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秘密は誰のために?

 バイトが終わり自宅に着いたのは夜の9時頃だった。ステラと陽太がいるはずの部屋に明かりがついておらず、妙に思った。

 インターホンは押さずに鍵を開けた。返事があるかわからないが「ただいま」と言ってみると、「しーっ、静かに」と囁くような声が返ってきた。

 居間に行くと、そこには布団の中で寝息を立てるステラと、その脇で壁に背をかけて座る陽太がいた。明かりのついていない部屋、陽太が手に持っているスマホの白い光だけが唯一の光源だった。


「おかえり」

「ステラ、もう寝たのか? やけに早いな」

「たぶん、疲れたんだろ。今日一日、すっごい頑張ったから」

「何か体力を使うことしたのか?」

「まあな。今日は初めてだから慣れてないってのもあると思うけど」

「なんだか知らないけど、あんまり無茶はやめろよ」

「わかってるよ。ただ一生懸命なんだよ、ステラちゃん」

「お前もだ。今日の講義全部切って大丈夫だったのか?」

「まあなんとかなるっしょ。単位落としても来年頑張りゃいいだけだし。俺のことよりステラちゃんのしたいことを優先したいんだよ」

「気楽なもんだな」


 陽太は布団の中で寝息を立てるステラに視線を落として微笑んだ。


「じゃあ、そろそろ帰るわ。また明日、部室で。そんで次は明後日ステラちゃん迎えに来るから、よろしく」


 そう言い残して、陽太は部屋を後にした。


 それから、同じようにステラと陽太が出かける日が何度かあった。相変わらず、理由は教えてくれない。

 ただ、ステラはとても楽しそうに見える。鼻歌を歌っていることがあり、テレビでも聞いたことのない曲だったからどこで聴いた曲か尋ねたが、ステラは「秘密」と答えた。おそらく例の陽太との用事の中で聴いたのだろう。

 ステラの中に俺の知らない領域が広がっていくのを感じて、焦燥感に駆られる。知らないうちに、ステラは手の届かないところにいってしまうのではないかと、怖くてたまらない。

E

 ある日、E.T.研に金森さんと二人きりになった。ステラは例のごとく、陽太と一緒に秘密の用事に出ている。E.T.研の会話を回すのは陽太の役だ。初めて金森さんと二人きりになり、何を話すべきか考えていると、金森さんから話しかけてきた。


「最近、二人と何かあるの?」

「え!?」


 図星過ぎて驚き、変な声が出てしまった。


「見てればわかるよ。最近のホシミンを見てればわかるよ。陽太っちとステラちゃんの関係がそんなに気になる?」

「関係が気になるというか……ただ隠し事されてるのが、嫌なんです」

「隠し事というと?」

「行き先も目的地も俺は知らないんですけど、日中結構な時間二人でどこかへ行くんです。一度だけじゃなくて何度も」


 いつまでも一人でうじうじと抱え込んでいるのにも飽き飽きしていたから、事のあらましを伝えた。陽太に嫉妬しているとは言わなかったが、金森さんならそのくらい察しているだろう。


「なるほどね。秘密にされるとじれったいよね、わかるよ。まあ、ホシミンが心配するようなことは起きないと思うけどね」

「心配するようなこと……?」

「あー、今のは気にしないで。こっちの話」


 金森さんはニタリとした表情を浮かべている。それに少し腹が立つ。


「なんか、楽しそうですね」

「いや、そんなことないよ。後輩が真剣に悩んでんだから、私がその状況を楽しむわけがないじゃない」


 そう言いながらも、金森さんの口角は上がっていた。


「隠し事されるのが嫌なのはわかるけどさ、女の子は誰だって秘密を抱えてるものなんだよ」

「先輩が言うと説得力がありますね」

「何よそれ、どういう意味?」

「ほら、例の箱……乙女の秘密」

「こら、茶化さないの!」


 金森さんと二人で気まずい感じになるかと不安だったが、蓋を開けるとそんなことはなく、むしろ軽口を叩いている自分に驚いていた。第一印象こそ苦手に思ったが、金森さんは俺の考えを少ない言葉からでも汲み取ってくれる。話すのが苦手な俺としてはそれが非常に助かるのだ。他の人と比べて話すのが苦じゃないから、俺も知らず知らずのうちに気を許してしまう。

 

「秘密って、本当に必要なんですかね? まあ、隠したいことの一つや二つ、誰にでもあるのはわかるんですけど、全人類が嘘や隠し事をしない正直者だったら、世の中はもっとシンプルになるんじゃないか、って思うんですよ」

「わかってないなぁ、君は」


 ちょっと上から目線な物言いが気になったが、実際先輩なのだから我慢して何も言わなかった。


「……秘密は平和を保つ。故に暴こうとする者は罪を背負う――君にはその覚悟があるか……?」


 唐突に格言めいたことを言う金森さん。その顔からはさっきまでのニタリとした表情は消えて、真剣そのものだった。


「覚悟……?」


 金森さんの豹変に動揺して少し声が上ずった。

 すると、金森さんが笑った。表情は既に和らいでいた。


「これ、月刊『オカルティズム』の編集長の言葉だよ」


 頭の中で、サングラスを掛けて髭を生やした胡散臭い男――あくまでこれは俺のイメージで実際の編集長がどんな格好かは知らないのだが、そんな人物がさっきの言葉を語っているのを想像したら、少しでも動揺した自分が恥ずかしくなった。


「全く、突然真顔で変なこと言うから、何かと思いましたよ」

「良い反応ありがとうね❤︎」

「茶化さないでくれます?」


 金森さんに相談したところで、結局、碌なアドバイスは貰えなかったが、気分は晴れたので良しとしよう。そう思い話題を変えようとしたとき、金森さんがぽつりと言った。


「でも、本当に秘密は平和を保っていると思うな、私は」


 なぜそう思うのか理由を聞きたかったが、金森さんはどこか物憂げに見えて、何も尋ねることはできなかった。

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