天が下す罰
目を疑うような光景に陽太が大きな声を上げた。
「おいおいおい、なんだよこれ……!?」
陽太はこの光景に相当狼狽えているようだが、俺の沈んだ心はどんな刺激に対しても鈍感だった。
「ステラの細胞を移植したな?」
「いかにも。そして、私はこの力を使いこなし、自らの意思と記憶を他人に植え付け自らの駒にすることに成功した。人間だけではない、蚊や蜘蛛や鳥などの小動物の姿をした分身を街に放ち、私の細胞を大勢に植えつけた。植え付けられた人間は全身をステラ細胞に支配される。彼らは自身の肉体の変化にも気づかず日常を続けているが、私が信号を送れば、肉体と精神の主導権を奪える。また、蚊を使ってステラ細胞を回収すれば、宿主の記憶や感情も私の中へ統合される。つまり、この世には私が蔓延しているのだよ」
俺たちを襲った水瀬店長は既に天王寺によって細胞を植え付けられていたということだ。バイト中もずっと、俺の側には天王寺がいた。きっとそれだけではない。大学でも、あるいは虫を使って家の中でもずっと天王寺は俺たちを観察していたのだ。
「以前、私の目的を語ったのを覚えているかい? 私はこの力を使って全人類を統合する。個人の存在がある限り、人間と言う愚かな生物は衝突を繰り返す。ならば、この力で個人を消し去れば良いのだ。そうすれば、あらゆる対立も、争いも、差別も、起こり得ない。これが恒久平和を成し遂げるための唯一の手段なのだよ」
「何が恒久平和だ! 個人が邪魔だって言ってるくせに、てめぇの自我全開じゃねぇか!」
陽太が声を荒げた。
「自己保存に躍起になっているわけではない。ステラ細胞を効率的に拡散するためには、知性が必要不可欠だ。計画の初期段階においては、誰かが核となり密やかに進めなくてはならない。その適任者が私なのだ。私の思想に共感した同士で試してみたが、私の他にステラ細胞を御せる人間はいなかった。ゆえに私自らが核となり人類史上最も偉大な事業を開始したのだよ」
「俺とステラを見ていたってことは、その時にはもう計画を初めていたんだろう? だったら、なんでステラの自我を壊す必要があった?」
理由を知ったところで、今更どうしようもないが、ステラがこんな目に合った理由を知らずにくたばるわけにはいかなかった。計画の片棒を担がされた人間として、知ることは義務に思えた。
「君の言うステラというのは、月島梨沙の姿を模った形態のことかね? 私の話を聞いていれば、ステラというのはあの生物種に与えた名前だと理解してもらえたと思うのだが」
「屁理屈はいい。俺にとってのステラはステラだけだ」
「ふん、まあ良い……あれは私の計画に邪魔だったのだ。あれは私以外でステラ細胞を自在に扱える存在だ。加えて、あれは、ステラ細胞に月島梨沙の遺伝子を読み込ませることによって発生した存在だ。その細胞の純度は高い。私や私の手駒は、元々の宿主の細胞をステラ細胞が変異させたもので、元来のステラ細胞には僅かに劣る。だから脅威となり得るあれの自我を壊す必要があった。あれを自己の拡大のみを目的とする本来のステラに戻すことができれば、私の計画を阻むものは何もない」
「お前の勝手で生み出して、研究で散々心と体を弄んで、それで要らなくなったら捨てるってわけか……ふざけるな!」
絶望の谷底の中で、再び怒りの火が灯る。
「ステラは人間だ! 心を持った人間だ! なんでもないことで驚いたり、笑ったりする、純粋な心を持った人間なんだよ! お前の馬鹿げた計画のために殺されていいわけがないだろ!」
「その純粋な心とやらを壊したのは、君じゃないか」
その一言は俺の胸を的確に抉った。
「私に責任転嫁をされても困る。君が拒絶した時点で、あれの精神は崩壊しかけていた。私がやったことなんて最後の一押しに過ぎないよ」
ステラは天王寺の研究の中で非人道的な扱いを受けてきた。たが、彼女はそれを耐えることができていた。肉体的な苦痛も幽閉される苦しみも耐えることができるものだったのだ。俺がステラにやったことは、天王寺がやった非道な行いよりも確実にステラの心を傷つけたのだ。
「だったら、悪いのは俺なんだから、罰は俺が受けるべきじゃないか。なんで、ステラが……」
「私は君に褒美をあげたいぐらいなのだが……罰を望むなら、与えてあげよう」
天王寺が靴音を鳴らして近づいてきた。
「君の目の前で、お仲間を私に引き入れる。しかる後に、君の精神はあれと同じく完全に消滅させてあげよう。これが私が君にやれるせめてもの礼で情けで罰だ」
天王寺の語る理想郷に行くよりは、完全に消えた方がマシだ。ステラに会って懺悔することが叶わないなら、俺の存在に価値はない。
「やるなら、私を最初にしなさい」
「ほう、金森茜くん。君は勇敢な女性だね」
天王寺が金森さんの前へと動くのを見ても、俺は何も言えなかった。
「先輩! なにふざけたこと言ってんですか!? 部長だからってこんなとこで格好つけて!」
完全に心の折れた俺とは対照的に陽太は必死に叫んでいる。今際の際でも、人間としての格の違いを見せつけられることになるとは、なんとも俺らしい。
「ねえ、最後に一つ質問いいかしら?」
陽太の叫び声をかき消すように金森さんが言った。
「もちろんだとも。これから統合するというタイミングでする質疑応答ほど、滑稽なものはこの世にそうないが……道楽で付き合ってあげよう。さあ、何を知りたい?」
金森さんの口角が上がるのを横目に見た。
「あなた、嘘ついてるでしょ?」




