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第4話

夜になると、人は少しだけ本音に近づく。


それが良いことなのか、悪いことなのかは分からない。


だけど少なくとも僕は、昼より夜のほうが少しだけ呼吸がしやすかった。


部屋の電気を消す。


スマホだけが顔を照らしている。


時刻は深夜一時四十八分。


眠れない。


最近ずっとそうだ。


理由は分かっている。


考えすぎるからだ。


今日の会話。


今日の沈黙。


今日の失敗。


全部、夜になると頭の中で再上映される。


しかも映画館みたいに高画質で。


「……はぁ」


ため息をついて、スマホを開く。


通知はゼロ。


でも無意識に、彼女とのトーク画面を開いていた。


『今日はありがとう』


たったそれだけのメッセージ。


夕方にもらったものだ。


短い。


でも、その短い文章を僕は何十回も読み返している。


既読をつけたのは三時間前。


返信はまだしていない。


いや、“できていない”。


なんて返せばいいのか分からない。


変な文章になったらどうしよう。


重いと思われたらどうしよう。


返信速度を間違えたらどうしよう。


そんなことばかり考えて、気づけば夜になっていた。


不安障害の人間は、LINEひとつで疲弊する。


たぶん普通の人が想像してる十倍くらい、心を使う。


スマホを閉じる。


また開く。


閉じる。


開く。


完全に不審者の動きだった。


その時、突然画面が光った。


『起きてる?』


彼女からだった。


心臓が跳ねる。


一気に眠気が消えた。


指先が冷える。


返信しなきゃ。


でも、なんて?


「お、おき……」


誰もいない部屋なのに、僕は声に出して確認していた。


吃音の癖だ。


言葉を出す前に、身体が警戒する。


文字なのに。


LINEなのに。


それでも怖い。


少し考えてから、僕は短く打った。


『起きてる』


送信。


数秒後。


『よかった』


その一言だけで、胸が変なふうに苦しくなる。


嬉しい、に近い。


でも怖い、にも近い。


彼女は続けて送ってきた。


『今日、また眠れなくて』


その文章を見た瞬間、僕は少しだけ笑ってしまった。


あぁ、この人は本当に眠れないんだな、と思った。


前に彼女は言っていた。


「夜になると、頭の中がうるさくなる」


その感覚が僕には分かる。


静かな部屋ほど、頭の中だけ騒がしい。


誰にも責められてないのに、勝手に自分を責め続ける。


未来の失敗を想像して、まだ起きてもいないことで不安になる。


眠れない夜って、たぶん“考えるのを止められない夜”なんだと思う。


『僕も眠れてない』


送る。


すると彼女はすぐ返信してきた。


『やっぱり』


『なんとなく、そんな気がした』


その文章を見て、少しだけ救われた気がした。


“分かってもらえる”って、こんなに安心するんだ。


僕はベッドに寝転がりながら、天井を見つめた。


部屋は暗い。


でもスマホの向こうには、誰かがいる。


それだけで夜の温度が少し変わる。


数分後。


画面に、小さな通知が出た。


『通話しますか?』


頭が真っ白になった。


え。


通話。


電話。


無理無理無理無理。


心臓が暴れ始める。


僕は通話が苦手だ。


吃音がひどくなるから。


言葉が出ない。


詰まる。


焦る。


沈黙になる。


相手が困る。


その空気でさらに言葉が出なくなる。


最悪のループ。


指が震える。


断ったほうがいい。


でも。


断ったら、彼女はどう思うだろう。


面倒な人だと思われるかもしれない。


嫌われるかもしれない。


いや、そもそも——。


『ごめん、電話ちょっと苦手で』


そう送ろうとした瞬間。


新しいメッセージが来た。


『無言でもいいから』


呼吸が止まりそうになった。


無言でもいい。


その言葉が、胸の奥に静かに落ちてくる。


僕はしばらく画面を見つめたあと、小さく息を吐いた。


そして。


震える指で、通話ボタンを押した。


耳に当てる。


無音。


数秒後。


「……こんばんは」


彼女の声。


小さい。


眠そうで。


少し掠れていて。


でも、安心する声だった。


僕は口を開く。


「あ……こ、こんばんは」


やっぱり詰まった。


最悪だ。


そう思った瞬間。


彼女が小さく笑った。


「よかった。ちゃんと聞こえた」


その言葉だけで、少し泣きそうになった。


ちゃんと話せない僕にとって、


“ちゃんと聞こうとしてくれる人”は、


たぶん、それだけで特別だった。

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