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再び紡ぐ

 金森さんが電話をするとすぐに陽太はやって来た。どうやら近くで待機していたらしい。


「ごめん」


 親友の顔を見るなり、俺は頭を下げた。

 陽太はしばらく何も言わなかった。顔を上げるのが怖い。俺は許されなくても仕方がないような酷い言葉をぶつけた。それなのに、陽太に見放されるのではないかと考えたら、怖くてたまらなかった。

 

「顔上げろよ」


 恐る恐る顔を上げると、そこにはいつもと変わらない親友の柔らかな笑顔があった。そうだ、陽太はこういう人間なんだ。俺が安心したところで、陽太は笑顔にそぐわない言葉を続けた。


「言っとくが、まだ許してないからな」

「え?」

「え、じゃねえよ。散々心配させやがって、ごめんの一言じゃ済まさねぇぞ」


 陽太の言い分はもっともだ。陽太やステラにはそれだけ酷いことをしたのだ。だから、言葉を尽くさなければならない。本当の気持ちを包み隠さず伝えなければならない。信頼を取り戻すための努力はなんだってやり、それでも許してもらえるかはわからない。でもやるのだ。


「俺が間違ってた。俺はお前に嫉妬してたんだ。こんなうじうじしている俺と違って陽太は明るくて真っ直ぐで仲間思いで……だから、ステラがお前に奪われるような気がしたんだ。最初から俺のものではないから、奪われるってのは違うんだけど、とにかくお前に嫉妬してた。それで散々助けられてきたのに逆恨みして、こんな最低な人間が本来許されるべきではないのかもしれないけど、それでも、俺は――」

「あー、そういうのはいい。うだうだと面倒くせぇ」

「じゃあ、どうすればいい。俺にできることなら、なんでもやる」

「一発だけ殴らせろ」


 普段の陽太は暴力によって物事を解決するタイプの人間ではない。心の広い陽太がそんなことを言うのだから、よほど俺の行いが許せないのだろう。しかし殴って気が済むというのなら、一発どころか、何発だって殴られても構わない。


「ああ、やってくれ」

「そんで、お前も俺を殴れ」

「は?」


 意味がわからない。陽太が俺を殴る理由があっても、俺には陽太を殴る理由がない。


「3・2・1の合図で同時にみぞおちだ。いいな?」

「いや、訳がわからん。なんで俺がお前を殴るんだよ」

「とにかくやれ。そうじゃないと一生絶交だ。絶対に手加減すんなよ」

「だから、なんで!?」

「いくぞ! 3・2・1!」

「ああもう!」


 訳のわからないまま、陽太のみぞおちをこぶしで突いた。陽太も同時に俺のみぞおちを突いた。陽太は本気で殴りにきた。そして俺も勢いに流されて、自分に非があるのにもかかわらず、言われた通りに手加減なしで殴ってしまった。

 俺と陽太は同時に「うっ」と嘔吐しそうな声をあげ腹を抑えて屈んだ。その拍子に今度は頭をぶつけ、痛みに耐えかねて倒れると、とどめとばかりに肩と頭を床に強打した。この間の喧嘩の痣も残っているところに、激痛のコンボをくらった二人の男子大学生は、床の上で悶絶した。


「ふふ、ははははは!」


 最初に笑ったのは馬鹿らしい光景を横で見ていた金森さんだった。その笑い声につられて、俺も陽太も、どっちが先だったかは定かではないが、呻き声を笑い声に変えていた。笑う度に殴られた腹が痛かったが、それでも笑いを止められなかった。


「――あー、スッキリした。お前はどうだ?」

「くっそ痛かったけど、確かにスッキリはした」


 殴ったからじゃない。殴られて、スッキリした。


「で、なんでお前も殴られるんだよ?」

「あー、なんていうか、俺も同じかな。俺もお前に嫉妬してた」

「お前が俺に?」

「なんつーか蓮はさ、俺より深いとこにいるような気がするんだよ。俺は正直、環境に恵まれているといると思う。自慢したいんじゃなくて、むしろその逆でさ、俺はたまたま恵まれてただけで、俺自身は空っぽなんだってこと。色々悩みながら生きてるお前の方がよっぽど中身のある人間に見えるよ。だから羨ましかったんだ」

「俺はどう考えても羨まれるような人間じゃないよ。何もかも上手くやれなくて醜く足掻いてるだけの凡人だ」

「それがカッコよく見えたんだよ」

「なんでそうなんだよ……?」


 陽太にそんな風に思われてたなんて想像だにしなかった。俺のどこがいいのかは話を聞いても全然ピンと来なかったが、それでも、尊敬できる友人から羨望されていたことは、どうしようもなく嬉しかった。


「青春だね」


 金森さんが言った。

 青春。俺には似つかわしくない、一生縁のない言葉だと思っていた。でも、こうやって喧嘩して、殴り合って、お互いの本音を打ち明けて、確かに今の俺と陽太の状況は青春っぽい気がする。拳で語り合うというのは、少々古典的過ぎるかもしれないが。


「らしくない。こんなの全然俺らしくない。でも……なかなか悪くないですね、青春ってやつも」


 俺が言った直後に陽太が噴き出した。


「ははははは、お前、今のは臭すぎるだろ!」

「おい笑うな! だいたいお前が言い出したことだろ!」


 喧嘩して、許しあって、笑いあって、ちょっと前の俺はこんな幸せはもう訪れないものだと思い込んでいた。

 雨上がりのような清々しい余韻にしばらく浸っていたいところだが、今はそうもいかない。


「……次は、ステラだ」


 俺の贖罪はまだ終わっていない。彼女はまだ苦しみの中にいる。何も終わっていないのだ。

 だが、ステラを探すにしても、彼女がどこへ行ったのかもわからない。何日も経っているし、遠くの街まで行っているかもしれない。もしかすると天王寺のところへ戻ったかもしれない。

 自力での捜索は困難だ。だが俺は一人じゃない。


「金森さん、話さないといけないことがあります。それから、陽太にも、まだ伝えていないことがあるんだ」


 俺は弱い。機転は利かないし、体力もない、心もすぐに揺らぐ。

 だから今度は、仲間を頼る。

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