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大罪のゲーム  作者: 辺 鋭一
第一章
12/25

『想像力は創造力である』

   ●



 音色さんの口から吹き出された黒い液体は、寸分たがわず僕の方に向かってくる。

 結果、僕の視界は黒い液体で埋め尽くされることになり――



「――汚いですね」



 そしてすぐさま拒絶によってはじかれ、黒い液体は僕の背後に受け流された。

 一応無事ではあるものの、やったことがやったことなので音色さんに文句を言おうと思ったが、あまりの驚きで気管に液体が入ったのか激しくむせている。ざまあみろ。

 とりあえずその光景を携帯のカメラでパシャリと撮影・保存してから、事の発端となった黒い液体について明君に話を聞いてみることにする。


「……明君、彼女に渡したのは何ですか? 僕的にはコーヒーに見せかけた醤油だと思うんですが」


 明君は僕の流れるような動きを見てなぜか苦笑していたが、僕の問いに笑って答える。


「あははぁ、それはないよぉ。ネイロちゃんに渡したのはぁ、正真正銘ボクが飲んでいた物と同じものだからねぇ。いくらボクでも醤油の原液を飲んだりはしないよぉ?」


 『まぁ、醤油ラーメンとかうどんとかの汁は飲むけどねぇ』と明君は続け、


「ヒロシくんも飲んでみればわかると思うよぉ。別に体に悪くもまずくもないからぁ、一口飲んでみてよぉ」


 そう言って差し出されたのは、博君が先ほどまで飲んでいて、音色さんが噴出した物と同じ黒い液体の入ったグラスだ。


 ……音色さんも、苦しんではいるが生きている。何より、この段階で僕たちに危害を加える意味も利点も無い。それに、明君が出した物ならば少なくとも彼自身は『飲みたい』と思える物のはずだ。なら、大丈夫だな……。


 そう考えてグラスを受け取り、口をつけ、飲む。

 さすがに音色さんの二の舞にはなりたくなかったので、ほんの一口にも満たない量を口に含み、転がす。

 その瞬間に口の中に広がったのは、ほのかな甘み、そして清々しい酸味とみずみずしく心地いい香りだった。目を瞑って色を見ないようにすれば、これは――


「――林檎のジュースですね? しかも、濃縮還元ではなくストレート。長野産のふじりんごと見ました!!」

「そこまで考えて作ってないからぁ、本当にそうなのかはボクにもわからないけどぉ、林檎ってところは正解だよぉ。さすがヒロシくんだねぇ」

「いえ、僕も産地と銘柄は適当に言っただけですから、気にしないでください」


 ともあれ、事の真相は分かった。

 おそらく音色さんは、コーヒーだと思って一気に飲み干そうとしたはいいが、感じたのは林檎の甘味であり、それに驚いて吐き出し、むせたのだろう。ほんとに馬鹿だ。

 そんな些細なことはともかく、気になることがもう一つ。それは――


「――どうして林檎ジュースが真っ黒なんですか? 飲んでみた感じ、特に何かが混ざっているようにも思えませんが」


 そう、いくらなんでも林檎のしぼり汁がこんなに黒いわけがない。

 かといって、味は正真正銘の、砂糖すら入れられていない文字通りのストレートの物だった。

 味と見た目が全くかみ合わない。こんなものをどうやって作ったというのだろうか。皆目見当がつかない。

 その疑問に、明君は得意げに笑って、


「……他にもぉ、こんなのもあるよぉ?」


 と、今度は無色透明な液体の入ったグラスを差し出してきた。

 どう見ても水にしか見えないが、わざわざ出してきたからには意味があるのだろう。

 そう思い、僕は受け取った少し暖かい水を一口含み、転がした。


 ……これは――!!


 食欲をそそる塩気、濃厚な油分、そしてこの特有の旨みは――



「豚骨スープ、ですか……?」



「うん~、大正解ぃ」


 そう、僕が今飲んだ液体は、口当たりこそ水のように滑らかだったがその味は濃厚で、さらには淡白な見た目からは想像できないほどの油と豚の香りが漂ってきていた。

 正直言って、目の前の物体が現実の物とは思えない。

 無色無臭の水が、口に含んだ瞬間に濃厚な味と香りを放つなんて、矛盾もいいところだ。


「……いったい、どんなトリックですか?」

「――そうよ、説明しなさいよ!!」


 先ほどまで苦しんでいた音色さんは、やっと復活したのか明君の胸ぐらをつかんで揺さぶりだした。


「林檎ジュースがあんなにどす黒いわけないでしょ!! 墨を混ぜたにしては特有の苦味も匂いもねーし、明らかにおかしいだろ!? たわけたことさえずってると引き絞るぞコラァ!!」


 音色さんはどんどんヒートアップし、言葉使いもどんどん荒々しくなっている。

 それに伴い明君の胸ぐらをつかむ力も強くなり、体を揺さぶるテンポも上がっていく。

 さすがの明君もこれにはたまらないようで、笑顔は崩さないまでも顔色が悪い。首が締まって酸欠になりかけているのだろう。

 これ以上は明君にとってもまずいし、何より話が進まなくなる。

 なので、僕は音色さんに対して説得を試みることにした。


「落ち着いてください(ダーク)音色さん。その辺にしておかないと、解答が聞けません」


 だが、僕の言葉は音色さんの耳には届いていないようで、ガックンガックン明君を揺さぶりながら、聞くに堪えない罵詈雑言を吐き続けている。


 ……いっそ殴ってしまおうか……?


 一瞬楽な方に流れてしまいそうにもなったが、さすがにそれはまずいだろう。カッコ笑いカッコ閉じが付くとはいえ、仮にも女性を殴ってしまうと社会的地位が危ぶまれる。

 こんな非現実的なゲームの中とはいえ、友好的な関係を築いていきたい第三者(あきらくん)がいる前で、その行動は避けておきたい。なるべくは。


 なので、もっと平和的な手段をとることにする。

 それを実行するために、僕は今だ暴れ続ける音色さんに近寄り、耳元に顔を寄せると、ぼそりと呟く。



「……ショートケーキ」



 その瞬間、音色さんの動きがぴたりと止まる。


「チーズケーキ、チョコレートケーキ、モンブラン、フルーツタルト、アップルパイ、ロールケーキ、ミルフィーユ……」


 僕が一言呟くたびに、音色さんの体がビクリと震える。正直言ってかなり楽しい。


「甘酸っぱいイチゴ、真っ白なクリーム、たくさんのフルーツ、サクサクのパイ生地、ふかふかのスポンジ……」


 言葉を重ねるたびに、音色さんの震えは勢いを増していく。


「……さて、ここで問題です。あなたの大好きな物を作り出せるのは、この中で誰でしょうか……? そして、それをあなたが食べるために、今あなたがすべきことは何ですか……?」


 僕が言葉を放ち終えた瞬間、音色さんは震えをぴたりと止め、腕からゆっくり力を抜いて明君を下し、胸ぐらをつかんだことによって乱れた明君の服を整えながら、


「大丈夫ですか、明さん? どこかお怪我は有りませんか?」

「みごとな変わり身ですね。というか元凶が何言ってるんですか。……それはそうと、本当に大丈夫ですか、明君?」

「うん~、ちょっとふらふらするけどぉ、大丈夫だよぉ」


 やっと解放された明君は若干苦しそうな笑顔ではあるものの、意識ははっきりしているようだ。


「そうですか。それではさっそくですが、先ほどの飲み物二つの種明かしをお願いします」


 どこかのバカのせいで真相を明かすのが遅れてしまったが、疑問をさっさと解決しておきたい僕は明君に説明を促す。

 口には出さないものの、そのことは音色さんもかなり気になるようであり、明君に真剣な目を向けている。

 僕達二人の視線を受け、明君は申し訳なさそうに笑いながら、


「『種明かし』って言ってもぉ、大したことをしたわけじゃないんだぁ。ボクはただぁ、『黒い色の林檎ジュースがあったらなぁ』とかぁ、『水みたいな豚骨スープが飲んでみたいなぁ』って考えただけだからねぇ」


 明君のその言葉に、僕たちは眉を顰める。


「はぁ? じゃあどうして林檎ジュースが真っ黒なのかはわからないってこと? そんなの、ありえないでしょう? ちゃんと説明しなさいよ」

「説明って言ってもぉ、本当にそれだけなんだってばぁ。ボクもなんでこんなのが存在するのかなんて理解できてないよぉ」


 言いあう二人を尻目に、僕は思考を進める。

 明君の言葉と起こった現象、そしてこのゲームのルールを踏まえて考えると……


「……そのように、望んだから……」

「……何か言った?」


 呟くように言った僕に、音色さんが反応を示してきた。

 とりあえず、先ほど思いついた仮説を広げてみることにする。


「このゲームが始まる前に、神が言っていたことを覚えていますか?」


 曰く、『この空間では、キサマ等が常日ごろから思っていた望み、その中でも特に強いものが現実になる』。

 重ねて曰く、『この世界においては、思いこそが力であり、つまりは想像力が創造力になる』。

 これらのセリフから考えられるこのゲームの法則とは――



「このゲームでは、能力の種類はその人の欲望で、その強さや発現の仕方はその人の想像力で決まるんです」



 僕の説に、明君は不思議そうに笑いながら首をかしげ、音色さんは眉を顰める。


「随分と断定的に言うわね。根拠はあるの?」


 音色さんの疑念ももっともだが、僕にははっきりとした確証がある。

 それは、僕が今まで疑問に思っていたことでもある。


「音色さん、貴方の能力がただ『銃を出す』だけの物ならば、明らかにおかしいところがあります。同様に、明君の『食べ物を出す』能力についても、矛盾が出てきます」


 それは――


「まず、音色さんですけど……、あなたの戦い方は、本来ならありえないものなんです」

「ありえない、って……。何言ってんのよ。現に貴方達戦ったときだって、貴方の能力が無かったら――」


 そう、確かに僕の拒絶が無かったら、あの高密度射撃によって僕と明君は蜂の巣になっていただろう。

 だけど――


「――僕達に対して、あの密度での攻撃が出来る時点でおかしいんですよ。銃の重さや撃った時の反動なんかを考えれば、何の訓練もしていない女子高生の細腕であんなに何発も撃てるわけありませんし狙いも滅茶苦茶になります。最後の方で使ってた散弾銃の二丁拳銃とかなんてのは、もちろん論外です」


 普通の銃でさえも、何の訓練もしていない一般人が撃てば反動で狙いはぶれるし、狙った場所に連続で当てる事なんかできるわけがない。

 それに、いくらクレー射撃をかじっているからと言って、散弾銃なんてのは二丁拳銃で扱っていい銃ではない。


「次に明君についてですが、……彼は明らかに食べすぎなんですよ。いくら食べ盛りの男子高校生だからって、限度があります。……ああもちろん、食べ過ぎが云々って話じゃなく、肉体の構造的な限界の話です」


 思えば、最初に僕と明君が出会った時も、明君は明らかに食べきれるはずがない量の料理をほぼ一人で食べつくしていたし、それにもかかわらず、直後の過激な戦闘(うんどう)でも調子を崩すようなことはなかった。


「わかりますか? ただ『食べ物を出す』だけ、『銃を出す』だけの能力では今のこの状況は作りえないんですよ。……だから僕は、『このゲームにおける能力とは、僕たちが思っているような単純なものではない』、と結論付けました」


 その考えまでたどり着けば、あとは簡単だ。


「ならば、この能力の本質は何なのか? ……答えは、ゲーム開始前に変な(ひと)が全て教えてくれていました。曰く、『想像力は創造力である』と」

「……聞いただけだと意味わからないわよね、それ。つまりはどういう事よ?」


 まあ確かに、読み方は同じですからね。

 閑話休題まあそんなことはどうでもよくて 



「このような結果が起こったのは、貴方たちがそんなふうに考えたからです」


 明君は、食べ物を食べ続けている自分を。


 音色さんは、銃を撃ち続けている自分を。


 僕は、嫌いなモノを寄せ付けない自分を。


「どの場合も、都合の悪いことは一切考えず、最高の状態のみを想像していました。だから、本来ならば障害となって立ちふさがるはずの『当たり前の事』が起こらなかった。食べ物はいくらでも食べられるし、銃は反動なんかを気にせずにいくらでも狙った場所に撃ちこめる。良くも悪くも、思った通りの事しか起こせない。このことから、この世界のルールがわかってきます」

「ルールぅ? なんだか一気にゲームらしくなってきたねぇ……」

「……確かにそうですね。まあ、それでも生き残るためには重要なことですから」


 さて、と僕は深呼吸を一つして新鮮な空気を肺にいれてから、


「この世界では『望み』が即『結果』につながります。それらの間にどんな物理的不可能があったとしても、それぞれに与えられた能力(よくぼう)の枠を超えない限りにおいては、『望み』はそのままの形で『結果』となって現れるようです。つまり、このゲームで生き残るためには能力の有用性と共に、想像力も必要になってくるんです。想像力の壁が、そのまま本人の能力の限界になってしまう。最初にあの(ひと)が言っていた、『想像力が創造力になる』というのはこういうことです」


 さて、ここで一つ実験をしてみよう。


「……ところで明君、大丈夫ですか?」

「……? 大丈夫ってぇ、なにがぁ?」


 笑いながら首をかしげる明君に、重ねて問いかける。 


「能力を使い過ぎじゃないですか? 今までは自分で出して自分で食べていたから良いものの、今は僕や音色さんに分け与えているじゃないですか。物理的な保存則から考えて、明君の中の何らかのエネルギーが消費されているのは明白です。ゲームで言えば、MPとかSPとかを回復せずに消費し続けている状態ですよ。自分で出して自分で食べる、と言う循環が崩れつつある今、明君の体に何か変化は有りませんか?」

「……そう言えばぁ、なんだか体が怠くなってきたようなぁ……」

 

 そう言うと、明君は力なく笑いながらソファーの背もたれに体を預けた。

 だんだん息も荒くなってきて、額には汗が浮き始めている。

 先ほどまでは平気な顔をしていたのに、だ。


「……ちょっと、本当に大丈夫なの? ものすごくつらそうだけど……」


 さすがの音色さんもパフェを食べるのを止めて心配するほど、明君の顔色は悪くなってきていた。

 その光景を見て、僕の考えは正しかったのだと確信する。


「……大丈夫ですよ、調子が悪いのは気のせいですから」

「「――え?」」


 僕のその言葉に、音色さんと明君が驚いた(明君は半分驚き、半分笑った)顔を向けてくる。


「……気のせいって、どう見ても思い込みとか演技とかじゃない憔悴の仕方よ?」

「その原因の半分は貴方が甘味を馬鹿みたいに食べたのが原因です。反省してください」



 ほら、壁に向かって立って……、そう、そのまま壁に手をついて、うなだれる様に頭を下げて……、はい、少しそのままで――(パシャ)――はいOKですありがとうございました座って頂いて結構です。



「……さて、話の続きですが、明君が今苦しそうにしているのは明君自身が自分の能力にそのような定義付けをしたからです」

「……定義付け? どういう事よ?」

「さっき言ったでしょう? 『望み』はそのままの形で『結果』となって現れる、と。これは裏を返せば、その人にとって不利な想像であっても、結果として反映されてしまうということです。今回の場合は、明君が『食べ物を出すと体の中の何かが消費される』という新しい条件を想像してしまったためそれが結果として現れ、憔悴してしまったと言う訳です。だから、『いくら食べ物を体には何の影響もない』としっかり思えば、元気になるはずです」


 僕の言葉を聞いて、明君は目を瞑って何かを考えるようなしぐさをする。

 そして、少ししてから体を起こすと僕の方を見て笑い、


「本当だぁ、今までつらかったのがウソみたいに消えちゃったぁ!」


 その光景を見ていた音色さんは、顎に手を当てて何やら考えている。


「……ちょっとでも具体的な想像をして、それが欲望の種類に合致していれば、問答無用で現実に反映されてしまうのね……」

「そうです。つまり、想像力次第で能力にいろいろな条件や設定を付加できるんですよ。これが、想像力の限界が能力の限界となる、ということです。ちなみにこれは音色さんにも当てはまりますよ。さっきまで『反動を無視した射撃が行える銃』なんて非現実的なものを創っていたんですから、もっとありえないモノ――たとえば『撃った物を問答無用で破壊する弾丸を放つ銃』だとか、『爆発して辺り一面を焼き払う弾丸を放つ銃』なんてのも創れると思います。……まあ、しっかり想像しないと僕達まで巻き込まれるので、今はまだ創らないでほしいですけど……」


 爆発の範囲とかを具体的に想像しておかないと、このゲーム会場全体が焼き尽くされたりしかねない。

 しばらくはアイデアを出してはテストを重ねるという日々が続くだろう。

 願わくば、その間に敵と出会うことが無いようにしたい。


「……つまり、『大砲の弾が出る拳銃』なんてのも作れるのね……」

「今ここで出すのはやめてくださいね? 絶対ですよ? フリじゃありませんからね?」


 そんなものを出されたら、せっかくの隠れ家から出ていかなければならなくなる。

 ただでさえ派手な武器を使う音色さんだからこそ、能力の行使には慎重にならざるを得ない。


 ……その対策も、考えなきゃな……。


 理想的なのは防音施設の中でテストを行うということだが、そうそうそんな施設があるわけもない。

 かといって何のテストも無いまま行うのは論外だ。一度試してみれば視覚的に確認できるので二回目からの発動も楽になるだろうし。


「それと、当然これにも落とし穴、と言うか注意すべき点があります。想像と言うのは頭の中で行われる不確かな物ですので、さっき僕がやったみたいに、話術によって相手を揺さぶって不利な想像を受け入れさせ、自爆させることも可能なんです」


 正直、『もしかしたらできるかなぁ』と言う程度の認識で行ったものなのだが、同盟を組んだ者同士であるという補正の為か本人の気質の為か、予想以上の効果を発揮してくれた。

 さすがに警戒している敵に対して『揺さぶり』を行うのは骨が折れるだろうが、もし効かなくても相手が使ってくることに対しての警戒は行えるため、知っていて損はない技術ではある。


「音色さんの場合、さっき僕が言った反動や重さなんかの他に、命中精度や薬莢詰り(ジャム)なんかについて揺さぶられた場合、受け入れちゃう可能性がありますので注意してください」

「……なんで貴方はそんなにポンポン考えが浮かぶのよ……?」


 これから先起こるであろう事象に対して注意を呼びかける僕に、音色さんが呆れたような顔で言う。

 そんなこと言われても……


「……こんな状況ですし、いろいろ考えるのは当然だと思いますけど……?」

「それにしたって異常よ。普通なら混乱して考えがまとまらないのがあたりまえだし、そんなルールの裏をかくような戦法だって思いつかないわよ。そういうのはもっと物語の終盤に出てくるものでしょう?」

「そんなこと言われても思いつくものは仕方ないでしょう。なんでか知りませんけど、集中しようとすればいくらでも集中できちゃうんですよ。それに――」

「……それにぃ?」



「……人の裏をかくのって、楽しいじゃないですか。他の人が考え付かなかった方法で、しかも規則には引っかからないやり方で、その空間をひっかきまわして滅茶苦茶にしてボロボロにして有耶無耶のうちに僕が勝つ……。――なんかこう、グッとくるモノがありませんか?」



「「……………………………………」」


 あれおかしいな? この場面なら『そうそうそうだよね!!』みたいに意気投合できるはずなのに、なんでこの二人は『コイツは……』みたいな顔で僕を見てるんだろう……?


「……まあいいわ。そんなことより、わたしたちはこれからどう動くべきなのかしら?」

「とりあえずはそのバケツパフェを片付けてください。集中して話を聞ける体制をとってから話を始めますから」


 そう言われて手元の獲物(パフェ)が半分ほど残っているのを思い出した音色さん(けだもの)は、急いでバケツの中身を蹂躙していった。



   ●



 バケツの中身をきれいにして満足げな音色さんを見下(みくだ)しながら、僕はこれからの事を提案する。


「まずこれからの予定――というか方針ですけど、基本的には逃げ続けます」

「……まぁ、バトルロイヤル系の戦術としては妥当なところだよねぇ。それでぇ、基本的に逃げるってのはわかったけどぉ、じゃあ応用的にはどうするのぉ?」


 明君は先ほどのダメージから完全に回復し、いつも通りの笑顔を向けてきている。なぜか少し心が痛んでくるが、気のせいだろう。


「私との戦いの後の言葉から察するに、積極的に戦うつもりはないんでしょう?」


 さすがの音色さんも、この時ばかりは真面目になってくれている。いつもこうならいいのに……。


「ええ、今後も非戦の方針は貫きます。どこまでいけるかはわかりませんが、少なくとも今はわざわざ他の人たちをつぶして回るなんて真似はしません。ですが、降りかかる火の粉を払わずに済むほど甘くないということは、先ほどの音色さんとの戦いで十分理解しました。なので今後は『戦力を確保しつつ逃げ続ける』という形で動いていこうと思います」


 こちらが非戦を貫いたとしても、相手が戦いを望む場合は戦いを避けられるかはわからない。

 僕の能力ならば相手の事を一切気にせず籠城できるだろうが、それでも油断はできない。

 今後、どんな能力者が現れるかわからないからだ。

 ならば今は、来るかもしれない事態に備えて準備を進めることが第一だ。


「……戦力の確保、って言ったって、具体的にはどうするのよ? 仲間でも集めるの?」

「それも可能なら行いますが、かなり絶望的だと思っていて下さい。そうでなくてもこのゲームは自分以外は全員敵(バトルロイヤル)なんですから、下手をすれば爆弾を抱え込むことになりますからね」

「じゃあ、ボクたち自身の強化ってことぉ? でもぉ、今から何かやって間に合うのぉ? 筋トレなんかしたって効果が出るのはだいぶ先だしぃ、それ以前に能力を使われたらそんなの意味なくなるよぉ?」

「その通りです。下手なことしたって付け焼刃にしかなりません。はっきり言って無駄です。なので、僕たちは能力を強化したいと思います」

「……それこそ経験値稼ぎじゃないの。能力の強化なんて、地道にどんなことができるかやっていくのが定石でしょう? 短時間で劇的な変化なんかあるの?」


 まあ確かに、普通のゲームだったらその通りだ。

 だが――


「先ほども言った通り、このゲームにおいての強さは『欲望の種類』と『想像力』のみで決まります。この内、欲望の種類については変更のしようがありません。もしかしたら何らかの手段があるのかもしれませんが、現状でその手段がわからない以上、その手は無いものとして考えていきます。なのでこれは無視します」

「じゃぁ、強化できるのは想像力だけってことになるよねぇ? でもぉ、それこそ今までの人生の中ではぐくまれるものであってぇ、すぐにどうこう出来る物じゃないと思うけどぉ?」

「そうよね、今まで過ごしてきた中でどれだけ想像力を働かせてきたか、っていうある種の才能みたいなものなんだから、今すぐに鍛えられる物じゃないわよね?」


 確かに、二人の言っていることは正しい。

 想像力なんてものは、要は今までどれだけ連想ゲームをしてきたかによって決まるもので、そのためには様々なジャンルの知識が必要だ。

 だけど、今はそんなの関係ない。


「誰が想像力を鍛えるなんて言いました?」

「「……は?」」


 僕の言葉に、またもや二人は混乱したように困った顔を向けてくる。

 まあ、明君は半分笑っているけど。


「確かに、想像力を一から鍛え直すのはこの短期間では不可能です。――でも、鍛えることは難しくても、補ってやるのは簡単でしょう? 無から何かを生み出すのは大変ですけど、材料さえあれば、あとは組み立てるだけなんですから」

「そ、そうかもしれないけど、じゃあその材料はどこから手に入れるのよ?」


 本気で言っているのだろうか?

 そんなもの、あそこに行けばいくらでも転がっているのに……。


「ある場所に行けば、そんなものはいくらでも手に入りますよ。運よく、この建物の中にその場所は有りますからね。あとはどれだけ時間を稼げるか、という運任せになりますけど……」

「ある場所ぉ? それってぇ、どこぉ?」


 あれ? 明君もどこだかわからないのだろうか?


「そこは、知識の宝庫であり、様々な想像の結晶が集う場所……。そして、僕の大好きな場所でもあります」


 それは――





「――本屋ですよ」




   ●

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