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15話:忠誠は忠誠を屠る

依世VS兵衛の回です。コールドですが。

 何か用かと問う代わりに、兵衛は黙って依世を睨みつけた。

 一方、相手の顔色は変わらない。いつも通りの無表情で依世は見返していた。

「軍艦の観覧にお前も着いていけ」

 言われなくとも、之成が行くなら共に向かわなくてはならない。

 しかし、続けられた言葉に兵衛は凍り付いた。

「古刹様のご案内をしろ。何しろ、今日から二人は婚約者となったのだから」

 口を開いても、言葉が上手く出なかった。

 以前にも伊垣家の娘とで縁談があった。向こうは満更でもなさそうだったが、兵衛は半ば脅しをかけるようにしてそれを突き放した。

 依世は浅賀十禅の『血』を伊垣家、または永倉家に取り入れようとしている。 徹底的に幕府勢力の血を絶やそうとした政府から兵衛達を匿ったのも、その意図があってのことだ。完全に兵衛たちの生存を隠蔽するため、彼と伊垣家はわざわざ偽の遺体まで用意した。

 それほどまでに彼らは欲しているのだ――その身に幾太刀浴びようとも、死することのない『鬼』の力を。

 だが、古刹と一緒にすることに何の意味があるのか。

「今度は何を企んでいる…」

「婚礼は暮れだ」

 依世は兵衛の言葉を切るように続けた。

「2年内に子を作れ。そして伊垣家の繁栄のために提供しろ」

 金属音が響き渡り、窓ガラスが飛び散った。兵衛が依世に放った短刀が床に転がる。


 依世は抜き身の軍刀を、鞘から引き抜いた形で身体の中央に構えていた。

 身体中を一瞬で駆け抜けた膨大な感情が、胸に、頭に、駆け上がって圧迫感を与えるほどだ。

――敗北した軍の落人おちうどなど家畜扱いか!!

 様々な言葉が飛び交う頭の中から、その一文だけ弾け出てきた直後、古刹の姿が音もなく浮かび上がった。

 次は軍刀を、とうずうずしていた右手が、消沈したように身体の側面に垂れた。

 すべての怒りをひっくり返すように出てきたのは、恐怖のような感情だった。主君の血筋のものを、自分に下賜される――それは生きる意味の喪失に繋がる。


 生き残りの姫とその家来たちという最後の矜持を守る構図が、敵の手に侵されていく。

 そしてその敵は、家来が姫に子を孕ませなければ、必ず人質を斬るだろう。

 ただ、『血』を持つ兵衛は最後まで殺されない。死ぬときはすべてを無くしてから死ぬ。

「何の音?」

 一度衣装部屋に戻ったはずの之成が飛び出してきた。一触即発の空気を読んで遠慮がちに問いてくる。

 兵衛は床の上に広がる破片に目を落とした。兵衛の短刀が依世に弾かれ、割れたガラス。きっと、拾い上げたら手に血が滲む。

 依世が軍刀を抜いたまま、視線だけをこちらに留めて本館側に去り始めた。

 兵衛は動けなかった。

 依世は完全に背を向けると、金属の擦れ合う音をたててゆっくりと軍刀を鞘に納めた。

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