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もう一度光へ手を伸ばして

 語り終えた金森さんはほとんど泣きそうだった。

 苦しかった過去を思い出し、それを他人に打ち明けるのには、相当な痛みがあったはずだ。その痛みを引き換えにしてでも、金森さんは俺に手を伸ばしている。

 俺はなんてみっともないのだろうか。俺が不甲斐ないばかりに、金森さんに言いたくないはずの過去を明かさせて、どれだけ他人に迷惑を掛ければ気が済むのか。ステラも、陽太も、金森さんも、こんな俺のために必死になってくれた。それに対して、俺は何か恩を返せたことが一度でもあっただろうか。恥ずかしい。消えてしまいたい――その方がマシだと、ついさっきまでは思っていた。

 でも、何故だろう。今は別の気持ちが湧き上がっている。空っぽだったはずの自分の内が、今は沸騰しそうなほどの熱い何かで満たされている。


「俺、金森さんが誰とでもヤるビッチだって噂を聞いたとき、正直言って引いたし、酷い話ですけど……気持ち悪いとすら思いました。だから、ずっと嘘であって欲しいと思っていました」

「いいんだよ、それが普通の反応だから」


 父親が浮気をして以来、愛や性欲を忌み嫌ってきた。下ネタや痴話ばなしで盛り上がる同年代の男子の輪に混ざれないのは、親のせいで自分の性格が歪まされたからだと、心の奥で言い訳をしてきた。俺はみんなとは違うのだから、普通ではないのだから、歩み寄る必要なんてない。これが俺の正しい生き方だと思い込んでいた。

 

「普通ってなんですかね……? 俺はその言葉の意味もわからずに、普通になりたいと願ってきました。でも、金森さんを嫌うのが普通なら、そうはなりたくないです」

「ありがとう。その言葉だけで嬉しいよ」

 

 普通の人みたいに生きたい――それは真の願いではなかった。

 

「金森さんは、俺のことを思って、今日もこうして来てくれました。そんなあなたのことを俺はいままで知ろうとしなかった。本当に、ごめんなさい」

「大丈夫、私もずっと自分やE.T.研の過去ははぐらかしてきたからね」


 きっと怖かったはずだ。ありのままの自分を打ち明けて、それで嫌われてしまったら、取り返しがつかなくなるかもしれない。金森さんはそんな不安を抱きながらも向き合ってくれたのは、俺を特別に思ってくれている証拠だ。

 そうだ、金森さんだけじゃない。俺に本気で向き合ってくれた人は他にもいる。


「陽太も、親身になってくれてたのに、俺はあいつに嫉妬して、酷い仕打ちをした。たった一人の親友だったのに」

「そうだね、陽太っちにも謝らないと。私も付き合うよ」


 あいつがいなければ、俺は孤独に耐えられただろうか。中学のころ、母親が気を病んでいて、俺も心が壊れそうだった。そんなとき、陽気に笑いかけてくれる友人の存在にどれだけ助けられたか。

 俺もそうやって、誰かを照らすことができたらと心の底で憧れてきた。たった一人でいい。誰かの心を救うことができたら、これまでの痛みも全部まとめて自分を誇れるような気がする。

 そのたった一人を、俺は見つけたはずだった。彼女は何物にも代え難い温かな光だった。それなのに、俺は自らの手で、突き放したのだ。


「それから、ステラを探さないと。探して、謝らないと。守ろうと思ったはずなのに、俺が傷つけた。隣で笑ってくれるだけで、救われてたのに……」

「だったら、その気持ちを本人に伝えないとね」


 会いたい。ステラに伝えたいことが、伝えなければいけないことが、たくさんある。俺は自分の気持ちを全然言葉にしてこなかったから。本当はわかってる、俺はステラのことが好きだ。


「俺は何もしてこなかった。受け入れる努力も、受け入れてもらう努力も、変わる覚悟も」

「私からすると、ホシミンは一歩一歩いじらしく頑張ってるように見えたよ」

「歩くだけじゃ足りないんです。周りのみんなが進んでいる間、俺はずっと立ち止まってたんだから。一歩一歩進んでいるだけじゃ追いつけない」


 かつて、夜空を裂く眩い光を追いかける少年がいた。転んでも立ち上がり、手を伸ばした。いつの間にか失くしてしまった、あの直向きな心をもう一度宿そう。

 

「だから、走ります。今度こそ掴んでみたいものがあるから」


 俺は特別になりたい。みんなと一緒に。

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