宿敵
暑い夏の日の夜だ。
はしたないと思ったけれど私は薄着で寝ていた。
ほとんど裸と言っても差し支えない恰好で。
夜。
随分と深い夜の闇の中で。
不意に私は何かが動く気配を感じた。
うっすら目を開けるとそこには私の生涯の宿敵であるヴァイス伯爵の顔があった。
彼はほとんど裸である私の体に触れて囁くように呟く。
「動くな」
思えばこの男とは随分と長い付き合いだ。
幼い頃からどうにも気が合わず、何かにつけて張り合っていた。
それこそ互いの家名に駆けて。
勉学、武術、舌戦――あらゆるもので。
私は勉学では常にヴァイスの先を行っていたけれど、武術においては一度とて勝てたことはなかった。
男女の体の作りは違うのだから当然と言えば当然だったけれど――。
逆に男女だったからこそ、私達も周りも『男なのだから武術で勝てて当然。武術で負けるのだから勉学で勝つのは当然』なんて認識でいた。
――必然的に勝負は舌戦にもつれ込んだけれど、私たちの戦績は概ね互角だった。
大嫌いだった男。
顔を見れば喧嘩をする男。
何かにつけて張り合い続けた男。
そんな男が私の体に触れている。
ほとんど裸の私の腹を――。
「なーにが『動くなぁ』よ。動くに決まっているでしょ。赤ちゃんいるんだから」
「うっわ!? 起きてたの!?」
「どんなにぐっすりしても寝てても起きるわよ。んな無遠慮に触っていたら……」
「えっ、うわ! ごめん!」
そんな宿敵は今や私の夫だ。
結婚して一年ほど。
ついに腹に子供が宿り、夫ときたら事ある毎に「大丈夫?」、「無理はしていない?」、「今は休んで」なんて口にしているけれど、私は良く知っている。
この男。
自分が父親になるということで今も幸せの絶頂にいることを。
本当、昔っから分かりやすいんだから。
「あんたねえ。何で毎回夜に来るのよ」
「いや、ほら。昼間は君も疲れているだろうからって……」
「だから寝ている時にこっそり確認するって? 馬鹿じゃないの? 起きちゃったら休めないから却って疲れが取れないでしょうに」
「うっ……」
「どうせ、あんたのことだから眠っている内に確認できたならって考えているんでしょうけど、昔っからそそっかしいあんたにはそういう繊細なことは――」
深夜に始まる夫婦喧嘩――いや、いつものやり取り……いやいや、要するに愛情の確かめ合い?
いずれにせよ、少なくともこの『宿敵』との勝負は結婚後からはずっと舌戦において私は勝ち越しし続けている。




