9話:招待状と令嬢
伊垣公爵家から招待状が来たのは、それから3日後のことだった。
「海軍士官学院で使うために造られた軍艦があるんだが、その中を公爵たちと見学しないかって」
玄関から続く中の間で沖継からその話を聞いた古刹は、公爵と一緒にということに引け目を感じながらも、誘惑には勝てなかった。
戦争があろうがなかろうが、女に軍艦の中を見れる機会など一生訪れるわけがない。
海に巨大な軍艦が浮かぶというのも不思議なことだ。そして、船の中には住居スペースが設えてあるという。どういう生活をしているのか、大いに興味が湧くお誘いだ。
古刹は二つ返事で受けた。
「じゃあ行こうか」
「…え!?」
にこにこしている養父の言葉に、古刹は反応できずに固まった。
「え、だって手紙を届けに来た場所をずっと待たせているからね」
「何でもっと早く言わなかったの!?」
公爵家からの手紙を受け取ってどれくらい経っただろう? 悠長な沖継が信じられない。
「ぇえ…、だって返事はゆっくりでいいって言われたから…」
「額面通り受け取らないで」
「だって相手は招風公だし…」
――ああ…朝廷の偉い人に何てことを…。
権力と無関係な位置で自分のやりたいことをやっている沖継には理解できないことかもしれない。
「…では早く準備をしましょう。外行の着物に着替えてきます」
「あ、別に畏まらなくていいって。そのまま行きなよ」
どこまでも暢気な沖継に、だから!!と説教を始めそうになった古刹だが、ぐっと堪えて黙って部屋に向かう選択をした。
しかし、古刹が中の間から廊下へと暖簾をくぐろうとしたとき、玄関の戸が勢いよく横に滑った。
「沖継、まだー!?」
水色のふわふわした洋服を身につけたそれは、公爵の屋敷で“ユキ”と呼ばれていた少女だった。
待たせていたのは馬車の御者だけではなかったのか、と驚いて古刹は沖継を見遣ったが、当人も目を剥いていた。
「まさか、ユキナ――」
呆然として口を開いた沖継のあごに、掌底が入った。
あまりのことに黙って事の成り行きを見守るしかなかった古刹の顔に、人差し指が向けられる。
「私はユキだ。いいな?」
やや乱暴な口調に、呆気にとられつつも古刹は頷いた。途端にユキが笑顔になり、「じゃあ行こう」と古刹の手をとって歩き出した。
「ま、待って下さいユキ様!さすがに部屋着でお宅には参れません」
「いーの。どうせあなたはユキ様コレクションで可愛くしてあげるから」
「…ユキ様これくしょん?」
「それに――」
ユキがじとっとした目で古刹を見下ろした。間近に並ぶと、微妙に古刹よりも背が高いのがわかった。
「さすがに今の季節、真っ昼間に、止まってる馬車の中で待たされると汗かくんだよねー」
私汗かくの嫌いだから、と亜麻色の髪を払ったユキに、古刹は小さくなって着いていくしかなかった。