10話:再会
「いーじゃん、似合う似合う」
鏡の向こうのユキはご満悦だ。一方、その前で肩に手を置かれている古刹の顔は、戸惑いを隠しきれていなかった。
四十畳はゆうにある絨毯敷きの部屋は、四方の壁一面にクローゼットなるものが並べられている。
そのほとんどは観音開きの扉が開けっ放しにされ、床のところどころに洋服が散らかされていた。すべて後で使用人が直してくれるらしい。
ユキが古刹に選んでくれた洋服は、うっすらと橙色に色づいた布が身体の前の中心を通り、その他は白を基調としていた。着物より衿ぐりが広く、袖は二の腕の真ん中までもない。丈はくるぶしまであるものにしてもらったが、全体的に風通しが良すぎる気がしないでもない。
いつもは背中に流しっぱなしか一つに括るだけの髪は、上辺を掬って後ろでまとめられた。
服のものより少し濃いめの橙の靴は、下駄とは違って底が曲がるのが驚きだ。
古刹が侍女たちに着替えさせられているときにユキは席を外していたが、着替え終えた直後に戻ってきた。
「どうして洋服に着替えるんですか?」
「そりゃあ、こっちの方が動きやすいから」
確かに、たもとがなかったり裾が広がっていたりする分動きやすい。
鏡の向こうのユキはにっこり笑ってから古刹から離れ、すべての窓にかかるカーテンを開け放つ。
そしてどこへ行くのか、跳ねるような足どりでまた部屋を出ていってしまった。
鏡に映る古刹の黒髪が、日に当たったところだけ熱を帯びた鉄のような赤褐色の光を放つ。
公爵には紅茶と称された髪だが、古刹はもともと自分の髪が好きではなかった。完全な黒でないだけで、敬遠してしまう色味の着物があるからだ。
洋服だって、今日ユキが身につけている水色は古刹には着れない。
思わずため息を吐いた古刹は、ひっそりと佇む人の気配を感じ扉を振り返った。
そこに立っていたのは、廊下の薄闇に包まれた青年だった。
「あなたは…」
古刹は思わずというように、窓辺へと一歩下がってしまった。
相手があからさまに眉をひそめるのが見てとれる。人形のような鉄面皮の依世とは異なり、彼からは血の通いが感じられた。
すごく端正だが遠くからはあまり人の目を引き付けない容貌だと思っていた。しかし顔などではなく、彼全体から醸し出される気配のようなものが古刹の目をくぎづけにさせる。
依世の色気も対外だが、彼からは目を背け身を離すだけで解放されるだろうに。
兵衛が部屋に踏み込み古刹へ近づいてくるほど、また後退りしそうになったが、古刹は必死に堪えた。