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堕天

「私が子を作れない体になってから、桐也さんは再生医療の研究に力を入れた。桐也さんは認めなかったけど、間違いなく私のためよ。けれど研究はそう易々とは進まなかった。たとえ新たな技術を確立したとしても、それを実用までに持っていくのには時間がかかる。歳を重ねるほど妊娠は難しくなるから、私も桐也さんも焦りを感じていた……そんなときよ、救いの星が私たちのもとへ降りてきたのは」

「ステラですか?」

「そうよ」


 白い世界が夜空へと変わり、そこにかつて見た光が降ってきた。

 一瞬、眩い光に視界を奪われたのち、目を開けると山の中にいて、クレーターが目の前にあった。すぐ近くには桐也もいる。随分と時間が飛んだのだろう、外見は俺の知っているものに近づいている。


『何かあるぞ!』


 桐也が指を差したクレーターの中心には銀色に光る物体があった。桐也は惹きつけられるようにふらふらと近寄り、一切の躊躇なく、銀色の球を手にした。その瞬間、ぶるりと桐也の身体が震えた。


『桐也さん!』


 梨沙さんが桐也のもとへ駆け、立ったまま黙っている桐也の顔を確かめた。

 天王寺桐也は笑っていた。大事そうに掌に載せた球を見つめて、満面の笑みを浮かべていた。


『喜べ、梨沙。私たちの夢が叶うぞ』


「桐也さんは何も説明することなく、それを持ち帰り、秘密裏に研究を行った。調べるとすぐにそれが人智を超えた生命体であるということがわかった。けれど、桐也さんは驚くことはなかった。まるで、最初から知っていたかのように」

「つまり、天王寺桐也はそれを拾った瞬間から取り憑かれていたんですか? さっきステラを動かしていた、あの本能とやらに」

「きっと、そうね」

「だったら、あいつも被害者ってことですか……?」

「いえ、被害者だと主張するには罪を重ね過ぎたわ。そもそも桐也さんとあの生命体が目指すところは同じだった。だからこそ、桐也さんだけが適合したの。桐也さんは、操られたのではなく、力を与えられたのよ。その力を行使したのはあの人自身の意思。そして私はそれを止められなかった。あの人の理想を妄信していたから」


 顕微鏡を覗いた映像なのか、蠅が大きく映し出された。ピンセットで蠅の脚がもがれ、銀色のアメーバのような物体に与えられる。蠅の脚を取り込んだアメーバは一瞬で蠅へと姿を変えて視界の外へと飛んでいった。


「私たちが拾った生命体は、あらゆる遺伝子を取り込み、それらを模倣、さらには融合させる力があると判明した。私は歓喜したわ。これで子供を作れると。桐也さんが言った『夢が叶う』とはそういう意味だったのかと解釈して、一人で喜んだ。すぐに桐也さんにお願いしたわ。私たちの子を作って、と」

「人間のクローンを作ることに対する葛藤はなかったんですか?」

「倫理的な葛藤はひとかけらもなかったわ。そんなものを持ち合わせていない人たちに囲まれて育ったせいかしらね。それと、あなたは勘違いしているわ……あの子は私のクローンではない。あの子は銀の卵に、私と桐也さんの遺伝子を与えて作った子よ」

「え……?」


 それはつまり、ステラは天王寺桐也の子であるということだ。


「だって、私は桐也さんとの子が欲しかったのだもの」

「でも、そんな……だったら、あいつは実の子を使って残虐な人体実験をしていたってことか!?」

「そうよ」

「ふざけるなよ! どこに娘の体を切り刻む父親がいる!? 親としての愛情はないのか!?」

「桐也さんは、父親でいることよりも、この世界に変革をもたらすことを優先したの。研究対象へ情を向けるなと、桐也さんはよく言っていたわ」

「優先したとか、そういう次元の話じゃないだろ? あいつは最初からステラを実験用のマウスとしか思っていなかったんだ。そうでないとそこまで酷いことはできない」

「桐也さんは、自ら悪に染まったのよ。全人類の運命を背負うためには、人間らしい心は不要だったの。だから、悪役になりきった。自分は目的達成のためならどんなに残虐な行為も辞さない人間だと認識することで、心を守ったのよ」


 自分は最低で屑な人間だ。俺もステラを傷つけたときにそう思い込もうとした。だから、梨沙さんの語る論理は理解できるが、天王寺桐也がそこまでナイーブな人間だったのかは疑問だ。


「私は、ステラが生まれたことで満足した。桐也さんとの子を持つことが私の夢だったから。でも、桐也さんの夢はそこにはなかったの。桐也さんは汚いものを見過ぎたの。天王寺家の人間だけではないわ。特権階級が庶民を支配する社会構造。なくならない差別と戦争。若者の将来などに目を向けず保身に走る老人。桐也さんはその広い視野で、地球の裏側に至るまで、あらゆる不条理に目を向けてきた。不幸だったのは、そういった理不尽を無視して生きられるような性格ではなかったことと、世界を変える術を手にしてしまったことよ。力を持つ者としての責任として、桐也さんは世界を変えようとした。文字通り人類を一つにまとめることで、平和と平等を実現しようとしたの。たとえ悪に手を染めたとしても……」


 俺にはわからない。他所の国で起きている戦争なんてものは、なくなるべきだとは思っているが、どうしても他人事に感じてしまう。自分が死んだ後の世代のことなんて考えられるわけもない。今月の生活費を考えるので精一杯だ。

 でも、天王寺桐也はそうではなかった。世界中の問題を解決しようと、本気で考えていたのだ。


「落ち込む必要はないわ。世界平和なんて一人の人間が計画して成すようなことではないもの。……ただ、当時の私は、桐也さんならできると信じてしまった。崇高な目的のために情を捨て、悪に染まる桐也さんの覚悟を、肯定してしまった。きっと、桐也さんを止められたのは、私だけだった。それなのに……」

「でも、梨沙さんは最後には桐也のやり方を否定した。あなたにとって絶対だった天王寺桐也を裏切ってでも、ステラを逃がした。並大抵の精神ではなせない決断だったと思います」

「いいえ、私はステラが虐げられるのを何年も見過ごしてきたのよ。褒められるような人間ではないわ。それに、ステラを逃がしたのは、純粋に彼女を思っての行動だったとは言い難いわ。私のもう一つの過ちは、まさにそこにあるの」

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