翼のないヴィーナス
小さいころ、私も他の女の子みたいに絵本の中のお姫様に憧れた。両親に蝶よ花よと愛でられて育ったから、昔から容姿には自信があり、将来は白馬の王子様のような人と結ばれ、誰よりも幸せになると盲信していた。
周りの女の子との違いに気づき始めたのは、小学校高学年の頃だった。色めく同級生の恋バナに全然共感できなかった。顔や性格の良し悪しはわかるけど、それが自分の恋愛感情に結びつくことはなかった。そのことについて「私って変なのかな」とママに相談してみたら、ママはパパとの恋物語を長々と語り「いつか茜にもそういう運命の人が現れるわ。今はまだその時じゃないだけ」と締めくくった。
しかし、第二次性徴期を迎えても恋のトキメキが私に訪れることはなく、恋愛感情を持たない人間だと自覚するようになった。
ネットで調べて、私のような人間をアロマンティックと呼ぶことを知った。私のような人間が他にもいることには安心感を覚えたけれど、私がまるでみんなとは違う生物の種として名前がつけられたみたいで、ちょっとモヤモヤした。
私は恋愛ができない人間だと諦めようとしたけれど、皮肉なことに男子からは割とモテて告白されることは何度もあった。最初は「付き合うとかよくわかんない」と言って断っていたけど、周りの女子から人気があるサッカー部の先輩から告白されて、試しに付き合うことにした。付き合ってみたら、段々と恋愛の良さがわかるんじゃないかという一縷の望みをそのころはまだ抱いていたのだ。
デートをして、別につまらなくはなかった。けれど、それは映画館とかゲーセンとか、行った場所が楽しかっただけで、この人と一緒にいたいという気持ちはいつまでも湧かず、私は恋愛のできない寂しい生物だと再認識しただけだった。
そんな私に衝撃が走ったのは、2回目のお家デートの日だった。
私はその日初めてセックスをした。
先輩の手が私の胸をまさぐると、それまで一度もときめくことのなかった私の心臓が熱をもって高鳴り、車のエンジンをかけたときのような感覚が全身を走った。私はアロマンティックだけど、アセクシャルではなかったのだ。
一度覚えた快感に私は病みつきになった。恋に心が動かない分、性に刺激を求めたのだ。デートのときは魅力を感じなかった先輩だけど、私の身体に夢中になる姿には興奮したし、私も彼の身体を求めた。
けれど、性欲がエスカレートする私に、彼は着いてこれなかった。
付き合ってから半年後に「俺のこと好き?」と訊かれ、私が「体は好き」と正直に答えると、先輩は情けない声を上げて泣いた。
別れようという言葉もなく、私と先輩の関係は自然に消滅した。悲しみがこみ上げることはなく、セックスの相手がいなくなることだけは残念に思った。
そのタイミングを見定めたように別の男が言い寄ってきた。先輩の友達連中で一番下衆な男だった。きっと先輩から私とシた話を聞いたのだろう。普通の女子ならすぐに振るような品位のない男だけど、体目的で近づく男の方が私にはむしろ都合が良かった。
けれど、困ったことにそいつは口の軽い男だった。付き合うとすぐに学校中に私の噂が広まった。
すると、名前も知らない男子はいやらしい視線を送り、仲の良かった女子も段々と私と距離を置くようになった。
セックスは好きだったけど、そのせいで学生生活が崩れるのは嫌だったから、今度は私の方から別れを切り出した。
私の裸の写真がクラスのみんなのスマホにばら撒かれたのはその日の晩のことだった。当然大きな問題になり、教師から両親へと伝わった。
それまでママもパパも私を処女だと思っていたから、動揺は凄まじかった。ママは「変なことされて怖かったでしょ?」と、私も好きでヤッたことだとは思いもしないで言うから、私はセックスが好きなことと恋愛感情を抱けないことを打ち明けた。
受け入れてもらえると思って言ったわけじゃなかった。私の本性も知らないで、穢れも知らない少女だと思い込んでいる親に嫌気がさしていて、要は反抗期故のカミングアウトだった。
けれど、血の繋がった親から真正面に拒絶されるのは、身を裂かれるような痛みだった。ママが言った「宇宙人みたい」の言葉。あの冷たい顔と声を私は生涯忘れることはできないだろう。




