14話:渡り廊下
そろそろ事件も起こしどころです。
兵衛が扉から出ると、この西館と本館を結ぶ渡廊下に黒っぽい人影が見えた。
「何か話せた?」
廊下の端にうずくまっていた軍服の少年は、亜麻色の髪を揺らしながら顔を上げた。
例の衣装部屋の主で兵衛をそこに行くよう唆した、伊垣公爵の末孫である之成だ。
「…着替えさせられたのか?」
兵衛が問うと、之成は何故か不思議なものを見る目をした。そして、ふっと陰りのある淡い笑みを浮かべる。
「なんか、弱ってる?」
しばらく沈黙が流れた。
部屋を出てからも、古刹越しに見た空の青さが脳裏に焼き付いて離れない。そしてあの時の奇妙な胸騒ぎが。
気持ちの悪い胸騒ぎではなかった。
むしろ、真っ暗で空気の澱んだ箱の中に閉じ込められていたのに、思い立って上を向いたら、大きな穴が開いていることに気づいたというような――いや、希望など持てはしない。あがこうとしても箱の外には敵が多い過ぎる。変化が訪れることなんて…。
突然、ため息をついて之成が立ち上がった。
「いつもの兵衛と違って調子狂うなぁ」
と、外国人のように掌を上に向けひょいと肩をすくめてみせる。
之成は意地悪く笑ってから、ヒラヒラと手を振って兵衛の横を通り過ぎていった。
之成の守役に付けられることが頻繁にあるが、兵衛は常に之成の間に壁を作っている。之成の身に危険が起これば保護するが、決して心は許さない。
それは姉の夫である依世に対しても同じ、いやそれ以上だ。依世の目には伊垣家の繁栄に関することしか映らない。
――父上の選択は誤っていた。
依世に何を見たのか、露もわからない。あれほど合理主義で、冷徹な男は見たことがない。
長靴の音が聞こえたかと思えば、今しがた頭に浮かんでいた姿が目の前にあった。
無意識に依世との距離を測る。残念ながら、軍刀の一振りでは届かない場所に今日も彼は立っていた。