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24話:浅賀家

 秋は過ぎ、年を越して春になった頃だ。

 勝手に城を抜けてももはや誰も連れ合わなくなってきていて、古刹は楓の散った林ではなく、城の内堀と外堀の間にあるやぐらの隣に設えられた屋敷に通うようになっていた。

 こじんまりとした家の中は年齢も様々な女子ばかりで、雛遊びをしている者もあれば駆け回っているものもあり、大賑わいだ。

 浅賀十禅には二男六女の子ども(隠し子を含めればもっと多いと言われている)がいて、母親も様々である。

 今家を取り仕切るのは、三十を少し過ぎたばかりのたけで、二男と末娘は彼女の子だ。しかし彼女は母親が別の女だろうと、子どもを差別しようとしない、公平でざっくばらんできびきびした女人だ。

「おきょう菖蒲しょうぶがぐずり始めたから奥の部屋に連れていって寝かして」

「あ、はい」

 一番上の梗が竹の言葉を受け取って近寄ってきた。

 一歳になる菖蒲を古刹が抱かせてもらっていたところだったのだが、どうやら疲れたらしく、今さっきから泣き止まない。

「姫様、お手数をおかけして申し訳ありません。すぐ下がらせますので」

 梗が古刹の前にひざまづき、手を差し出してきた。

 梗は冬羅に面差しが似ているはいるが、綺麗な棗型の目や薄桃色の唇は色香が匂いたつようで女子らしい。

 薙刀が似合いそうな竹とも異なる雰囲気がある。

 古刹は腕の中の菖蒲を見た。他の手足はバタバタさせているのに、右手だけしっかりと古刹の着物を掴んでいる。

「私も、寝かしつけるの手伝おうかな」

「しかし…」

 梗は一瞬躊躇うそぶりを見せたが、菖蒲が菖蒲なので苦笑して、

「よろしくお願いできますでしょうか?」

と奥の部屋に古刹を誘った。

 竹の方を見るとにっこりと笑みを寄越される。

 浅賀の家は非常に居心地がよかった。主君の姫ということで堅苦しくなることはあっても、意固地になって不快な思いをさせられることはないし、気遣いが自然だ。

 その一方で竹や梗などには迷惑になっているのではないかとも思うことがあるが、冬羅から聞く限りでは寧ろ連れてこいと言われているらしい。

 それは別に古刹を介して主君に取り入ろうと思っているわけでもなく、「いまさら子どもが一人増えようが二人増えようが変わらない」といった、竹らしい男気溢れた考えのためだ。

 また、それは決して竹一人の考えではない。

「おっと」

 曲がり角で誰かにぶつかりそうになって、古刹は急停止した。

「あらら、ウチの末姫はお眠むですか。秋姫様に手ぇかけさせて」

 先程はあんなに古刹から離れさせられなかった菖蒲が、易々とその腕に抱き上げられる。

「十禅…」

 名を呼ばれた十禅は、へらりと笑って見せた。

 子どもの数からしてそれなりの年齢になると思うが、竹と同じ三十始めにしか見えない。

 噂で聞く十禅はとても頭が切れる上にひどく残忍な男だが、実際に会って話をすると、非常にいい加減で飄々としている。

この城では一応参謀におさまっているのに、櫓の見張りをしている一兵卒が気安く話しかけてきたりする、特異な存在だ。

「“秋姫”って?」

「え? 冬羅がそう呼んで…」

「――父上!」

 十禅に遅れて現れた冬羅が声を荒げた。冬羅は父親といるときは、たぶん顔に泥を塗ってはいけないと思っているのだろう、武士然としているので、こんなにも年相応に振る舞うのは珍しい。 驚いて冬羅を見ると、彼は憮然とした顔になって壁の向こうに消えてしまった。

 冬羅の隣にいた長男の高幸がくすりと笑う。

 若干16歳の身で次期将軍の側役についた少年は、古刹と目が合うと柔和な笑みを浮かべ礼をとる。

 高幸とは微妙な関係であるため、古刹は思わず目を背けてしまった。

「何か冬羅、顔が赤かったですねぇ」

「父上、ほどほどに」

 梗に冷たく言い含められた十禅は明るく笑って奥の部屋に向かって歩き始めた。

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