夢を見続けるのはやめなさいな
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僕達が三人で一列になって次の潜伏場所を探しながら歩いていると、先ほどまで僕たちがいた建物の方角から大きな音が聞こえてきた。
その、『ナニカ』が叫ぶような音は、僕たちの背中を押し、足を速めるのに十分な効果を示した。
そしてその十数分後、僕たちは運よく誰にも見つからずにたどり着いたそこそこ大きなデパートらしき建物(看板に書いてあった名前は『神越』。あの神はどこに喧嘩を売る気なのだろうか……)に飛び込んだ。
その建物は、地上四階、地下一階の五階層で構成されており、地下の食料品売り場をはじめとして、日常品売り場、紳士・婦人服売り場、レストラン、医薬品売り場、書店、玩具売り場などなど、一通りの施設がそろっているようだった。
……屋上に遊園地があるのはやりすぎだと思うけど……。
ともあれ十分な広さも障害物もあることだし、場所によっては暴れまわれるような空間もある。これ以上の隠れ家は無いだろう。
問題としては『かなり目立つ』という物が挙げられるが、『こんな目立つところに誰かが隠れているとは思わないだろう』という意見を採用することになった。
そんなわけで、僕たち三人はひっそりと息をひそめて――
「ああ、明くん。このモンブラン、もう少し甘いほうが良いわよ?」
ひっそりと息をひそめて……
「そう~? それじゃぁ~、……こんな感じでどうかなぁ?」
息を……、ひそめて……?
「(パクッ、モグモグ、ゴクン)……そう、こんな感じよ! さすがね明くん!!」
……うん、そろそろ現実に目を向けようか。
「音色さん、なんで僕たちは殺し合いゲームの最中にレストラン内でケーキをぱくついているんですか? そして明君も、餌付けはほどほどにしてください。飼育する気もないのにそういうことするのは無責任ですし、近所に迷惑も掛かります。さらには餌をもらえると学習して生活能力も低下しますし、その環境に甘えてつけあがるだけです。するんだったら何か芸ができるようになってからにしましょう」
「とりあえず貴方が私を人間扱いしてないのはわかったわ。そして、どうして今この状況でケーキを食べているかという問いの答えだけど……、『甘味は人の心を惑わせ、しかしとろけさせる魔性の華である』、というのはどうかしら?」
音色さんは意味ありげなほほえみで見苦しい言い訳を口走るが、
「詩的なこと言ったってごまかされませんよ、音色さん。あなた文句を言いつつも全部食べきってますよね? どう考えてもいろいろな味のケーキを食べたいがための言い訳にしか聞こえませんよ?」
図星だったのか、『そ、そんなことあるわけないじゃない!!』とツンデレモードになった音色さんを華麗にスルーして、僕は周囲の警戒を続ける。
……この二人が役に立たない今、僕だけでもしっかりしていないと……。
今僕たちがいるのは、デパートの中にあるレストランの中だ。
その内装は、ネクタイなしでの入店を断られるような格式高い高級なものではなく、ごく普通のファミレス程度のモノだ。
僕たちは今、その一角に座っている。明君、音色さんの2人が並んで座り、僕はそれに向かい合うように座っている。
各々のテーブルには紙ナプキンの入った箱(本来ならお勧めのメニューが書いてあるスペースには神の写真が印刷されている。ちなみに上半身裸でサイドチェストのポーズを決めている。ナプキンだけ抜いて問答無用で投げ捨てた)やメニュー(同じく神の写真集だった。不愉快だったのですべてのテーブルのメニューを集めてキッチンのコンロで焼き尽くした)、呼び出しブザー(ためしに押してみたところ、『誰か来ると思ったか? 残念、我だ!!』という音が流れ、その瞬間に音色さんによって撃ち抜かれた。 グッジョブ)等々一揃い置いてある。
……見た目はまともなんだよな。見た目だけは……。
ともあれ食事をするだけならば何の問題もないので、音色さんの強い要望もあって『これからの対策会議』を行うことになったのだが……。
……始まって数分でただのお茶会になったな……。
真面目に話していたのはごくわずかで、たった数分間の『お預け』にも我慢できなかった音色さんの『ケーキ食わせろ!!』の一言&銃による脅しにより仕方なくケーキを出したところ、ものすごくうれしそうにパクつき出した音色さんが会議に役立たなくなり(食べている最中に話しかけると『あ゛ぁん?』と凄んでくる。話し合いなどできるわけがない)、あまりにもおいしそうに自分の出した物を食べる彼女に明君の何かが刺激されたらしく次から次へとリクエストに答え続け、先ほどまでずっと餌付けタイムが続いていた。ちなみに今も続いている。
「うん! このモンブランは最高ね!! さて、次は……、チョコレートパフェを出してくれる?」
「うん、良い――」
「――そこまでにしてください。もう十分食べたでしょうし、そろそろ話を続けましょう」
調子に乗った音色さんは、ついにケーキというくくりすら乗り越えて厚かましい注文をし始めた。それにこたえようとした明君だが、際限がなさそうなので止めに入った。
「あぁ、うん、そうだねぇ。そろそろ終わりにしようかぁ」
僕の言葉に明君も我に返ったらしく、パフェが出されることはなかった。だが……、
「グルルルルルル……!」
その代償として、音色さんがおかしくなった。いや、もともとおかしかったけど、さらにおかしくなった。
「……お願いですから人間の言葉で意思疎通を図ってください。うなっているだけでは何が言いたいのかさっぱりわかりませんよ?」
「フシャーーー!!」
……ダメだ。この人(?)はもう駄目だ……。
もはや一匹の獣と化した音色さんに、僕は頭を抱えながら明君に言う。
「……明君、音色さんにバケツパフェを出してあげてください。そうすればしばらくの間はおとなしくしてるでしょうし……」
「うん、わかったよぉ。はい、どう……ぞぉ!」
『ドスン』という音と共に、音色さんの目の前に置かれたのは、鉛色のバケツに入ったパフェだった。
直径30センチ、高さ40センチほどのバケツの中には、クリームやチョコ、アイスや焼き菓子、色とりどりのフルーツが芸術的に並べられている。
それを見た音色さんが目を輝かせると同時に、彼女の前にスプーンが差し出される。
「……さぁ、めしあがれぇ」
GOサインが出され、一匹の獣が獲物に飛び掛かっていった。
欲望が叶えられたことにより理性が戻ったのか、しっかりと行儀よく食べているのが何とも癪に障る。
……何とも嫌なお茶会になったなぁ……。 まあ、帽子屋がいるようなお茶会よりは数倍ましなんだろうけど……。
ともあれ、一時とはいえ平和が戻り、僕は一息つくことにした。
「明君、すいませんが僕にも何か甘い物と紅茶をお願いします。……なんだかどっと疲れました……」
そう言う僕に、明君は苦笑しながらイチゴのミルフィーユの皿と紅茶のカップを差し出す。
「あはは……、お疲れ様ぁ。はい、どうぞぉ」
礼を言いながらそれを受け取り、ミルフィーユを一口含む。
程よい甘さと酸味が口の中に広がり、そこに紅茶を流し込むことによってさわやかな香りと清々しさが体中にしみこんでくる。
疲れた頭と体には最高のご褒美だった。少々不本意だが、音色さんがここまで夢中になるのもわかる気がする。
「……とてもおいしいです。ありがとうございます、明君」
「あはは~、どういたしましてぇ」
最高のケーキと明君の朗らかな笑顔に癒されていると、パフェの三分の一程を片付けた音色さんがスプーンを止め、僕の方を見ているのに気が付いた。
緩んだ顔を見られたのは少々ばつが悪いが、特に気にせずに『何ですか?』と尋ねると、
「どう? 良いでしょうこの子。嫁に欲しくない?」
「なに馬鹿なこと言ってるんですか。いくら明君がつくすタイプで気配りもできて嫁として理想的だからと言って、性別の壁を越えない恋愛をする気はありませんよ。妙なこと言ってないで今後についての事を少しは考えてください。それができないのなら、そのパフェを静かに食べていてください」
僕の淡々とした答えに少し面白くなさそうな顔をして、音色さんは続ける。
「あら残念。後輩たちのために資料を集めておきたかったのに……」
その不穏な言葉に、僕は思わず確認を取った。
「……資料ってなんですか?」
その問いに、音色さんは涼しい顔で答える。
「後輩たちが趣味で書いてる男同士の掛け算を行う創作物の資料よ」
「そんなものに僕たちを巻き込まないでください! ていうかあなたの後輩たちは何をやってるんですか!?」
予想通りというか、当たってほしくなかった予想が大当たりしてしまい思わず叫んでしまった。
その叫びに、音色さんは『何を言っているんだ』というような呆れ顔で返す。
「何をやっているも何も、女子校なんだからそんな趣味の子たちがいたっておかしくないでしょうに。いつまでも女の子に夢を見続けるのはやめなさいな」
「できるなら聞きたくなかった真実ですね……」
そんな話をしていると、自分の分のケーキを食べていた明君が何かを思い出したように『ぽん』と手を叩き、音色に尋ねた。
「ねぇ、ネイロちゃんの通ってる学校ってぇ、確か聖神女学院って言ってたよねぇ? そこってぇ、『石を投げればお嬢様に当たる』っていうくらいのぉ、超お嬢様学校だって聞いたことがあるんだけどぉ、本当なのぉ?」
……ああ、そういえばそんな話をしてるやつがクラスにいたなぁ……。
その男がクラスメイトに熱弁をふるっているのを聞くともなしに聞いていたことがある。
それによると、僕の通っている高校がある場所の隣町にある『私立聖神女学院』とは、幼稚園から高校まで一貫の学校で、そこに通うのは生まれながらのお嬢様ばかりであり、レベルの高い女子がわんさかいる、とのことだった。……だが、
「明君、良く見てみましょうよ。僕たちの目の前にいるのも聖神女学院の生徒ですよ? この人がお嬢様に見えますか?」
「……うん~、そうだねぇ。結構近所の学校の事なのにぃ、噂に尾鰭がついてぇ、独り歩きしちゃったのかなぁ?」
「人の顔見て随分な事言ってくれるじゃない。ぶち抜くわよ? 私はこう見えても金乃宮財閥の長女、立派なお嬢様よ」
音色さんは顔をひきつらせながらそう言うと、不意に力を抜いてから、
「でもまあ、『石を投げればお嬢様に当たる』っていうのは間違いね。……正確には、石を投げても生徒の親が雇ったボディーガードに当たって、投げた人は学園私設警備隊に捕まると思うわ。捕まったらどうなるかは知らないけど」
その言葉に、今度は自分の顔が引きつるのを感じる。
「妙にリアルで嫌な話ですね。……そう言えば、以前クラスメイトが他校の生徒数人と聖神女学院にナンパに行ってから行方不明になって、その一週間後に帰ってきたことがあります。女性に怯えるようになってましたけど」
あれほど『ナンパナンパ』とうるさい男だったのだが、帰ってきたら仲の良かったクラスの女子とも話せなくなっていた。話そうとすると拒絶反応が起こるらしい。
その話を聞いて音色さんは少し考えながら、
「そう言う人は結構頻繁に来て黒服たちに連れて行かれてたけど、そう言えば同じ顔の人を二回以上見かけたことはなかったわね……」
「……黒服の人たちの処置が合法的な物だったことを祈りましょう……」
これ以上この話題について話していると気が滅入りそうになるので、このあたりで切り上げることにした。
その後、話し終えた音色さんはパフェに集中し始めた。
幸せそうにパフェをほおばる音色さんを見て、明君はやり遂げたような表情をしている。まるで、一仕事終えて満足げな職人のような顔だった。
……まあ、パティシエとしてだったら立派なものなんだけどね。反則技を使ってるけど。
当の明君は、その反則技を使って黒い液体と氷の入ったグラスを出し、その中身をストローで吸っている。おそらく、コーヒーか何かだろう。
それを目ざとく見つけた音色さんは、
「あら、コーヒー? 私にも同じものを出してもらえるかしら。甘い物ばっかり食べてたから、口直しもしたいし」
などと言い出した。
そのわがままな願いにも明君は笑って応える、……と思ったのだが、なぜか今回は困ったような笑い顔をしている。
「う~ん、これと同じもので良いのぉ? 本当にぃ?」
「? ええ、それでいいわよ。何か問題でもあるのかしら?」
何とも歯切れの悪い受け答えをする明君に、音色さんは再度同じ要求をする。
それでもしばし悩む明君だったが、『まぁ、良いかぁ』とつぶやき、右手に黒い液体の入ったグラスを出して音色さんに差し出した。
音色さんは『ありがと』と言いながらそれを受け取り、直接口をつけるとグラスを傾け、
口の中の物を一気に吹き出した。
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