1話:目覚め
古刹は跳ね起きた。
まだ外はうっすらとしか明るくないが、僅かに起き出した鳥たちが細々と鳴いている。
手の甲を額の上で滑らすと、じんわり汗をかいているのがわかった。
暑さのせいではない。
暦の上ではもう初夏に入っているが、日によっては肌寒いときもあった。
――何?あの夢…。
生まれてこの方――とはいえ、養父に拾われるまでの記憶はほとんどないのだが――死んだ人など見たことがない。
しかし、あの少年の血の気の失せた肌、黒地の着物の色みをさらに深くするほど滲んだ血、流れる血に澱んだ川、そのすべてがまるで一度見たもののように鮮明だった。
胸がまだ少し、息苦しい。
まだ起きるには早い時間ではあるが二度寝したい気分にもなれず、古刹は寝間着から外行きの小袖に着替えて玄関へ向かった。
途中、いびきの聞こえる養父の書斎をそっとのぞく。
養父は政府の研究機関おかかえの立派な学者である一方で、よく生活費のことを忘れて給料のほぼ全てをまた研究に注ぎ込む駄目人間である。
書斎の中では棚ではなく床に書籍が積まれ、小山が出来上がっている。何度棚に本を詰め込んでも、いつもたった2週間でこの状態に戻ってしまう。
窓際の机に書斎に突っ伏して寝ている茶色の着物に身を包んだ小柄な男の姿にため息をつくと、古刹はそそくさとでかけていった。