第12話:広瀬 啓介
沙良の言葉を聞きながら、オレは全身を殴られているような衝撃を受けていた。
沙良——あの芯の強い、どんな男から誘われても容易には靡かないと思っていた女性が、夫の亮と、そして職場の上司との間で割かれたまま、短いとはいえ爛れた関係を続けてしまっていた。
「……子どもの父親が、亮の可能性もある」
沙良は涙を堪えながら、すべてをオレに打ち明けた。
亮との間でも夫婦として関係を持ち続けていた。だから数字の上では、亮が父親である可能性もゼロではない。
しかし妊娠時期を冷静に逆算すると——北陸出張の夜、上司である北村と過ごした時である公算が高いという事だった。
オレは頭を抱えた。
沙良のようにしっかりした女性が、なぜこんな破滅的な関係に身を投じてしまったのか。
だが次の瞬間、胸に重くのしかかったのは「その原因は自分にあるのではないか」という思いだった。
——オレが、彼女を本当に愛してやれなかったから。
——オレが、美来を選んで彼女を切り捨てたから。
その後悔と罪悪感が、喉の奥を焼いた。
「沙良……例えばその北村という男と、やり直すつもりはあるのか?」
オレは思い切って問いかけた。
彼女は泣き腫らした目でオレを見返し、しばらく黙っていた。
「……もし、北村さんが、今の家庭を壊してでも私と一緒になるって言うなら……私は、そうするかもしれない」
声は震えていた。だがその言葉には、ほんのわずかだが本音がにじんでいた。
オレは息を呑んだ。
沙良が北村に惹かれている。それは否定できない事実だった。だが、それでも彼女は自分一人では答えを出せない。亮を裏切り、北村の家庭を壊してでも、今自分が望む最善得られるのか、それに関する答えを沙良自身が出せないでいる。そして自分自身を追い詰めてしまっている。
——ならば、オレが動くしかない。
沙良を救えるのは、もうオレしかいない。
そう確信した。
オレは冷静さを装いながら、内心は激しく動揺していた。
「分かった。オレがその北村という男と話をする。……そいつがどういうつもりでお前に関わっているのか、はっきりさせる必要がある」
沙良は目を見開き、俯き、唇を噛みしめた。
オレはカップのコーヒーを一気に飲み干した。
決断は済んでいた。
——北村という男。
お前が本当に沙良を愛しているのか、それともただ弄んでいるだけなのか。
どちらにせよ、このまま曖昧な関係を続けることは許さない。
オレはスマホを取り出し、沙良から教えられた北村の連絡先を呼び出した。
「北村さんのお電話でしょうか?私は広瀬という者です。実は藤沢沙良さんの古くからの友人でもあります。沙良さんとあなたとの関係についてお話をさせて頂きたく……少し、時間を取って頂けないでしょうか?」
声を低く押し殺しながら、オレは密かにアポを取った。
全てを確認するために。
そして、沙良をこの苦しみから救い出すために。




