7話:背中合わせの感情
公爵家の屋敷の奥、北の別館は本館の賑やかさとは裏腹にひっそりと静まり返っていた。
兵衛は回廊脇の窓辺に腰掛けた。開け放たれた窓から涼しい風が入って来る。
少女を乗せた馬車が走って行った大通りは、ここからだと木々に隠れて見えなかった。兵衛を、そしてその姉妹たちを不本意な道に踏み込ませた彼女は、兵衛のことなど微塵も覚えていなかった。
しかし、彼女が記憶をなくしているのは好都合だと思うことすらある。できれば何もかも忘れたまま、違う人生を歩んでほしい。
彼女も自分も、もはや生きるべき時代を失っているのだから。
その一方で、それを歓迎できない自分がいるのも明らかだった。
兵衛たちは、いや兵衛はとある理由のために敵に生かされている。
一緒に捕らえられている姉妹たちは人質だ。だがそれだけに留まらず、伊垣公爵家がずっと件の少女を見張っていたのは知っていた。きっと彼女が何者なのか、とっくに調べ上げられているのだろう。
しかし彼女は暢気な養父と共に、暢気に暮らしてきた。自分が何者か知りもしないで。
伊垣公爵家がずっとひそかに見ていたものに、今更接触したからには何か思惑があるのだろう。何かが起こりそうな気配がする。
少女が公爵家の手の届かない場所に逃げてくれればいいのだが…それは叶わない願いだ。
また誰かが犠牲になる。主君筋のあの少女のために。
あの少女は、自分たちに武家としての生を与えてくれる最後の縁。
そしてあの少女は、自分たちを不本意な生に縛り付ける鎖。
兵衛は額に手をあてがった。
頭が割れるように痛んた。