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11話:縮まらない距離を

 人に遣わされて向かった部屋の中央には、鏡と洋服姿の少女が立っていた。

 少女は首を傾げるようにして鏡を覗き込んでいる。逆光を浴びた黒髪の縁がほのかに赤みを帯びていた。

 不意に、その手触りと日だまりの薫りを思い出す。異国の茶のような、不思議な色の髪。いつも勝手にどこかへいなくなってしまう彼女を城に連れて帰るのは、侍女たちではなく、まだ少年だった兵衛の役目だった。

 こうやって眺めていると、まだあの少女が目の前の少女へ成長したことがにわかには信じ難い。懐かしさ以上に、本当に本物なのかという思いが込み上げる。

 少女を那手寺に送り届けたのは若干十歳の兵衛だった。

 兵衛も彼の姉妹たちも、敵の手に落ちた後も生き続けたのはその主君の姫が残っていたからだ。でなければ兵衛たちはとっくに命を絶っていた――いや、絶たれていただろう。

 彼女の存在のためだけに生き、生かされる。兵衛の命を握る、それだけ大切な姫君。

 今は古刹と呼ばれるその少女が、こちらの気配を察知して顔を向けた。その途端、彼女の面に驚愕と何故か怯えが走る。

「あなたは…」

 一歩、古刹の足が兵衛から遠ざかるために引かれた瞬間、心臓が大きく鈍い脈を一つ打った。不可解な苦さが身体の中心から外側へと広がっていく。

 そんな兵衛の感情とは無関係に、少女を追うように片足が前へ出た。

 二歩、三歩と、続けて部屋に踏み込む。しかし古刹はそれ以上逃げもせず、ぐっと口を結んでいる。

――どこまで近づけば、逃げられるだろうか?

そんな考えが頭を掠めたとき、不意に足が止まった。




兵衛が近づいてくるほど、古刹の視線は彼の足元に落ちていった。長靴の音に、揺れる軍刀の響きが混じる。

兵衛が古刹まであと3畳といった場所まで近づいてきたときだった。突如として、誰かが叫んだ。

『それ以上近づかないで!!』

古刹ははっとして自らの口を押さえた。いや、古刹の声ではない。それは凛とした、気の強そうな少女のものだった。

気がつくと兵衛の足が止まっていた。

 彼は古刹から顔を背け、何かに堪えるような顔をしていた。その表情に思わずドキリとする。

 古刹が何も言葉を発せないでいると、不意に兵衛が踵を返した。

 行ってしまう――そう思ったとき、何故か勝手に身体が動いていた。

 古刹は、遠ざかる兵衛の手を掴んだ。

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