予期せぬ訪問者
誰もが黙った。
ピンポーン。再びチャイムが鳴った。陽太が床に転がったワインボトルを拾うのを見て、俺も忍び足でキッチンに向かいフライパンを手にした。
ピンポーン。3度目のチャイムの後は、ガンガンガンと扉を叩く音が響いた。心臓がバクバクし、全身の毛穴から汗が吹き出る。
そして、ドア越しに声がした。
「星見くん、いるかい? 大丈夫?」
聞き慣れた声に安堵した。
「はい、今行きます!」
陽太にワインボトルを手放すようにジェスチャーを送って、俺もフライパンを元に戻した。その様子を見て、陽太と金森さんも安心したようで、溜息が聞こえた。
俺は玄関に向かって駆けていき、扉を開けた。そこにはバイト先の店長、水瀬さんが立っていた。
「あー星見くん。良かった。無断でシフトに穴開けるなんてどうしたの? 何かあったんじゃないかって心配したよ」
「すみません。これは、どう説明したらいいか……」
「責めてるわけじゃないけど、ちょっと話せるかな。店長として、従業員の不調は放っておけないからね」
「いいんですけど、今はちょっと――」
「それじゃあ、上がらせてもらうよ。はい、失礼します」
これからステラを探そうというのに時間を取られては堪らないので断ろうとしたが、強引に入ってくるものだから、押し切られてしまった。恰幅の良い水瀬さんに迫られると気圧されてしまう。
それにしても、強引に部屋に入ってくるもので、水瀬さんらしくない。無断でシフトに穴を開け、連絡も無視したわけだから、笑顔の裏では相当怒っているのかもしれない。
「あれ? 君はこの間のお友達くんじゃない。それに、女の子も連れ込んで、もしかして彼女さん?」
「いえ、彼女じゃなくて、私たちはサークル仲間です」
「なるほど、サークルか。まさか星見くん、サボってサークル仲間と遊んでたわけじゃないよね?」
「いえ、そんなことは……あの、事情は後で説明するんで、今日は帰って――」
「こんなに部屋汚してどうしたの? これは面談より先に掃除だね。私も手伝うよ」
事情を知らないのだから無理もないのかもしれないが、あまりに空気の読めない店長に苛立ってきた。
「あの、悪いんですけど、店長さん。また今度にしてもらえませんかね? 俺たち、ステラちゃん探さないといけないんで」
俺の苛立ちを察知してか、陽太が水瀬さんに言ってくれた。
「え、行方不明ってこと? それじゃあなおさら放っておけな――」
「蓮、そいつから離れろ!」
陽太が突然叫び、俺は意味もわからず、言われた通りに水瀬さんから離れた。
「蓮、この人にステラちゃんを会わせたことは?」
「ない」
陽太は鎌をかけたということか。ステラの名前に水瀬さんが詰まることなく答えたのには違和感を覚えたが、俺のシフト変更を陽太が頼みに行ったときに会ったのだろうと思い、そこまで気に留めなかった。
「まずはステラちゃんについて尋ねません?」
「え、だって、そのステラちゃんって子を探してるって言うから……ご家族か友達か知らないけど、そこ重要かい?」
「できるだけ、軽い調子で話したんですよね……だから真っ先に行方不明って単語が出るのはおかしいんだわ。ステラって聞いて人の名前と思うか? ペットの線は全く考えなかったのかよ?」
言われて見れば、ステラと聞いて人の名前と断定はできないが、バイトに突然来なくなった背景を踏まえれば、近しい人間が行方不明になったのかと考えるのはそこまで不自然なことではない。こればかりは陽太の疑い過ぎではないか。
「陽太、それは流石に――」
「危ない!」
陽太が突然、俺を突き飛ばし、俺は受け身も取れずに床に打ち付けられた。
「何する――」
陽太の方を見上げて言葉を失った。
陽太の肩から黒い何かが伸びて、否、それは刺さっていた。黒い触手のようなものを目で辿ると、それは水瀬さんの腕と繋がっていた。肘から先が黒い触手に変形しており、その先端の針が陽太の肩を刺していた。
陽太は、びくりと体を震わせ、針が抜かれるのと同時に、直立姿勢のまま頭から前方向へと倒れた。
金森さんが絶叫した。その声が突如、短い呻きと共に止まった。触手が今度は金森さんを刺した。
「うおおおおお!」
俺は近くに転がっていたワインボトルを拾い、怪物の頭に叩きつけた。ボトルは鋼鉄に叩きつけたかのように甲高い音を立てて割れた。すかさず、ギザギザとした断面を顔に押し当てると、やはり粉々に砕けたが、細かい破片が顔に刺さった。
「もう少し、スマートにやりたかったんだけど。彼、見かけによらず警戒深いね……まさか、こんな姿でも油断しないとは……」
水瀬さんの姿をした怪物はまるで痛みを感じていないかのようだった。
ぶくぶくと、顔の皮膚が沸騰したように揺れ動き、刺さったガラス片を吐き捨てた。その顔はもう水瀬さんのものではなくなっていた。
「さて、星見蓮。君には礼を言いたいのだ。ご友人共々、研究発表会へ招待しよう」
こちらに振り向いた顔は余裕と自信に満ちた笑顔を浮かべていた。しかし、その瞳の奥には隠し切れない狂気の光が見える。忘れもしない恐るべき男――天王寺桐也がそこにいた。
悪夢のような光景に、腰を抜かした。直後、左の二の腕にブスリと痛みが走った。先に刺された二人と同様に、俺も身動きが取れなくなり、次第に意識が薄れていった……。




