白の世界
気がついたら、真っ白な世界に俺はいた。
「レン」
名前を呼ばれ振り返るとステラが何もない空間に立っていた。
「ここは?」
「ここは、ワタシの中だ」
「は?」
「そんな気持ちにならないでくれ、悲しくなる」
ズキリと胸が痛んだ。
「感じるだろ? それがワタシの痛みだ。ワタシも同じようにレンの動揺を感じ取れる」
「待てよ、これじゃまるで――」
「キリヤと同じか? そうではないぞ。キリヤよりワタシの方がうまくやれる。キリヤが作る世界は真っ黒だが、ワタシならそうならない。ミンナを幸せに導ける。ほら、こうやって」
ステラが手をかざすと、俺の周りに黄色い光の球がいくつも現れ、ふわふわと踊りながら体の中に入っていった。すると、身体が軽くなって、ふわりと宙に浮いた。不思議と楽しい気持ちになっていき、笑い声がこぼれる。
「やめ……ハハッ……ハハハハ! やめろってステラ……お願いだ……ハハ……」
「どうして抵抗するんだ? わからない。楽しい方がいいじゃないか。一緒に楽しくなろう。一つになろう」
ステラの声に、別の誰かの声が重なっているように聞こえた。ステラの背後の空間が、陽炎のように揺らめいている。何かいる。ステラはきっとその何かに操られているのだ。
「やめろ……ステラは、ハハッ……こんなこと、しない」
無理やり他人の心を変えようとするなんて、ステラらしくない。他人を思い通りにできたら、それは一人ぼっちと変わらない。彼女は誰よりも人を愛していた。
「安心しろ。ここにはヨータもアカネもいるぞ。だから、一緒に遊ぼう!」
聞き覚えのある男女の笑い声がした。ぐらりと理性が揺らぎ、支配されつつある感情に負けそうになる。楽になんてなりたくないのに。ステラを操る何者かを止めないといけないのに、笑いを抑え込むのも、もう限界だ。誰か、助けてくれ。お願いだ。誰か――
「やめなさい」
ぴしゃりと女性の冷たい声が響き、笑いが止んだ。俺とステラの間に、青白い光の粒が集まり、人の形を成していく。やがて、ステラにそっくりで、少しだけ背の高い女性が現れた。
「リサ!」
彼女がツキシマリサ。ステラの元になった人物で、ステラが誰よりも慕う人物。
「なあ、リサ! ワタシはこれからレンと遊ぶんだ! だから、リサも一緒に――」
「ごめんなさい。しばらくじっとしてて」
ステラの動きがピタリと止まった。まるで、彼女の時間だけが止まったかのように。
「ステラ!」
「大丈夫よ。あなたと話す間、止まってもらうだけ」
「いったい、何を……?」
「ここはイメージの世界……あの子にとって私は絶対だから、私の言うことには逆らえないの。そういうところまで私に似てしまったのね……」
ツキシマリサはステラに哀れむような眼差しを向けた。
「とはいえ、私もずっとは止めていられないわ。だから、手早く済ませましょ。まずは自己紹介ね。私は月島梨沙。どうやら、ある程度のことは聞いているようね、それなら話が早い」
月島梨沙という文字が頭にスッと入ってきて、ステラからの伝聞でしか知らなかった彼女のことを、不思議と旧知の仲のように感じた。
「教えてください。ステラはどうしてしまったんですか? ステラの後ろのあのもやはなんですか?」
「あれは、ステラという生命体の意思……本能とでも呼ぶべきものね。人としてのステラはそれを抑えていた。でも、桐也さんに憑りついていたものまで吸収したせいで、彼女の力だけでは抑えきれなくなったの。とても強力な相手よ。私も桐也さんもあの意思に取り込まれて、抵抗しようという気も起きなかった。甘い誘惑に負けてしまったわ。あなたも、あの子も、抵抗できるだけ凄いわ」
「よくわからないですけど、その……意思だか、本能を倒せば、ステラは元に戻るんですか?」
「残念だけど、それはできないわ。封じ込めたり、力を削ぐことはできるけど、完全に消し去ることはできないの」
「そんな……じゃあ、ステラは一生操られたままってことですか?」
「そうじゃないの。あれも含めて、ステラなの。地球外生命体でもあるし、一人の少女でもある。切り離せないものなのよ。あの子と生きるなら、それをわかってあげて。あなただって、また傷つけたくないでしょう?」
「それは……」
あの夜、強引に迫ってきたステラは、やはり恋や愛といった感情ではなく、生物としての本能に従っていたのだろうか。だとしたら、俺はどう向き合えばいい。俺のことを好きだと言ってくれた彼女を信じたい。でも、あんな風に他人の感情を支配してでも、一つになろうとするステラの恐ろしい一面を見て、気持ちが揺らいでしまっている。
「そんなに難しいことじゃないわ。あの子も私たちと一緒よ。誰しも孤独を抱えているから、他人と繋がろうとする。でもその一方で、他人と自分を切り離して自立しようとする。あの子だけじゃない。みんな曖昧な境界線を抱えて生きているのよ。あなたも、そうじゃない?」
他人と繋がりたい。だけど離れたい。そう表現すると理解できるような気もする。
「あなたたちは向き合わないといけない。自分と他人、その境界でどう生きるのか、考え続けないといけない。それは普通の人も同じことだけど、ステラの力は強大だから、必然的にこの星の運命をかけることになるわね」
地球の運命なんて、俺が背負うには重すぎる。一人の少女ですら、やっとなのに。
「いきなりこんな話されて覚悟ができないのも仕方ないわ。でも、あなたにしかできないことよ。必ずやってもらうわ……だから、今から授業を始めます」
「授業……何を言ってるんですか?」
「あなたには、私の失敗から学んでもらいます。どうやら、あなたにはその方法が一番向いているみたい。金森茜さんの方法を真似させてもらうわ。さあ、時間がないから早速始めるわよ」
梨沙さんが手をパンと打ち鳴らすと、白い世界が水彩絵の具を垂らしたみたいに色づいていった。




