2話:幕開け
この話はなんちゃって明治初期が舞台です。
ここ、皇都の朝は早い。
歩いてしばらくすると大通りに行き当たる。
ずらりと商店が並ぶ通りでは、仕入のために台車をひいた業者と店員がやり取りしている場面が多く見られた。
さらに歩くと、長く鉄柵ばかりが続く区域がある。
大通りには各地に散らばる名家が皇都で滞在するための屋敷が集まっている。何と言っても一つ一つの屋敷の敷地は広大で、多くの使用人を抱えているという。
古刹が10歳の頃ぐらい(正確な年齢は不明だが、養父が目算で年齢を決めてくれた。)はまだ大通りも整備されていなかったが、みるみる内に敷石で舗装され、旧式の家屋は洋風の石でできたような建物に変わっていった。
昔は学校といえば私立のものしかなかったが、今は政府が運営する軍人育成のための士官学院というものも存在するらしい。
まだ卒業生もいないのであまり実績はないが、先月起きた暴動にその院生たちが借り出され、見事に収めたという噂だ。
古刹は女子なので入学はできないが、皇都の年頃の少女たちの間で院生はなかなかにもてはやされているらしい。士官学院には良家の子息が多いらしいので、一度は行ってみたいものだ。きっとキラキラしているのだろう。
そんなことを考えていた古刹の耳に、何かが軋むような音が聞こえた。
驚いて横を向くと、鉄柵が敷地の中に折り込むように窪んだ場所で、大きな門がゆっくりと開くところだった。
今にも開ききろうとしている黒い鉄格子の向こうに、二頭立ての馬車が佇んでいる。門から離れたところにそびえ立つ屋敷は青みを帯びて美しい。
「道を開けなさい」
門の向こうから声がかかり、古刹ははっとして門前から身をひいた。馬車の周りには門番と数人の使用人らしき人々がついており、馬車に向かってきりりと礼をした。
反射的に古刹は鉄柵にへばり付きそうなほど後ずさって縮こまった。
カツッと敷石に蹄を打ち付けながら馬車がゆっくりと進み出てくる。
黒塗りの馬車は立派で、古刹は思わずまじまじと見つめた。
古刹の目の前を馬車が通過するとき、不意に中の人物と目が合った。
それは短い白髪をきっちり撫で付け、口元に髭を蓄えた、洋装の厳格そうな老人だった。
古刹を見て何故か軽く驚いたような顔をすると、すぐに目を和ませた。窓から顔をのぞかせてくる。
「ご迷惑を、紅茶色のお嬢さん」
そして彼は門を振り返り、
「依世!」
と誰かの名を呼ばうと、また一瞬古刹に笑顔を向け、大通りを上っていった。