19話:短刀と銃
足音はまるで既に獲物を完全に追い詰めたかのように、静かに通路に響き渡る。
空振りしているかのような大振りな鼓動が、足音と重なる。もはやそれは外から聞こえてくるのではなく、本当は自分の中から生まれてきているのではないかと思うくらいうるさい。耳元に血が集まって、音が中にこもる。
いっそ、叫び声を上げてこの緊張状態から解き放たれたい。そんなことすら考えてしまう。
そうこうしているうちに、視界に白い足が入り込んだ。
吐き出そうとしていた息が、喉の奥にへ張りつく。
足音は各テーブルの回りを淡々と巡っていく。遠くに、近くに、また遠くに、近くに…。
古刹は息も絶え絶えになっている自分を叱咤した。
こんなことでどうする。今は助けの手はない。自分が自分を守らなければ――。
一瞬、目の前が白くなった。
『…生きていて下さい。我らのために』
掌に覚えのある感触を感じる。
そろりと顔の前に掲げると、それはあの鬼斬りの短刀だった。
何かが蹴り飛ばされ、床を滑った。
海兵は今、入口から右奥のテーブル――古刹とも入口とも遠い場所にいる。
古刹は腰元に優雅に着いていたリボンの片方の輪に短刀を突っ込み、端を引っ張って輪を小さくし、短刀を固定した。テーブルの下を這うようにして入口に向かう。
足音が近づいてくる。
視線を走らせると、海兵が奥から2つ目のテーブルのところにいた。
古刹の方が、入口に近いところにいる。テーブルの端に行き着くと、古刹は目の前の椅子を押しのけ、テーブルの下から入口へと飛び出した。
その瞬間、目の前に白い壁が現れた。それは紛れも無く逃れたと思った海兵の軍服だった。
あっと悲鳴を上げながら、勢いを殺し切れなくてその体に衝突し、跳ね返される。また捕まる恐怖が身体の中で一気に膨らみ、古刹は短刀の柄を掴んで振り抜いた。
…切っ先は、相手の頬を掠めただけだった。
海兵の腕が古刹の首に伸ばされる。
しかしその腕が古刹に届ききる前に、海兵の身体はぐらりと傾ぎ、倒れ伏した。 古刹は呆気にとられてその光景を見つめていた。手に握られた短刀には、一点の血すらついてはいない。
海兵はもともと虚ろな目で、ただ白い天井を見上げていた。胸の部分に赤い染みが広がっている部分で、小さな黒い蜘蛛が歩いている。
そこで古刹は、危機的なことに気づいた。
急いで背後の食堂を振り返ると、あの額から血を流した海兵が、瞬きもせず無表情で銃口をこちらに向けていた。
逃げることは、出来なかった。
爆発音が食堂を中心として船内に反響する。
次でまた思春期な青年が出て来るか、はたまたはお嬢さんが奮闘するか…。
近い内に上げます。