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26話:兄と弟

「と、いうわけで掛け布団を手に入れました」

 梗の持ってきてくれた掛け布団をいそいそと広げながら、菖蒲の隣に寝転がる。

 ほとんど将軍の子供としての待遇は受けていないものの、もしも城内で将軍の血縁者を畳の上に直に寝かせたりなどすれば叱責を受けるだろう。

 しかしそういう気を回しすぎず、ほしいものだけくれるこの浅賀家は、やはり過ごしやすい。

 他の兄弟たちはこうして下臣の子供たちに、少なくとも幼い頃に接することはなかなかないだろう。そもそも親が無礼を恐れて、会わせたりしない。

 権威に平伏し過ぎないからこそ、将軍も浅賀十禅の子供たちを自らの子供の側に付かせてよいと考えるのかもしれない。

 単なる世話役なら侍女を付ければいい。単なる護衛なら屈強な男を付ければいい。しかし冬羅は違う。

 …冬羅の兄の高幸の方は妙な壁のようなものを感じるが。

 けれど、だとすれば古刹にとっての冬羅とは何なのだろう。

 出会ったばかりの頃は純粋に恐かった。鬼と呼ばれる件の浅賀十禅の子供で、しかしいつも柔和な雰囲気を漂わせている高幸とは違っていて、将軍家の家来たちに囲まれた彼は刃の切っ先のような空気を纏っていた。

 下臣然と澄ましているかと思えば、年相応に思ったことをボロッと零す。それがまた嫌味ばかりだから、怯え半分苛立ち半分で何かと避けようとしていた。

 今はそうでは、ない。

 ならどうなのかと言われると何とも言えないが。

「うーん…」

 菖蒲のすべすべした頬を指の腹で撫でながら頭をひねる。

 そのとき、障子の向こうに気配を感じた。

「姫様? 起きていますか?」

 遠慮がちに尋ねてきたのは、紛れもなく冬羅の声だった。思わず掛け布団を引き上げる。

 寝たふりを決め込んでから、何故そうするのか疑問を持ったが、返事をしようとする前に冬羅が入って来てしまった。

 障子を閉めると、冬羅は静かに枕元に近づいてきた。

「寝てる…二人とも」

 それから無音の時が少し流れ、不審に思って薄目で様子を伺うと、菖蒲の頭を冬羅の手が撫でているのが見えた。

 ゆっくりと動くその手つきは優しく、見なくても(本当は見たいけど)冬羅がどのような表情でいるのかが手にとるようにわかる。

 じっと観察していると、はたと手が止まった。

 訝しく思っていると、その手があろうことか目の前に迫ってきた。

 驚いて身を硬くする。

 完全な闇の中、ふわりとした感触を髪に感じた。鼓動が一つ、大きく鳴る。

 髪の流れに沿って、手は滑っていく。

――あれ? この感じ…どこかで…。

 昔の誰かの記憶を思い起こさせるかのように動く手に、目の奥にじんわりと涙が湧いた。

 そのとき――

「情を移すのはやめなさい」

 静かで硬質な声に、一瞬にして冬羅の手の感触が消える。

「兄上…」

 冬羅の言葉に驚く。今現れたのは本当に常にあの柔らかな雰囲気を纏う高幸なのだろうか。

「戦が起きれば真っ先に捨て駒として扱われる人間だぞ、その方は」

 胸に石を入れ込まれたような、鈍い感覚がはしった。

「兄上っ!!」

 悲鳴に近い冬羅の声が響いて、はたと音が止む。こちらを伺う気配がして、古刹は息を詰めた。

 しばらく後、さっと畳を擦る音が聞こえた。

「私たちはそもそも鬼だ。武士として道を通そうとするなら、人よりも武士らしくあらなくてはならない。“主君”を違えるなど言語道断だ」

 障子は閉まり、気配が一つ消えても、長らく誰も声を上げることすら、身じろぎすらしなかった。

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