離れる星に思う
翌朝、陽太がステラを迎えにやってきた。朝食のトーストを食べ終えたころだった。
「おはよー。ついでだから差し入れ持ってきてやったぞ」
コンビニで買ったのか、袋麺や缶詰などが入ったビニール袋を陽太は渡してきた。
「こんなにいっぱい、どうして?」
「いや、そろそろ備蓄切れてきたころかなって思ってさ」
実際、食料の備蓄は切れかけていて、銀行口座の残高も少なくなってきている。けれど、陽太には既に色々と助けてもらっているのに、食料まで受け取っていいものだろうか。ステラの世話は俺が頼んだことだから、本来ならば俺が謝礼を渡すべきだ。純粋な気遣いなのだろうが、こうも一方的に助けられていると気が引ける。かといって俺に何か返せるだけの余裕はなく、それが歯がゆくて堪らない。
「そんなとこまで気を回さなくたっていいよ。お前だって自分のために金使いたいだろ?」
「別にこんくらい高いものでもないし、気にすんなよ。それに俺は実家暮らしだから金の使い道あんまねぇんだよ」
ビニール袋に入っているものはどれも安価なもので、全部合わせても3000円かそこらだろう。けれど、バイトで生活費を稼いでいる俺と、実家住みで小遣いを貰っている陽太とでは、金額は同じでも重みは全然違う。自分で金を稼いだことのない人間の口から出る「高いものでもない」の言葉に何も思わないほど、俺の心は広くなかった。
「それ、ワタシの好きなやつだ!」
いつの間にか背後に来ていたステラが、ビニール袋の中の袋麺を指差して言った。
「おはよーステラちゃん。前にうまいって言ってたから買ってきたよ」
「さすがヨータだな」
施しを受けるのは癪だが、嬉しそうにしているステラの前に断ることはできない。家計が助かるのも事実だ。
「ありがとうな……それより、お前は今日の授業大丈夫なのか?」
「今日は出席点ない授業だけだから、切っても大丈夫。ステラちゃんの用事は夜までかかるけど、お前のバイト終わりよりは早いはずだから、先にここ戻っとくわ」
ステラを預けておくのに、鍵がなければ不便だろうから陽太には合鍵を渡している。わざわざ合鍵を作ったわけではない。この部屋を借りたときに、管理人から鍵を二つ渡された内の一つを渡したのだ。
「そっか、じゃあステラを任せた。俺は2限から出るからもう少し家にいるよ」
「おうよ、任せとけ。それじゃ、行こっかステラちゃん」
「ああ! 今から楽しみだ早く行こう!」
「お、張り切ってんね!」
今日のステラは輪をかけて元気があるというか、気合いが入っている。俺には内容を明かせないという今日の用事。しかもこれから何度も同じような外出が続くという。陽太には明かせてなぜ俺には言えないのだろう。
「それじゃあ、いってくるぞ!」
「いってらっしゃい」
どこに、と言いたかったのを抑えた。明るい顔で手を振るステラ。本当はその手を掴んで引き留めたかった。
ガチャン、と重たい音を立ててドアが閉まり、俺は一人残された。
ふと気づいた。ステラの外出を見送るのはこれが初めてだ。ステラを陽太に任せて俺がバイトに出ることは何度もあったが、逆にステラが俺を残して出て行ったことはない。
なんだか不安で、寂しいような気持ちになる。このままステラが陽太と一緒にどこか遠くへ行って帰ってこないのではないかと、変な妄想をしてしまう。
俺が知らないステラの用事を、陽太は知っている。ステラは俺には伝えずに、陽太には伝えた。その事実がぐるぐると頭の中で回って消えない。ステラと陽太だけしか知らない会話があり、ひょっとすると陽太にだけ見せる表情もあるのかもしれない。そう考えると胸がぎゅっと締めつけられるように痛む。
もう、認めざるを得なかった――俺は陽太に嫉妬している。
このまま段々と陽太とステラの距離が近づき、いつの日か彼女を奪われる日がくるのではないか――いや、そもそも彼女は誰の物でもないから「奪われる」というのは違う。己の気色の悪い独占欲に反吐が出そうになる。
ムシャクシャした感情のままに、手に持った陽太からの土産の袋を、床に叩きつけようとして、途中で止めた。そこで踏みとどまってしまう中露半端なところも自分で嫌になる。
行くな、と一言伝えれば良かったのだろうか。俺のこの汚い感情をさらけ出せば良かったのだろうか。いや、駄目だ。そんなことをしたらきっと、ステラに嫌われるし、陽太との関係も修復できないほどに壊れてしまう。そしたら俺には何も残らない。一体いつから俺はこんなにも一人が怖くなったのだろう。




