも女性なのだから、てっきり『異性と雑魚寝なんてできないわ!』みたいなことを言ってごねると思っていたし、その時のための説得方法まで考えていた僕としては少々肩すかしであった。

 本人曰く、『合理的な判断だし、従わない意味も無いわ。それに、誰かと一緒に床で寝るのも珍しい事じゃなかったし』とのこと。

 多少疑問を覚える解答ではあったが、知らなくても特に困りもしないし、興味もないので流すことにした。


「…………う~ん……」


 そんなことを考えていたとき、僕の隣からそんな声が響いてきた。

 声の聞こえてきた方に顔を向けると、音色さんが眉をしかめながらうめき声を上げていた。

 と、同時にもぞもぞ体を動かすと、なぜか僕の方へ向かって倒れてきて僕の肩に頭を乗せ、また静かに寝息を立て始める。

 反対側の肩にはもうすでに明君の頭が乗っているので、僕は二人分の重さを支えていることになる。

 正直今すぐにでも払いのけてしまいたいが、それをすると二人が目覚めてしまい、寝不足のまま今日の作業を始めることにもなりかねない。

 そんな足を引っ張られるような状況は回避したいので、今は我慢することにする。


 ……この二人も、今はまだ有用だ……。


 少しでも多く、そして有用な情報を集めるのは人海戦術が一番であり、そのための人員を確保するのが困難なこのゲームにおいて、貴重な協力者を減らすような行為は避けるべきだ。




 ……たとえ、いずれ殺さなければいけない人たちだとしても……。




 そんなことを考え、そしてすぐに頭の中からその考えを追い出す。

 これ以上考えると、二人の事を拒絶してしまいかねないから。

 今二人を突き放しても良い事なんてないのだから、と自分に言い聞かせ、頭を切り替えるために息を吐き、大きく吸う。


 ……ん? なんだかいい匂いが……?


 深呼吸と同時に僕の鼻の中に飛び込んできたのは、何やら柑橘系の香りだった。

 何事かと思って周囲を見ると、視界の端に音色さんの寝顔が見え、それが原因だと判断した。


 ……そう言えば、香水をつけてたっけ……。


 きちんとした入浴ができないことを憂いてか、音色さんは折を見て何度も自身に香水を振りかけていた。

 僕自身は別に体臭を気にはしないのだが、音色さん(おんなのこ)はそうもいかないのだろう。


 ……というか、僕たちにもいきなりスプレーをぶっかけてきたからな……。


 汗臭さなどを隠すための物だったらしいが、そういう物があまり好きではない僕にとってはいい迷惑だ。

 そんなことがあってから、僕も朝になったら体を温タオルでふくようにした。

 確かに気持ちいい物ではあるが、そこまでしなくてもいいとは思う。


 ……本当に、面倒くさい……。


 とはいえ、この二人――特に音色さん――は、どこかおかしくはあるが馬鹿ではない。

 現に、自分の能力に関することだけではなく、僕たちに関わるようなことまで調べ、伝えてくれる。

 例え今僕の耳元で『フレンドリー……ファイアー……。……グッジョブ……』とか呟きながらへらへらした表情を浮かべていても、その中身はかなりの物だ。


 ……そう言えば、今日の昼ごろにもなにか言ってたな……。


 確か、他にどんな能力を持つ者がいるか、という話の中だったはずだ。

 僕が最初の日に考えた能力リストを参考に、いろいろな場合を想定し合った。

 その話の中で、音色さんがポツリとこぼした言葉があった。

 曰く、『これだけいろいろな可能性があるのだったら、なんでもできる神様みたいな能力者がいてもおかしくはないわね』と。


 ……その時は笑い飛ばしたけど、よくよく考えてみればありえない話じゃない。……というかむしろ、いなきゃおかしいような欲望じゃないか。



 『すべてが自分の思い通りになればいい』



 そんな欲望を持ったことがない人間なんて、ほとんどいないだろう。

 多くの場合は時間の経過と共にそんな不可能な事を考えなくなり、もっと現実的なことを考え始めるのだが、その欲望を持ち続けている極少数の者がいてもおかしくない。

 そして、その極少数がこのゲームに参加していないという保証もどこにもないのだ。


 ……というか、あの(ひと)だったら『楽しそうじゃないか!』とかいう理由で参加させてそうだな……。

 

 これが普通のゲームならばバランスブレイクも良いところだが、生憎これは現実だ。そんな理不尽はいくらでも存在するだろう。

 そしてそんな能力が存在するならば、まず間違いなく最後まで生き残るはずだ。


 ……つまり、僕たちが生き残っていけば、いずれ必ずその能力にぶつかるという事か……。


 その時のために、今からでも対処法を考えておくべきだろう。

 そんな厄介以前に無茶苦茶な能力者を相手にするのだから、時間などはいくらあっても足りはしない。


「……えへへぇ……、……まだまだ腹四分目だよぉ……」


 いきなりの寝言に思考を乱されつつも、時間がある今のうちから対策を組み立てていく。

 というか明君、お願いですから涎を垂らさないでくださいね?


「……にょへへへへ……」


 音色さん、貴方はもう少し女の子としての自覚を持ってください。そしてつける香水はもう少し優しい物をお願いします。鼻につくので。


 ……そう言えば、他人を匂いがわかるほど近くに置くのは、いつ以来かな……。


 そんなどうでもいいことを頭の片隅に浮かべながら、僕は思考を続けていく。

 なんとしても、生き残っていくために。


 いろいろな感情が渦巻いている僕の心中とは裏腹に、窓の外はとても静かだった。



   ●



 そこは、ビルが立ち並ぶ中にぽっかりと空いた、不自然な空間だった。

 本来ならば市街地のど真ん中にはありえない、本格的なサッカーの試合もできそうなその広大な空間は、適当な道路を無理やり広げたような、そんな場所にあった。

 そしてその空間には現在、数人の少年たちがいる。


「――来い! 『空飛ぶ絨毯』!!」


 その少年たちの中の一人、黄色のシャツに短パン姿の高校生ぐらいの男が、膝立ちになって地面に掌を当てて叫ぶ。

 するとその少年の前には複雑な文様の厚く大きな織物――絨毯が現れた。

 地面に直接敷かれたその絨毯に少年はためらうことなく飛び乗ると、上空を見据えて『飛べ!』と叫ぶ。

 するとその声に従い、少年を乗せたままの絨毯は地面と平行を保つように浮き上がる。

 物理法則に逆らい、重さを感じさせないような軽やかな動きで空へと進んで行く絨毯は、ある高さまで昇ったところでその身を静止した。

 地上数十メートル以上の高さにいることに対しても少年はひるむことはなく、目を瞑って何事かを考えている。

 数瞬の後、少年は目を見開くと右手を目の前に真っ直ぐ伸ばし、


「でてこい、『電車』!!」


 叫ぶと同時、少年の手の先に現れたのは、長さ十数メートルもあろうかという一両の電車だった。

 銀色に輝く巨大な箱は運転席を下にして現れ、そして物理法則(じゅうりょく)に従い落下する。

 そして、その先には一人の少年の姿があって――



 直後、轟音と振動が広場全体に響き渡った。



   ●



「どうだ! 俺の必殺技、『電車落とし』の味は!?」


 空中に浮かぶ絨毯の上で勝ち誇ったように叫ぶ少年の前には、地面に真っ直ぐ突き刺さっている銀色の箱が見えている。

 いかに中空の箱と言えどもその質量は半端な物ではなく、その根元は土煙で見えていない。

 もしそこに人が立っていた場合、その末路は火を見るよりも明らかだろう。

 だが、その光景を見る少年の顔は緊張したままだ。

 一片の油断も無く、ただひたすらに土煙の向こう側を凝視し続ける。



 そして、銀色の塔に亀裂が入った。



「――!?」


 砂煙の中、すなわち下方から銀色の箱の表面に走る黒い線は、瞬く間にてっぺんまで昇りつめ、そして次の瞬間に塔を真っ二つに割ってしまった。

 少年から見て真ん中から左右に分かれた電車は、それぞれの方向にゆっくりと倒れ、再び大地を震わせる。

 驚きを隠せないまま少年がかつて塔があった場所の根元を見ていると、砂煙が晴れ、一人の少年の姿が見えてきた。

 ブレザータイプの制服を着た細見の少年は、頭上に突き出していた自分の拳を下すとはるか上空に浮かぶ絨毯の少年に笑顔を向け、


「――いやあ、さすがですね。危うく死んでしまうかと思いましたよ」


 そう、にこやかに言ってのけた。



   ●



「それにしても先ほどの攻撃、とっさにしては良い考えでしたよ。実在しないはずの空飛ぶ絨毯を短時間で呼び出した集中力もさることながら、上空で大質量の物体を創り出すことで運搬の手間を省き、さらには重力までも味方に付けた文字通り『重い』攻撃……。僕が『人知を超えた強靭な肉体』で応戦していなかったら、僕は人の形を保っていられなかったでしょうね。……ただ問題点としては、強力な一撃に満足してしまい、追撃の手がおろそかになってしまったことが挙げられます。ただでさえ砂煙が立って視界が悪くなる攻撃なんですから、それを避けた僕がそれに乗じて貴方に襲い掛かる可能性を考えておかないのは、はっきり言ってうかつ以外の何物でもありませんよ。そうは思いませんか? 『様々な乗り物に乗りたい』の温泉(ぬくいずみ) 流行(はやり)さん?」


 電車を一両ぶつけられてもなお、何事もなかったかのように己を評価するその少年を見て、絨毯上の少年――流行は顔をゆがめる。

 そして砂煙がだんだんと薄くなっていき、少年が右手で持っているモノが何であるかということに気が付き、流行は顔色を変えた。



 それは、一人の人間だった。



 完全に気を失っているのか、力が全く感じられないその男の頭を、少年は鷲掴みにしている。

 小柄な少年では、平均的な高校生ぐらいあるその男をしっかりと持てるわけも無く、浮いているのは腰から上あたりまでであり、足の大部分は地面に引きずられるようになっている。

 少年は流行が自分の持っているモノに注目しているのに気が付いたのか、カバンでも掲げるように自分の胸のあたりまで男の頭を持ち上げると、


「その点この人――『刀剣類を扱いたい』の黒鉄(くろがね) 御縁(ごえん)さんは申し分ありませんでした。何せ、電車が地面に激突した瞬間に空に浮かぶ数字が減っていないのを見て僕の生存を知り、迷うことなく刀を出して切りかかってきましたからね。しかも攻撃の手を一切休めることなく、僕が彼の剣を一本無効化する間に二、三回切りつけてきましたからね。彼自身を無力化するのは少々骨でしたよ」


 そんなことを言うその少年の背後には、何本もの刀や剣が転がり、刺さり、折られていた。


「あの短い時間で、ざっと五十四種類ほどの攻撃を放たれてしまいました。見た目ではわかりづらいかもしれませんが、そこに転がる刀剣類の一本一本に素晴らしくおぞましい能力が付加されています。……いやあ、ちょっとでも対応を間違えていれば僕と彼との立場は変わっていたでしょうね」


 そんなことを言いながら、少年は掲げた御縁の体を小石でも投げるように放り投げた。

 空中を放物線を描いて飛んでいく御縁の体は、この広い空間の隅の方に落ち、転がされる。

 その場所には、他にも彼と同じように横たわっている人間が二人いた。

 一人は麦わら帽子と共に誰かの服の上に寝かされている水色のワンピースを着た中学生ぐらいの髪の長い女の子であり、もう一人は御縁と同様に乱暴に転がさせられたと思われる白いシャツを着たガタイのいい高校生ぐらいの男だった。


「僕がここにきていろいろと話をしている時にいきなり突っ込んできた『獣の力を得たい』の一足(かずたり) 九十九(つくも)さんと比べれば、かなり上出来です。きちんと僕の話したことも利用していましたしね。……まあ、僕が現れてすぐに気絶してしまった『未来を知りたい』の薬師(くすし) 咲実(さきみ)さんとは比べようもありませんが……」

「……てめえ、何のつもりだ? いきなり俺たちの前に現れたかと思えば、俺たちに能力の使い方を教えたり、この場所を広げて広場を作ったり、外に音が漏れないように結界とかいうのでこの場所を覆ったり……。いったいてめえは何者だ……?」


 流行のその問いに、少年は『またその質問ですか……』と呆れたようにつぶやいて、


「……先ほど出会ったときにも言いましたが、僕の名前は神夜(かみや) 弐式(にしき)――」


 一息入れ、言う。




「――神です」



   ●

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