ようこそE.T.研へ
E.T.研は部室棟2階の廊下の突き当たりにあった。
部屋に入る前は、きっと奇妙な模型や胡散臭い文献が部屋中に散乱しているのだろうと思ったが、いざ入ってみると意外にも部屋は整理されていた。本は全て綺麗に棚に仕舞われており、物が落ちていないどころか埃すら見当たらない。ソファーベットが置かれ、ちゃぶ台の上にはお菓子も用意されている。床には柔らかいクッションも敷かれており、居心地の良さそうな部屋だ。
「さあ、まずは座りたまえ」
陽太、俺、ステラの順に並んで座り、ちゃぶ台を挟んだ向かいに金森さんが座った。まるで集団面接のようだ。
「さて、改めて自己紹介といきましょう。私は理学部3年の金森茜。この研究会の部長です。ヨロシク!」
適当に「よろしくお願いします」と返す。正直な話、この人とはあまり関わりたくない。変な研究会に入部したくはないからだ。
「俺は人間科学部2年の朴元陽太です」
「経済学部2年の星見蓮です」
「ワタシはステラだ。学部とやらは知らん」
俺たちの自己紹介に倣ってステラが続いた。無駄に偉そうな口振りだ。
「ステラちゃん、へぇー可愛い名前!」
「か、可愛い? そうか?」
ステラの顔が赤く染まる。やはりチョロい。
「ステラちゃんは若そうに見えるけど、ここの生徒ではないよね?」
「ステラは俺の従兄弟で今日は見学に来たんです」
「へー、志望校なの?」
「まあ、そんなとこです……えっと、ところで、E.T.研って一体なんですか?」
ステラについてあれこれ訊かれるのは都合が悪いから、強引に話を切り替えた。
「よくぞ聞いてくれました! 君、意外とやる気あるじゃん! そう、この地球外生命体研究会、通称E.T.研は、地球外生命体とのコンタクトを目的とした我が校で唯一の公認オカルト系サークルなのである!」
公認だったとは驚いた。団体名からして胡散臭いし、この妙にハイテンションな人なら、非公認どころか勝手に空いた部室を占拠するくらいのことはやりそうに思えた。
「へー、公認なんすね。部員は先輩の他に何人いるんですか?」
陽太が尋ねると、金森さんの表情は固まり、数秒の間の後に気まずそうに口を開いた。
「私一人……」
「「え?」」
それでは公認どころかサークルの体すら成していないではない。やはり変人による不法占拠なのか。
「違うの! ちょっと前まではもっといたの。ただ色々あってみんな辞めちゃって、今は私しかまともに活動してないのよ……」
「つまり、部の存続のために人が欲しいから、何としてでも俺たちを入部させたいってわけですね」
陽太に図星をつかれた金森さんは苦笑いを浮かべた。
「まあ、それもそうなんだけど、宇宙人を信じてる仲間に会えることなんてあんま無いしさ、嬉しかったんだよ。E.T.研に前いた人たちも、本気で宇宙人を信じてる人は少なかったから」
「つまり、部室でダラダラしてるだけのサークルだったって事ですか?」
俺があえて棘のある言葉を放つと、陽太に「おい」と肘で突いて注意された。
「まあ、実際そんなとこ。私は本気で地球外生命体のこと信じてるけど、具体的な成果はこれといってないし、ただ遊んでるだけと言われても仕方ないかもね」
「まあ、サークルなんてどこもそんなもんじゃないですか?」
凹んでいる金森さんに陽太がフォローを入れる。
俺には、このおかしな人に優しくする意味が見出せなかった。
ステラの正体や彼女の仲間について、手掛かりになる情報さえ掴めれば良い。この人の事情に付き合ってやる義理はない。
そう考えていたからこそ、陽太の次の言葉には驚かされた。
「金森さんはE.T.研を失いたくないんですよね? だったら俺たち入部しても良いですよ」
「え、本当に!」
陽太の意図がわからず混乱したが、さらに衝撃的な発言を後に続いた。
「その代わり、ステラちゃんもこの研究会のメンバーとして認めて、この部室を使わせてください」
「は?」と思わず声が漏れた。
ステラもステラで「ワタシ?」と呆けた表情を浮かべている。
「それ、どういうことだよ?」
「俺たちは事情があってステラちゃんの面倒を見てるんですよ。でも蓮も俺も大学生で授業を受けなきゃいけない。だから構内にステラちゃんを置いておける場所があれば良いなって思ってたんです」
「でも大学なんて人目につくとこ良くないだろ!」
金森さんを無視して陽太に問い詰める。
陽太は「落ち着けよ」と言った後、俺に耳打ちした。
「人が多いからこそ安全なんだ。人目につく場所なら不審者に攫われるリスクも減る。それに木を隠すなら森の中とも言うだろ?」
なるほど。天王寺からすると、人目のつく場所はかえって動きづらいということか。一考の余地はありそうだ。
「それに、この部室のドアには一応鍵もついてるし、プライベートは確保できる。理想的な場所じゃないか」
陽太はいつの間にドアの鍵を確認していたのだろう。俺はそんなところなんて目に留めていなかった。
「確かに、逆に安全かもしれないけど……」
実際問題、ステラを家に匿って常に目を離さないようにするのは現実的でない。
陽太の言うとおり、ステラを部室に預け、空きコマの間に様子を見に行く方が、はるかに現実的なプランだ。
「ワタシもここに来ていいのか……!」
ステラが目を輝かせる。
これは、ステラを大学の図書館に連れて行くか否かを決めた今朝と同じ流れだ。
俺はまたしても流されるままかと思うとうんざりするが、陽太の案への合理的な反論を俺は持っていないし、嬉しそうなステラの顔を見ると、やはり今回も俺が折れるのが一番丸く収まるように思えた。
「仕方ない、俺たち三人でE.T.研に入りますよ」
「大丈夫? お友達と違って納得してなさそうだけど?」
「もういいです。さっきはダラダラしてるサークルなんて言ってすみませんでした。それより、ステラは大学生じゃないですけど、入部大丈夫なんですか?」
「それはまあOK。大学に提出する部員名簿には書けないけど、私は正式なメンバーとして認めるよ」
まさかこんな怪しいサークルの一員になるとは思いもしなかった。金森さんとは上手くやっていけるか不安だが、最悪部室さえ使えれば問題ない。
入部について無理矢理自分を納得させたところで、俺は本来の目的を思い出した。
「それより10年前くらいの宇宙人とかUFO系の噂について何か知ってるんですよね?」
「ええ、もちろん。新入部員の君たちにはなんでも話すわ」
「で、一体どんな噂なんですか?」
金森さんはわざとらしく咳払いをしてから、話し始めた。
「ペルセウス座流星群の巨大火球。当時はニュースにもなったのだけど、知ってる?」
知っているどころか、俺はそれを直に見たことがあった。
父と一緒に行った丘の上の公園、9歳の俺の心を鷲掴みにしたあの眩い光の球。
ただの自然現象だと割り切ろうとしても色褪せてはくれなかった、本能的な感動の記憶。
「あれ、私たちの界隈ではUFOだと噂話されてるの」
まだ決まったわけではないけれど、もし、必死に手を伸ばしても届かなかったあの光の中にステラがいたというのなら、偶然では片付けられない不思議な力が俺とステラを引き合わせたようにすら思えてくる。
ドクン、と心臓が大きく脈を打った。その鼓動の理由に答えを出せないまま、俺は横目でステラを見た。
ステラは俺の視線には一切気づく様子はなく、真剣な眼差しを金森さんに向けていた。